第3783話 様々な力編 ――草原エリア――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして蛇を模した守護者もどきを撃破して次の日。次のエリアへと足を伸ばした一同を出迎えたのは、広大な草原エリアであった。だが、そんなエリアには一つの小山と共にそれにもたれ掛かる形で巨大な鋼の巨人が横たわっており、一同は碌な手掛かりもなかった事から眠っているのか活動停止状態にあるのか、沈黙を保つ鋼の巨人の下へと移動していた。
といってもその歩みは非常に遅く、目測1キロメートルほどの距離をおよそ30分ほど掛けてゆっくりと移動していた。
「「「……」」」
少なくとも一つ言えるのは、やはりこんな相手を真正面から戦おうとしてどうにかなる事はないだろう。一同はやはりまかり間違ってもこの鋼の巨人を起こしてはならない、という統一した意見を内心で抱いていたからか、鋼の巨人が近づくにつれて口数は少なくなり、触れられる距離にまでたどり着く頃には無言かつ念話さえ使わず何一つ誰一つ喋る事はなかった。
「……」
少なくともこの距離にまで近付いても問題はない。ソラは眼の前に鎮座する鋼の巨人の様子を見て、僅かにだが安堵を抱く。そうしてひとまずの安全を確認して彼はようやく、口を開く事が出来た。
「はぁ……とりあえずこの距離でも問題ない……っぽいな。敵意もない……今のところは、だけど」
「ですね……こんな相手、まかり間違っても戦えるとは思いませんので助かりました」
「だな……だからといって触れたくはないけど」
「あははは」
兄のおどけた様子に、空也が笑う。一応足元まで来ても問題ないわけだが、ソラの言う通りあくまでも今のところは、だ。いつ動き出してこの巨大な足が振り下ろされるかわかったものではない。というわけでひとまずは巨大な鋼の巨人を観察するソラだが、畏怖と恐怖を抱きつつもその威容に同時に感心も抱いていた。
「にしても……すごいな。これ……こいつ? トリン。魔物とかでこういうの見たことないか?」
「どうだろう。巨人種で鋼の巨人は確かによく聞くけど……」
ソラの問いかけに、トリンは改めて巨大な鋼の巨人を観察する。そうして近付いて確認して、彼は少しの違和感を口にする。
「なんだろう。魔物というよりも古代文明の遺産に近いような印象がある」
「あー……それは俺も少し思ってた。なんってかさっきの蛇野郎みたいなおもちゃ感がないだけで、こいつもこいつで作られた感はあるよな」
「風の試練……といっても今回だけかもしれないけれど。それが統一した特徴なのかもしれないね」
「そこらはカイトでもなけりゃわからない、か」
契約者になっておきながら試練に何度も挑んだ事があるのは後にも先にもカイト達だけだ。そしてカイトは今回、過度に情報を与えない様に注意している。一見すると造り物感のある見た目が何を意味するのかは、まだ誰にもわかっていなかった。
「そういえば、俺達は一度も見てないけどこいつみたいな魔導機っぽいヤツが古代遺跡で見付かったりするのか?」
「時々古代文明の大型魔導鎧は見付かってるとは聞いた事があるけれど……僕も実物は見た事はないね」
「へー……でもそいつって感はしないよなぁ……」
魔導機や大型魔導鎧の特徴は、あくまでも動力は使用者の魔力だという所だ。これは魔動炉を搭載しようにも安全性が担保出来ないためというのが通説である。
その概念に照らし合わせれば、この鋼の巨人は魔力を内包している。自前の動力――おそらくコアと思われる――を有しているだろうこの鋼の巨人はやはりどれだけ機械やゴーレムに見えても、その実態は生物という所なのだろうと考えられた。まぁ、それがわかっている以上、下手に動いて目覚めさせるわけにはいかない、と全員警戒しているのであった。
「とりあえず……周辺の探索か」
「そうするべきだと思うけど……下手にバラバラに動き回って守護者もどきの群れに遭遇するのが厄介だよ」
「か……」
これだけ広い空間なのだ。そして小山も小さいとはいえ、全周は数百メートルはあると思われる。いくら時間は無限にあると言っても、生じるダメージも精神的な負担も無限に負えるわけではないのだ。終わらせられるのならさっさと先へ進みたい所だが、さりとてあの六本腕の守護者もどきなどを一人で倒せるかと言うと厳しかった。
「はぁ……やっぱり試練は試練、か。とりあえず全員で固まって……」
「どうしたの?」
「……」
なにかに気付いたのか唐突に停止して険しい顔になったソラに、トリンが問いかける。これにソラは小山のちょうど影になる部分を睨み、目をすぼめていた。
「由利。あの小山の先って視えるか? 迂回しないとと思う」
「わかった」
ソラの要請を受けて、由利が少しだけ意識を集中する。すると彼女の目が僅かに淡く黄金色の輝きを宿した。
「……居る。六本腕2、移動式の砲台3。昨日言ってた奴ら?」
「昨日の奴ら……とは少し違うけど。多分守護者もどきの群れだな」
由利の問いかけに、ソラは首を振りながらも戦闘態勢を整える。確かに戦わないで良いのなら戦わない方が良いのだが、これから山を回るというのならどちらにせよ交戦せねばならないだろう。ならば先手を打って倒しておけるのなら先手を打って倒しておきたい所であった。
「トリン、簡易の結界は展開出来るか?」
「うん。可能」
「良し……それじゃ、とりあえず簡易の結界を頼む。戦闘の余波でこいつが目覚める事だけは避けたい」
「それが良いね……じゃあ、とりあえず奴らを追って、山の裏手で戦う事にした方が良いと思う。僕は結界の準備と待機をするから、しばらくは周囲への警戒が疎かになるよ」
簡易の結界と言うは良いが、それでも範囲や規模などを考えると簡単な魔術にはならない。魔術の行使に専念せねばならない以上、周囲の注意が疎かになるのは当たり前だろう。というわけで、そんな彼の返答にソラは一つはっきりと頷いた。
「良し……由利。確かそのままだと動けないんだったよな?」
「そう……この状態だと逆に近くがめちゃくちゃ見難い」
「まぁ、そうだよな……」
この魔眼が何だったかはど忘れしたけど、かなり遠くまで、かつ開けた場所であるのなら周囲に満ちる魔力を利用して障害物の裏側まで見通す事が出来る。ただしその代わりとして遠くを見ている間は近くが見えなくなってしまう。ソラは由利からそう聞いていた事を思い出す。障害物の先まで、かつ数キロ先まで余裕で見通せる様になる代わりのデメリットという所であった。
なお、他の代替案としては使い魔を使って第三者視点となる事も出来るらしいが、そちらは少し時間が必要なので今回は意識を集中するだけで良いこちらを選択したというわけなのだろう。
「……侑子ちゃんでも鳴海ちゃんでもどっちでも良いから、由利の手を引いてやってくれ。リィルさん。初手で一体持っていけますか?」
「可能です……砲台と六本腕、どいつをやりますか?」
「六本腕で。由利、止まった後すぐに砲台やれるか?」
「多分無理。こいつは脚があって少し違うけど、多分反射神経は一撃で仕留められないと思う」
「そっか……なら良いか。空也、お前は俺が防いだ瞬間の敵を攻撃。多分防がれるから、リィルさん。その後頼んます」
「「わかりました」」
矢継ぎ早に、ソラが全員に指示を飛ばす。そうして大凡の作戦を構築した後、一同は音もなく守護者もどきの群れの追跡を開始。山の裏手の少し進んだ所で交戦を開始するのだった。
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