第3754話 様々な力編 ――解決――
契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。その聖域に最も近いエルフ達の街に到着したカイト達であったが、そんな一同を出迎えたのは聖域を覆い尽くす程に超巨大な竜巻であった。それはカイト曰くどこかの世界の誰かが世界に生じた異変を解決するべく活動している証のようなもの、という事であったがしかし、それでは聖域に行けないというわけで、聖域に向かうためにその異変を一時的ではあれ抑える必要が出てしまう。
というわけで聖域を覆う異変を解決するべく、カイトはソラ、瞬と共に異変を歪みと見立てる事により現れた魔物の討伐に乗り出す事になっていた。そうしてなんとか歪みの魔物を討伐する事が出来たわけだが、やはりソラと瞬の二人はかなり疲れていた。
「はぁ……」
「ふぅ……」
なんで試練に挑む前からこんな苦労しなけりゃならないんだ。ソラも瞬も竜巻が収まり地面に着地出来るようになり早々に腰を下ろす。そんな二人へと、カイトが回復薬を投げ渡す。
「ほらよ」
「「っと」」
竜巻の中で飛空術を全力で行使し続けたのだ。しかもその上で戦闘を行っていたのだから、短時間であっても魔力の消耗は非常に多かった。
「ふぅ……あ、先輩」
「なんだ?」
「最後のあれ、なんっすか? なんか槍がぐにゃっと曲がったような感じあったんっすけど」
宝玉を貫く最後の瞬間、瞬の放った槍が妙な挙動を描いたようにソラには見えていたらしい。これに瞬は首を振る。
「いや、曲がったわけじゃない。いや、曲がったわけでもあるか」
「? どういうことっすか?」
「あれは簡単に説明すると、単に槍が伸びたようなものだ」
「伸びた? あの時々やってる長槍と短槍の切り替えみたいなもんっすか?」
「……あ、原理はそれで良いのか」
「へ?」
今更言われて気が付いたといった塩梅の瞬に、ソラが思わず呆気に取られる。これに瞬は恥ずかしげに笑った。
「いや、すまん。そういえば出来て当然だったな。まぁ、と言っても曲がったように見えたのは新しく習得した技……という所でもあるかもな」
「曲がった様に見えた、って事は実際にゃ曲がってないんっすか?」
「曲がったは曲がった。先端がぐにゃりとな……そうやって軌道を修正したんだ」
「なるほど……それで遠くで視ていた俺だとわからなかったわけですか」
軌道修正はほとんど一瞬の内に行われた。なのでその場面だけを切り取った結果、ソラにはぐにゃりと曲がった様に見えてしまったというわけだろう。
「だがそうか。お前に見切られるとなると、もう少し改良は必須か」
「えぇ……」
「あはは。冗談だ……いや、半分は冗談じゃないが。やはり曲がった様に見えてしまった、ということはそれだけ時間が掛かったということだ。時間が掛かれば掛かるほど、回避される可能性はあるからな。本来なら一瞬で、曲がった事さえわからない様に出来る様にならないと」
「あー……ベストは完全に軌道が一瞬で変わるパターンってわけっすか」
確かにぐにゃりと曲がった様に見えた、ということはやろうとすれば避ける事も不可能ではないだろう。ソラの場合、防ぐ事も不可能ではなかった。というわけでソラは瞬の言葉に納得したようだ。
「そういうことだな。曲がった様に見えた時点で軌道修正に時間が掛かっている。この時間の短縮はまだまだ要練習か」
「練習はそうだが、どちらかといえばより習熟するべきは魔術の側だな。急制動やらは魔術を組み合わせた方が良い。今しがた先輩がやった芸当だと本来は手持ちでやるべき芸当だ」
「カイトか……やはり魔術を絡めないと駄目か?」
「なんだ。わかってはいたのか」
瞬の返答に、カイトは槍を編み出して構えを取る。そうして彼が少し下向きに放った刺突は一件普通の刺突だったが、次の瞬間。槍の柄が複雑怪奇な軌道を描きながら伸びて、穂先が二人の合間を通り抜ける。それにソラが目を丸くして思わず仰け反った。
「うおっ!? なんだ!?」
「伸長か……槍の奇策の一つだな」
「こんなんあるんっすか」
「ああ。さっきお前が言った槍の長さの変更を組み合わせた技法だ。物理的な槍でやると相当な難易度だから、俺もまだこいつじゃ出来ない。柄の概念を色々と上書きしないといけないから、かなり魔術的な要素が絡んでくるんだ」
驚いたようなソラの問いかけに、瞬は自らの槍をとんとんと叩いてみせる。これにソラはやはり槍の世界も奥深いのだな、と感心した様に目を見開く。
「へー……あれ? ってことは魔力で編んだ槍だと出来るんですか?」
「さっきやってみせただろう? あれは俺が魔力で編んでいるだけだから、自由度はかなり高いんだ」
「あ、なるほど……」
確かに言われてみれば。そんな様子で納得したソラだが、そこにカイトが槍を消しながら笑って首を振る。
「それでも遠隔で出来るのは相当な技量だ。本来は今みたいに手で持った状態でやる。まぁ、だから本来は魔術を絡めて急制動を掛けて、になるんだが」
「なるほどな……本来は魔術でベクトルの変更を行うってわけか」
「そういうこと。今回も魔術を使ってはいたが……いたが、という領域だったな」
「あはは……」
カイトの指摘に瞬は少し恥ずかしげだ。カイトの指摘の通り、一応瞬も魔術を使ってはいた。だがそれは軌道の変更ではなく、急停止を行わせるためだった。だがこれは大凡力技で行ったと言って過言ではなく、魔術としてはかなりお粗末なものだった。
「ルーンはある程度学んだが……やはりこういった魔術らしい魔術はまだまだ苦手か」
「まぁな……そういう意味で言えばルーンは馬が合うようだ。やはり使いやすい」
「段々ケルトに染まってるな、先輩も……」
「あはは」
少し呆れるようなカイトの指摘に瞬は少しだけ恥ずかしげだ。まぁ、かなり昔からルーン文字を使い続けているのだ。なのでルーン文字についてはかなり習熟しており、後は文字を覚えて即座に編めるようになるだけという所であった。
「まぁ、良い。とりあえずこれで異変は自然と収まるだろう。実際少し風の勢いは緩くなっている。まだ飛空艇が付近を航行出来るほどじゃないが」
「「……」」
カイトの指摘に二人は少しだけ目を凝らして周囲の様子を確認する。周囲を覆う竜巻はまだまだ健在だし、今にも人が吹き飛びそうな勢いもそのままだ。だが、確かに何か違うとは感じられたようだ。ソラが口を開いた。
「確かに……なんか威圧感っていうか、自然の猛威みたいなのは感じなくなったな。なんかここから終わっていくんだな、っていうのが明確にわかる様になったというか……」
「確かに……なんというか台風が温帯低気圧なるようというか……明らかに山は終わったという感はあるか」
おそらく勢いとしては言うほど収まってはいないので油断して良いわけではないだろうが、明らかにこれから終わるのだという感覚が本能的にわかったようだ。これにカイトも頷いた。
「ああ。先ほどの竜と竜巻をかけ合わせたような魔物は謂わば竜巻の畏怖を顕現させたようなものだ。なのでそれが失われれば、そうも感じる。そして核を失った以上弱まっていくのは道理だしな」
「なるほど……じゃあ、俺達はここでこのまま待機して収まり次第聖域か?」
「いや、流石に今日このままはやめとく方が良いな。思った以上に疲れただろ」
ソラの問いかけに、カイトは笑いながら首を振る。そうして彼が続けた。
「まぁ、確かに本来なら今日聖域に挑むはずだったが……流石にあの戦いの後に挑むわけにもな。更に言えばいくら異変が終わると言っても異変が終わるまではまだ数時間は必要だ。順当に考えれば今日の夕方か、夜に差し掛かるだろう。諸々考えれば明日の朝出発が一番妥当だ……まぁ、お前ら以上のクズハが困るかというとそんなわけもないんだが。神官達がな」
「「あー……」」
どこか苦笑いのカイトに、ソラも瞬もそれは確かにと納得する。そもそも今回聖域への渡航が出来たのはカイトがクズハを聖域に案内するという所があった。
というわけで三人は再び竜巻を抜けて、この日はこの後しっかり休んで明日からの試練に備える事にするのだった。
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