第3778話 様々な力編 ――攻略――
過去世の力が使えないため、その代替としてソラが契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。挑む前から何処かの世界で起きた異変による通行止めというトラブルに見舞われながらもなんとかたどり着いた聖域の攻略を開始する。
そうして蛇を模した守護者もどきを前に一時撤退を余儀なくされていたソラ達であったが、その後監督するというカイトが自身が率いる班の攻略を見届けた所で、再度攻略を開始。ソラと空也がレバーを引いた所で改めて蛇を模した守護者もどきが出現し、ソラと空也は猛ダッシュで入口付近まで戻り、伊勢とそれに乗った面々に合流。戦闘開始となっていた。
「はっ!」
自身に向けたわけかそれとも単に牽制か。放たれた光条に向けて、ソラは盾を振るって弾き飛ばす。そうして弾かれた光条は僅かに弧を描く様に逸れて、遥か彼方に消え去った。
(やっぱこの光条、長い様に見えて実際は短いな)
おそらく先端に威力が集中し、貫通力と速度、更に射程距離を伸ばしているのだろう。ソラは胴体から放たれた光条の一つに対してそう判断する。延々と伸びている様に見えた光条は単に尾を引くような形になっているだけで、その実態としては収束した光弾と言っても過言ではない。そうしてそう判断した判断事項を、彼は自身の思考回路の一部を切り離した領域に書き記す。
『トリン』
『うん。理解した』
『頼む』
切り離した思考領域はトリンに共有出来る様にしている。逆もまた然りで、トリンもまた思考回路の一部を切り離してソラへと共有出来る様にしてある。
戦闘で得られた情報や対策を念話を使うより高速でやり取りするための魔術だった。といってもこれは少人数、使えて二人。多くとも三人か四人までというもので、今の共有もあくまで二人だけだった。そんな二人に、エドナで縦横無尽に虚空を駆け回るカイトが感心半分、呆れ半分という塩梅だった。
(ふーん……思考の共有化か。まぁ、二人程度なら使うのもアリか)
『……カイトさん。思考覗いてますね?』
『へ!?』
『あらら……気付かれてたか』
仰天した様子のソラに対して、カイトは少し苦笑気味に笑う。そんな彼にカイトは問いかける。
『思考共有化の弱点の一つだ。聞いてるだろ、流石に』
『ま、まぁな……でもお前がやってくんのかよ……』
まさか身内に思考の盗聴をされるとは。ソラは人が良いのかそこまで考えが及んでいなかったのか、カイトに読まれているとまでは思っていなかったようだ。そしてこれはカイトも認めた。
『あははは……まぁ確かに味方に味方が思考盗聴やるか、と言われりゃ普通はやらんわな。隠す意味もないから』
『だよな』
『とはいえ……オレとユリィがあんまりこれを使いたがらない、というか三百年前のエース達が使いたがらない理由の一つだな。割と視えちまうんだよ、これは。今回はまだオレだから良かったが、対人戦闘では使わない方が良いだろうな』
『視える?』
カイトが視るのはトリンやソラの頭上の少し上だ。そのあたりになにかがあるらしい。それにトリンが少しの敬意を滲ませる。
『僕も聞いた事だけはありましたが……本当に視えるんですね』
『ああ……思考領域の共有を行う場合、どうしても自身の外に思考領域を展開しないといけなくなる。それは僅かな歪みとして、超高位の戦士には視えてしまうんだ』
『へー……っとぉ!』
カイトの解説にソラは感心した様に目を丸くしていたのだが、そこに爆撃が飛来したらしい。大慌てで剣戟を放って破砕して距離を取る。
『おっと……駄弁ってる暇はないぞ』
「だわな……」
カイトとの念話を終わらせると、ソラは改めて気を引き締めて蛇を模した守護者もどきに意識を集中する。カイトの言う通り、そもそも対人戦闘で使うつもりは彼らにもない。
彼の言う通り思考の盗聴が出来てしまうからだ。まぁ、それで魔物に似た相手に、と使ってまさか味方から盗聴されるとは思わなかったという所であった。
それでも驚きがこの程度で良かったのは相手がカイトだからだろう。そうして意識を向けた事に反応したのか、蛇を模した守護者もどきがソラを正面に捉える。
「っ」
この口腔からの光条だけは自分でも受け止めきれない。ソラは放たれる巨大な光条の兆候を確認するや、即座に総身から魔力を放出して急加速。蛇を模した守護者もどきの正面から移動する。
『トリン。噛みつきとブレスの兆候、なんとかわかんないか?』
『一応、少しだけはあるけど……でも君からでは無理だ』
『てことは側面ってことか……』
そりゃ自分じゃわからなかったわけか。ソラは口腔から放たれる光条と噛みつきの見極めが自分では出来ない理由をトリンの言葉で察する。というわけで少しだけ顔を顰める彼に、トリンから注意喚起が飛んだ。
『っ、ソラ! 来るよ!』
『あれか!』
回避した直後の注意喚起に、ソラは何が来るかを即座に理解。空中で身を翻してすれ違う格好になっていた蛇を模した守護者もどきから大きく距離を取る軌道を取る。そうして彼が加速した瞬間、身体の各所の魔石から無数の小さな光弾が放たれた。
「リィルさん! 頼みます!」
「了解しました」
ソラの要請を受けて、リィルが伊勢の背をしっかりと踏みしめて投槍の姿勢を作る。そうして彼女の手に巨大な炎の槍が生み出されたと同時に、巻き散らかされた光弾が一斉にソラに向けて殺到する。
「っ」
蛇を模した守護者もどきから大きく距離を取ったのはこのためだ。この蛇を模した守護者もどきの胴体から放たれる魔弾は一つは空中に漂い緩やかに降下していく爆撃。一直線に直進する貫通弾。そして今の無数の小さな光弾として放たれる追尾弾の三種類を確認していた。
そうして追尾弾に追尾されるソラだが、それが一箇所に集まったのを見てリィルが炎の槍を投げつけて全てを消し飛ばす。
「ふぅ……はっ!」
自身を追尾する追尾弾の大半が消え去ったのを見て、ソラは一つ胸を撫で下ろす。この追尾弾は一つひとつの攻撃力は一番弱い。
一発二発が直撃した所でダメージはさほど無いが、それが全て殺到するとなると話は別だ。まさしく数の暴力とでも言えば良く、爆撃なぞ目ではないダメージを負う事は間違いなかった。というわけで残る僅かな追尾弾も軽く振り払う様に盾を振るって消し飛ばした。
『厄介なのはやっぱあの追尾弾だな。正面からでも放てるし、口の攻撃と組み合わせるとめちゃくちゃキツイ……どうにか出来そうか?』
『少し厳しいかもね』
『厳しい、か』
どうやらトリンの脳裏には少しずつだが攻略が組み上がっているらしい。ソラは彼の口ぶりでそれを理解する。というわけでそんなトリンが一つ問いかける。
『カイトさん。後どれぐらいでしたら手助けいただけますか?』
『うん? そうだなぁ……』
今回どれぐらい手助けしたっけ。カイトはこの戦闘で行った手助けの回数や内容を思い出す。
『最初の撤退は除くとして……ソラに向けられた側面からのレーザーに対して一回。空也への噛みつきに対して一回。後は追尾弾への対処に一回……計三回か。まぁ、してやっても後一発分って所かな』
『それで大丈夫です』
『もしかして賭ける感じ?』
『賭ける感じだね』
どうやら攻略には少し危険を冒さなければならないようだ。ソラはトリンの返答に気を引き締める。
『教えてくれ。どうすりゃ良い』
『うん。じゃあ、共有するよ』
念話と違って思考の共有化を行う最大の利点は一瞬で作戦を共有出来る事だ。無論逆説的に敵に思考を盗聴されようものなら一瞬で作戦が全て筒抜けになってしまうという事でもある。というわけで共有された作戦に、ソラは僅かに苦笑いする。
『マジで?』
『多分それが一番確実……だと思うけど。ただかなり危険性は高いと思う』
『わかった』
確かにこれが一番確実に倒せる方法ではあるだろう。ソラはトリンの返答にそう判断する。
「良し……そっちで一旦作戦の共有を頼む。こっちはなんとか囮になってヤツを引き剥がしておく」
『お願い』
「カイト。そのぐらいは手助けにいれなくて良いよな?」
「まぁ、そうだな。どうせオレにターゲットが向いても一緒だし。作戦共有の時間ぐらいは稼いでやるか」
ソラの問いかけに、いつの間にか近くまでやって来ていたカイトは一つ承諾を示す。そうしてソラが風を纏って一気に蛇を模した守護者もどきに距離を詰めると同時に、カイトがライフルを取り出して構える。
「ほらよっと」
ソラに蛇を模した守護者もどきがターゲットを定めると同時に、カイトがライフル型の魔銃の引き金を引いてその顔を揺らす。
「ほら、こっちだ!」
カイトの射撃と同時にすでに虚空を駆けていたエドナが加速し、カイトは今度はライフル型の魔銃を双銃へと切り替える。そうしてソラからカイトへとターゲットを切り替えた所に、ソラがタックルを仕掛ける。
「おぉおおおお!」
がんっ、という大きな音と共に、蛇を模した守護者もどきが穴へと一気に叩き落される。そうして身体をくの字にして叩き落された蛇を模した守護者もどきの口腔が光り輝いて、ソラへ向けて光条が放たれた。
「っと!」
「おっと。追尾弾はこっちか」
口からの光条をソラへのカウンターとして、身体の側面の無数の魔石から放つ光条はカイトへのカウンターとした形だ。そうして放たれた無数の光条に、カイトは楽しげにエドナの背を叩く。
『りょーかい』
光条を回避したソラは、純白の天馬が楽しげに笑うのを見る。そうしてエドナが楽しげに笑った直後、音速なぞ遥かに置き去りにした速度へ加速した彼女が急上昇。追尾弾を大きく突き放す。
「じゃ、後頼んだ」
『ええ』
一歩でソラの全速力を遥かに突き放した速度へと加速するエドナが再度虚空を踏みしめ大きく羽ばたくその瞬間。僅かな減速が生じた瞬間に楽しげにカイトがその背から離れて落下する。
「さて」
ふわりと落下し始めたカイトが空中で身を翻して、自身へと殺到する無数の追尾弾を正面に捉える。そうして正面に捉えて、彼は楽しげな顔を浮かべたまままるで軽く刀で虚空を一薙ぎした。
「お、おいおい……マジかよ」
軽く虚空を薙いだだけのはずだ。ソラにはそう見えたが、カイトが薙いだ虚空がまるでガラスが砕けるかの様に砕けたのだ。そうして砕けた空間に追尾弾が殺到。追尾弾は跡形もなく消え去り、それと入れ替わる様に上昇していたはずのエドナが出現。カイトは彼女の首に手を回して、その背に跨る。だがそこにシルフィードの声が飛んだ。
『あ、カイト! それ駄目って言ったじゃん! 修復面倒なんだから!』
「あ、悪い……って、お前オレの魔力使うんだから良いだろ」
『でもやるの僕じゃん』
『楽しそうね』
確かに言い合いの様にも聞こえるが、その実シルフィード自身も楽しげだ。というわけで楽しげな彼らの一方、再び蛇を模した守護者もどきが再び急浮上してくる。
「おっと……シルフィ。魔力は好きに使ってくれて構わんから、後は任せる」
『はーい。でもやめてよ、あんまり。今回カイトの力に耐えれるようなの作ってないんだから』
「あいよ」
急浮上してきた蛇を模した守護者もどきが自身目掛けて一直線に来るのを見て、エドナは再び急加速して距離を取る。そうして主従を正面に捉えながら、蛇を模した守護者もどきはその側面に取り付けられた無数の魔石から光条を放ってソラの接近を牽制。これにソラも距離を取る事にする。
「ちっ……やっぱ無策には突っ込めないか……」
『ソラ。こっち作戦の共有と微修正完了。一回こっちに戻って貰える?』
「ん? どうした?」
『共有するよ』
「おう……っと、そういうこと」
なるほど。それは作戦の成功率を上げられそうだな。ソラはトリンから共有された内容に、一直線に伊勢を目指す。
「よっと!」
「あ、ソラさん」
「おう。鳴海ちゃん、盾で良いのか?」
「はい……ちょっとまってください」
ソラが差し出した盾へと鳴海がすらすらすらと筆で文字を描いていく。なお、文字と言っても日本語ではなく、魔術的な意味のある文字だ。簡易的な刻印と言っても良いだろう。
「なるほどな……てか、カイト。こんな奇策、俺達にも教えてくれりゃ良いじゃん」
『奇策はあくまで奇策だ。知名度が上がれば上がるほど対策される。エネフィアでそんなの使おうものならすぐに対策されて終わりだ』
「……ごもっともで」
鳴海に施される即席の強化策を見ながら、カイトの返答にソラは思わず納得するしかなかった。というわけで思わず呆けた彼に、盾が返却される。
「出来ました」
「良し……ありがとう。空也、やれるな?」
「はい……短時間であれば」
「良し」
今回の肝は言うまでもなく自分と空也だ。ソラは空也の返答に一つ頷いた。そうして二人は同時に伊勢の背から飛び出して、それと同時に伊勢もまた虚空を駆け抜けだすのだった。
お読み頂きありがとうございました。




