第363話 謁見 ――かつての友達へ――
「ふぇ! すいません!」
「大丈夫です。ここはこうやって……」
カイトの部屋で、二人のメイドがカイトへの奉仕活動を行っている。いや、正確には、一人のメイドが仕事を増やし、もう一人のメイドがそのフォローをしつつ、カイトへと奉仕していた。当たり前だが、仕事を増やしているのはヘンゼルで、フォローをしているのは椿だ。
「こう、ですか?」
「はい……あ、いえ、お茶はもっと空気を含ませるように……あ、御主人様はその銘柄がお好きじゃないです。持ってきたこっちの銘柄で……」
「これって……『魔女達の秘薬』! 凄い名品ですよ!」
どうやらヘンゼルは行動にミスが多いだけで、その他メイドとしての性能としては確かな物を持ち合わせている様子だ。ただ香りと色だけで、カイトの為に立てられている紅茶が『魔女達の秘薬』だと見抜いた。
始め、新たなメイドが現れた、と椿が警戒感MAXだったのだが、カイトが一度試しにヘンゼルにメイドとしての仕事をさせてみた所、前評判とカイトの予想に違わぬポンコツぶりを発揮してくれたヘンゼル。椿は仕事が取られる事が無いとわかり安心し、更にはカイトの薦めもあって、彼女の仕事の面倒までみていた。
「はぁ……初めからシアじゃなくてヘンゼルが来てくれれば説得が楽だった」
椿は基本、カイトへの奉仕が取られなければ文句は言わない。メイドとしても有能なシアには、いつやる気になられるのか、と気が気でなかったらしい。
そんな現状に、カイトは無理と知りつつ、思わずため息を吐いた。が、噂をすれば影が差す、というのだろう。カイトの後ろから影が忍び寄っていた。
「悪かったわね」
「ぴぎゃ!」
カイトが背中の激痛に振り向けば、そこにはノックも無しに何時の間にか入ってきていたシアが立っていた。痛みは彼女が背中を抓った事による痛みだ。
「ゆ、有能だと言うことで……」
「そ、なら許すわ」
カイトの言葉に、シアは抓っていた右手を離す。既にカイトは礼服に着替えていたのだが、シアはうまい具合に服の間に手を突っ込み、服には皺にならない様に配慮はしていた。
ちなみに、服については手を抜くと一緒にカイトの身だしなみについてもきちんと直していた。そうして、カイトの身だしなみを整えた所で、一度離れて全体を見て納得すると、口を開いた。
「さて、カイト、ヘンゼル。謁見の時間よ。椿は悪いけど、ここで待機していて頂戴」
「は、はい! うぅ……緊張します……」
「わかりました。御主人様、行ってらっしゃいませ」
「あいよ」
どうやら、シアは時間を告げに来たらしい。そうしてそれを受けて、椿を残して他の3人は各々、持ち場へと向かうのであった。
「天桜学園より、桜田校長殿率いる皆様、入られます!」
時刻は11時。謁見の間に通じる大部屋と、謁見の間に、係の官僚の声が響いた。それに伴い、2つの部屋を仕切る大きな扉が開き、一同に謁見の間の全貌を僅かに垣間見せた。
そうして、桜田校長を先頭に、教師達、生徒会役員の順に入っていく。その後は、運動部連合会の役員達で、最後が冒険部に所属する生徒達だ。
カイトとティナも、この一番最後の集団に入っていた。その最前列がカイトだ。人混みに紛れて目立たない様にしたのである。
「うわぁ……」
居並んだ内の誰かが、開いた扉の先を見て思わず感嘆の吐息を漏らした。謁見の間、という事は、エンテシア皇国皇帝が外的な使者達と正式な謁見をする時に使われる間だ。それ故、最も豪華で、最も皇国の誇りが詰まっていた。そうして、息を呑んだのは、何も初めてくる学園生や教師たちだけでは無かった。
「ほぉ……あの謁見の間がずいぶんと豪奢になったものじゃのう」
「そうだな」
嘗てに比べ、圧倒的に豪華になった謁見の間に、ティナが感心する。それに対して、カイトは気のない返事だ。それに訝しんだティナがカイトを覗き込めば、彼の眼からは一筋の涙が溢れていた。さすがのティナも、これにはぎょっとなった。
「どうした?」
「見ろよ」
そう言って、カイトは顎で何枚もの絵が並ぶ一角を指し示す。そこに並んだ絵は、歴代の皇帝達の絵だ。その下には、歴代の皇帝たちが最も愛用した武器のレプリカが、銘と共に飾られていた。カイトが指さしたのは、その中でも並んだ2枚だ。
「ははっ、あのガキがああまで大きくなるとはな」
カイトは、泣きながら笑う。きれいな金髪に金色の髭を蓄え、威厳たっぷりな表情を浮かべた男性が描かれた1枚の絵。それはかつて、カイトの後ろをとことこと付いて回っていた少年が、王となった時の絵であった。その下には、彼が愛用したという、カイトが誂えた退魔刀のレプリカが飾られていた。
後に調べた所、彼が戴冠した後も、そして後代に皇帝の代を譲った後も、常にその腰には、その退魔刀があったという。まさに、彼の分身と言える物だった。そして、カイトは笑いながら顎でその横、彼の先代を示した。
「ウィルもすっかりおっさんじゃねぇか」
更にその横。見慣れた顔だが、見慣れぬ髭を蓄え、少しだけ年老いた感のある男性の絵は、喩えどれだけ時を経ようと見間違うこと無い彼の親友だ。
その下にあるのは、間違いなく彼の愛用した両刃刀の見た目だけのレプリカだった。居並ぶ皇帝たちの武器の中で明らかに1つだけ浮いた武器は、彼が実戦で得た彼だけの戦い方を使うための物だった。それらを、幾ら時が流れ様とも、カイトが見間違えるはずがなかった。
「……そうじゃな。二人共、良き王じゃったのじゃろう。最も堂々たる威風を纏っておる。初代皇王も満足じゃろう」
知っているのだ。会うことが出来ても、カイトは心の奥底で親友達が既に死んでいるということを理解している事を、ティナはきちんとわかっていた。
カイトは感極まって泣く時、感情の混乱から笑う。ある種の癖だ。喩え会う事が叶えども、既に亡くなった友の為に泣き、大丈夫だ、と言う為に笑うのだ。そして、こういう時、唯一彼の心を理解できるティナは、そっと寄り添うのだ。
それでも、どうしてもダメな時は彼らが自らの意思で、死してなお、力を貸す。これこそが、カイトのみが有する至高の秘技の源流であった。
「……さて、行くぞ」
自らの婚約者の配慮に苦笑しつつ、寄り添うティナを離し、カイトはいつもの泰然とした態度を取る。これから先、迂闊な行動は即座に自分達の不利益となりかねない。涙を見せていては、亡き友とその子に、笑われるからだ。この場は、彼らとの再会であり、彼らとの謁見の場でもあったのである。
「……」
歩き始めたカイトに、懐かしい広間が全貌を現す。多く貴族たちが居並び、嘗ては自身もその一角、最も堂々たるエリアに立っていた。それが今は、かつての大戦の終結の時と同じく、皇帝へと謁見するためにその前を通り過ぎていく。
そうして、少しして、気づいた。ある一角。かつて自分が居た場所で、今はクズハとアウラが居る近くから、強烈な気配が漂っている事に。それはこちらに気付け、と言わんばかりで、それが何よりも、自分が自分である事に気付いている事を示していた。誰なのかは、考えるまでも、見るまでもなかった。
『よう、爺。耄碌はしてなさそうだな』
『この間も息子の不出来さに嘆いた所だ。まだまだ、隠居なんぞしていられん』
二人はお互いに、気付いていないとは思っていない。なにせお互いがお互いの存在を把握した上で、動いているのだ。それは大局的に動きを見ていれば、すぐに分かった。
『ジェフ達も大戦の英雄の一人なんだがねぇ……』
『はぁ……確かに、それはそうなんじゃがなぁ……如何せんウィスタリアスやお主を見ていればどうにもこうにも一段劣って見える』
ハイゼンベルグ公ジェイクが、カイトの言葉に呆れた様に言葉を返した。当たり前だが、彼の息子もまた、かつての大戦を生き延びて、そして激戦区であるエンテシア皇国で領土を守り抜いたのだ。名将である事にはハイゼンベルグ公ジェイクも異論は無かった。
が、それでも格の違いはある。数多の皇帝を見てきて、そして初代皇王イクスフォスと共にあった革命家ジェイクにとって、王として立てる格を持つカイトやウィルを見れば、どうにも一段劣るのであった。まあ、自らの息子なのだから仕方が無い、とは思っているが、彼の納得が出来る所に至るには遠いらしい。
『まあ、取り敢えず。元気そうならそれで良いわ。ずっと隠居目前とか噂されてたからな。まあ、どうせ嘘だろうと思ってたわ。暇だったんだろ、どうせ』
『ぷっ……くくく……あれだけ引っ掻き回したお主らの時代に比べれば、あのバカ王の時代でも暇に見える。あの時代はあいつ一人だったからのう。お主らの時代はそれが無数におった。一種の燃え尽き症候群じゃ。お主らはどれだけ無茶苦茶をやったかわかっておらん』
バカ王。カイトに言葉に笑いながら、初代皇王イクスフォスの事を、彼は懐かしげに語る。彼は公で無ければ、それが許される立場だった。なにせイクスフォスの友人だ。そしてイクスフォスも戴冠した後も、それを望んでいた。
まあ、公であってもかつての戴冠式の様に時折辛辣な言葉と扱いをしていたが、それは彼の当時の年齢等を考えれば、致し方なくはあるだろう。今はこの様に私的な場でも無ければ、そんな言い方をする事は無かった。
『そんな無茶苦茶かねぇ……たかだか400年程経過して悪化してた部分を元に戻しただけだろ?』
『400年掛かって悪化した部分を10年で元通りにすれば、それは大暴れにもなる。今から胃が痛いな』
歩きながら言葉を返したカイトに、ハイゼンベルグ公ジェイクが更に笑みを深める。当たり前だが、カイトが居た前にもエンテシア皇国の歴史はあるのだ。それだけの時の流れで悪化した貴族主義や選民思想等大半の事をカイトとウィルが強引に修正したのである。
それは大荒れだったらしく、彼が皇国で公爵位を叙任してから、初代皇王イクスフォス以来久しぶりに胃を痛めたらしい時代だった。
『で、次は何で遊ぶつもりだ?』
『それは見てのお楽しみじゃ。せいぜい、手のひらで踊れ、勇者カイト……儂は貴様の帰還を待っていたぞ』
『おう、帰って来たぞ、爺。後爺さんの墓も出て来てっから、一回ぐらい墓参りに行ってやれ。どうせオレにバレない様に動く為、行ってないんだろ?』
二人は300年前と同じく獰猛でありながら悪どい笑みを浮かべ合い、帰還の挨拶を交わし合う。が、そうして告げられたカイトの言葉に、思わずハイゼンベルグ公ジェイクが詰まった。
『……かたじけない』
ハイゼンベルグ公ジェイクは同僚にして、孫子程も歳の離れた友人の心遣いに感謝を示す。ヘルメスは建国時の戦いの同僚だ。それも幾つもの負い目のある相手だ。アウラ発見の折りから墓参りには行こうと決めていたが、カイト関連で動きが取れなかった為、行けていなかったのだ。
そんなハイゼンベルグ公ジェイクに、カイトは微笑みを浮かべる。それで、ひとまずの会話は終了だった。カイトが所定の位置に辿り着いたからだ。そうして、カイトは小さく、お辞儀をした。それは建国の祖と中興の祖の二人の英雄に対して、だった。
「……?」
始め意図が掴めず、貴族達が首を傾げる。だが、これはそれで良かった。カイトはただ単に、彼の最大の友に頭を下げただけだ。それは自らがやり始めた事にも関わらず、途中で公爵という仕事を投げ出す事になった自らの失態を謝罪して、そして今帰った、という事を顕しただけに過ぎない。
誰かに聞かれてもエネフィアでも有数の大英雄なので頭を下げた、という事で通せる。この二人は国外でもかなりの知名度と信望を集めている。絵画の前でお辞儀をした使者は少なくなかった。
それらと同じだ、と言えばそれでおしまいだった。そしてそれを知る貴族達も、彼の噂からこちらへの好感度アップの一環だろう、としばらくして判断する。
「……300年ぶり、か。ここに立ち、跪くのは」
「跪くのを免除されておるからのう」
カイトの小声での言葉に、横のティナが笑う。当たり前だが、カイトの個人としての格は大精霊と同等だ。その上で、エネフィア全土を救った大英雄だ。幾ら公爵として叙任させている立場といえども、平伏させられるはずがなかった。爵位ではなく個人としての格を見れば、カイトだけでなく、ルクス達を含めた大英雄達の方が上なのだ。
それら様々な事情を鑑みて、カイト達大英雄達は頭を下げる事を免除されていた。国を救われた上に大精霊と友誼を結ぶ彼らを平伏させるのは、対外的に非常にまずかったのである。カイトの公爵叙任と同じく、対外的な要素が大きかった。そうして、カイト達天桜学園の面々が跪いたのを見て、皇城の係員が口を開くのだった。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第364話『謁見』
2016年2月22日 追記
・誤記修正
・『平服』となっていた所を『跪く』に修正しました。




