第3757話 様々な力編 ――聖域――
契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。その聖域に最も近いエルフ達の街に到着したカイト達であったが、そんな一同を出迎えたのは聖域を覆い尽くす程に超巨大な竜巻であった。それはカイト曰くどこかの世界の誰かが世界に生じた異変を解決するべく活動している証のようなもの、という事であったがしかし、それでは聖域に行けないというわけで、聖域に向かうためにその異変を一時的ではあれ抑える必要が出てしまう。
というわけで歪みを顕在化させた魔物の討伐から一夜明けて一同は再出発。半日掛けてたどり着いた森の奥地にて、一同は風に連れ去られてどこかへと消え去っていた。
「「……」」
なにが起きた。二人は一瞬で切り替わった周囲の様子に思わず目が点になっていた。
「ここは……なんだ?」
「切り……株? ものすっごいデカい切り株の上……っすかね。なんか見覚えはあるような、ないような……」
「聖域の入口だ。忘れたか? まぁ、本当に入口も入口だから試練は更に奥だけどな」
「あ……そういえば……」
一瞬の事で頭が正常に働いていなかったようだ。ソラはカイトの指摘になるほどと納得する。そんな二人に、瞬が問いかける。
「だがこんな荒々しいのか? 前の時は普通に徒歩で聖域に入ったような感じだが」
「そんな所があるのですか? お兄様は確か……」
「あれがほぼほぼ例外だ。本来は風に乗せられて、とか風に乗ってとかそういう部類になる」
クズハの問いかけに、カイトは彼女を切り株に降ろしながら笑って首を振る。
「へー……あれ? そういえば今更なんだけどさ。お前、その昔もここまで来てたのか?」
「ああ、そりゃな。そもそも試練はオレも受けてるんだから当然だろ?」
「ああ、ごめん。間違えた。さっきのエルフ達の聖域の奥地」
「ああ、そっちか。いや、オレが入った聖域の入口はあっちじゃない」
ソラの疑問も尤もだ。カイトは彼の提示した疑問を納得して、当時の事を話してくれた。
「オレの時は<<風のマント>>っていう特別なマントを使って、とある山の上から風に乗って飛んでたらここにたどり着いた。さっきの話で言う所の風に乗って、という方だな」
「<<風のマント>>? そんな道具を使わないといけないとかもあるのか」
元々聖域の入口は一つではない事は前々から語られている。今回カイトが選んだのは単に行きやすい場所というだけで、そういう別ルートもあって不思議ではなかった。というわけでそんな特殊な魔道具を使って、という別ルートに感心するソラだが、そこに別の声が響く。
「いや、それは無理だよ。あれは完全に状況が整った上で、<<風のマント>>をあげた子がカイトに対して特別な願いがあったから、僕の所まで届いただけで。あれは例外中の例外。しかもその前に僕が直接審査もした」
「シルフィちゃん」
「おっはろー。まずはここまでお疲れ様」
ソラの問いかけに答えたのは彼が言う通りシルフィだ。彼女は風を纏いながらフワフワと飛んで手を振っていた。そんな彼女の顕現に、クズハが跪いて頭を下げる。
「シルフィード様」
「うん。クズハも久しぶり……ってわけもないかー」
「そうですね。つい3日ほど前もお会いしたかと」
「だねー……それはともかく。兎にも角にも今回はお疲れ様。君も大変だねー」
「あははは」
今回カイトがクズハを連れてきたのは彼女が曲がりなりにも女王だからという所にある。そしてここ何百年とエルフの女王がシルフィードに謁見もしないままというのはエルフの国として少し外聞が悪かったので、ここで非公式的とはいえ謁見させておこうと判断したがためであった。
「まぁ、せっかく来て貰ったんだから何も手土産もなしはちょっとと思ったから、君には少しプレゼントを用意したよ。後で見てって」
「ありがとうございます」
少し不思議な発言だが、相手は大精霊だ。クズハに否やはなかったようだ。というわけで概ねある種の社交辞令というような話を終わらせた所で、シルフィードは再度人数を数える。
「で、今回は……四人かぁ……」
「いや、四人で行くって言ったろ。みんな忙しいんだし、お前の遊び相手連れて来たわけじゃねぇんだよ」
「そうだけどさー。四人はちょっと」
「なんでだよ。オレの時はオレとユリィと日向だけだろ。いっそ日向なんて数に入らなかった時代なんだから、オレとユリィ二人だろ。さらにユリィに至っちゃ聖域は流石に無理、とか言ってたから実質オレ一人で攻略したじゃん。それこそいっそソラだけでも良かったぐらいだろ」
何故か急に渋りだしたシルフィードに、カイトは自分が試練に挑んだ時の事を思い出してツッコミを入れる。だがこれに、シルフィードが不満げに首を振る。
「そういうことじゃないんだよね」
「じゃあどういうことだよ」
「うーん……でも最初から言ってたらカイト怒ったしなぁ……うーん……」
「おう、ちょい待てや」
絶対こいつは怒られるような事をしやがった。カイトはシルフィードの様子からそれを察して浮かび上がる。というわけで一瞬で彼女の後ろまで移動すると、どうするべきだっただろうかと考える彼女の頭にヘッドロックを仕掛ける。
「ぎゃあ!」
「何したか、ちょーっと詳しく……あ!」
まるで風が解ける様にシルフィードの姿が消える。そうしてまるで捨て台詞の様に、彼女の声が響いた。
『奥に来ればわかるから!』
「はぁ……こりゃ完全に何か要らん事をしてやがるな……」
「碌でもない事になりそう?」
「なるだろうなぁ……」
こういう時、シルフィは碌なことをしない。カイトは彼女の様子からおそらく自分が望む展開を作るべく何かあくせくと動き出したのだと理解したようだ。
まぁ、いくら大精霊の彼女と言えどカイトを相手に説教をされながら裏で暗躍出来るほどの根性はない。何かいたずらをするために裏に引っ込んだのだとカイトもソラも察したようだ。
「とはいえ、この様子だと早かれ遅かれ先輩は聖域に連れてこられていたようだな」
「そ、そうか……まぁ、元々自分の試練の勉強のために来るつもりだったから良かった……のか?」
「良かった、で良いだろう。まったく……何をしようとしているんやら」
どこか呆れながらも苦笑いですませるあたり、やはりカイトは大精霊達には甘いらしい。まぁ、彼の場合親しくなればなるほど甘いのは彼の悪い点の一つと言われているのだ。それがほぼ常に一緒であると言われている大精霊達なら殊更そうなのだろう。
「とりあえず行くか。三人ともこっちだ。ここでは基本風に乗って移動する」
「こっちったって……何もないぞ?」
「大丈夫だ……ま、見てろ」
飛空術を使う兆候もなく、カイトが切り株の縁から足を踏み出す。そうして彼が足を踏み出して外に落ちると思われたその瞬間、彼の体がふわりと浮かび上がる。
「こういう風に……って、おい! 引っ張るな! っとととと! とりあえず全員、こういう風に風に乗れ! お前、絶対何か要らん事してるだろ! これいつもの方向と違う……バレたじゃねぇよ! 神陰流を習得してるんだから当然だろ!?」
どうやら今回は色々と通常とは違う流れがあるらしい。ソラはそれを察するも、論より証拠と自ら方法を見せてくれたカイトが連れ去られてしまった以上は戻る事も出来ない。というわけで、残された三人は無言で顔を見合わせると、他に選択肢はないと風に乗って移動する事にするのだった。
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