第3754話 様々な力編 ――歪みの魔物――
契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。その聖域に最も近いエルフ達の街に到着したカイト達であったが、そんな一同を出迎えたのは聖域を覆い尽くす程に超巨大な竜巻であった。それはカイト曰くどこかの世界の誰かが世界に生じた異変を解決するべく活動している証のようなもの、という事であったがしかし、それでは聖域に行けないというわけで、聖域に向かうためにその異変を一時的ではあれ抑える必要が出てしまう。というわけで聖域を覆う異変を解決するべく、カイトはソラ、瞬と共に異変を歪みと見立てる事により現れた魔物の討伐に乗り出す事になっていた。
「……」
何か手を考えねばならないだろうが、どうすれば良いかがわからない。ソラは歪みの魔物の攻撃を食らわないように飛空術で竜巻の中を動きながら、思考を巡らせる。
(風……なんだよな、こいつは。多分)
おそらく風という概念を有する精霊に近い魔物という所なのだろう。ソラはまるで解けるように風に変貌して竜爪だけが飛んできている現状を見て、そう理解する。そうして竜巻の中を縦横無尽に動き回る竜爪の一つを<<偉大なる太陽>>で弾いて、彼はその後をしっかりと見極める。
(爪も風。竜の頭も風……当然下半身の竜巻も風……全身風で出来てる、ってか風属性で出来てるって所か。これはでも不思議はないよな。ここは風の聖域で、風の聖域を通して波及したどこかの世界の異変だって話だから)
風の聖域を通したからかどうかは定かではないが、風の聖域は風の魔力が大きく集まっている場所でもある。なので風属性の魔力が混ざり、その影響が出てしまっていても不思議はなかった。ソラはそう判断していたようだ。というわけで何度目かの竜爪を弾いて、ソラがふと何かが気になったようだ。
『……カイト。敢えて止まるから、支援頼んで良いか? 具体的には初撃はオレが防ぐから、二発目以降の爪を防いでくれ。もしくは爪以外の攻撃だった場合も防いで欲しい』
『あいよ。ただ数秒に留めろよ。いくらオレでも遠距離からの支援に限界はあるからな』
『嘘こけ。余裕じゃねーか』
あいも変わらず一撃も掠りもせず避け続けているカイトの返答に、ソラは笑いながらも一つ気を引き締める。
「ふぅ……」
止まってから竜爪の顕現まで僅かにだが猶予が与えられている。やはり歪みの魔物とてタイムラグもなく攻撃に入れるわけではない。故にソラが停止して生ずる数秒の猶予で、ソラは意識を研ぎ澄ます。
「……はぁ!」
竜爪が自らの右横に顕現したのを受けて、ソラは竜爪が自身を薙ぎ払おうとするとほぼ同時に剣戟を放ち竜爪を両断する。
とはいえ両断された断面からは血が流れる事もなく両断され切断された指側がほどけて、風となってどこかへと消え去る。そしてそれと同時に即座にソラの背を切り裂かんとまた別の竜爪が彼へと襲いかかるが、その竜爪を一条の光線が貫いて消し飛ばす。
「……」
自らの背後で繰り広げられる攻防戦を一切無視し、ソラは自身が切り裂いた竜の指と竜爪の療法を見る。そうして彼が見ている中、切り裂かれた竜の指の一本は風となってどこかへと飛んでいく。
『ソラ。もう二、三本来るんだが』
『悪い、もうちょっと! あの指がどこに向かうかを知りたい!』
『あいよ』
やっぱりそういう考えだったか。カイトはソラの要請に少しだけ獰猛に笑って応ずる。自分の周囲に加え、他人の周囲にまで先読みを巡らせるのだ。その難易度は数が多いが自分の周囲だけを見通すよりも桁違いに難しかった。だがやれない事はない。
「……ふっ」
見通すべきは風の流れ。それは単に世界の流れを読むよりも遥かに容易い。そして自分に仕掛けられるものは避ける――単なる縛りプレイ――だけだが、ソラに向けられるものは矢を射って相殺するだけだ。そうしてカイトは風の流れから数瞬先を見通して、矢を放つ。
「……」
幾つかの風が自身の横を流れ、収束する。ソラはそれを耳で理解する。しかしそれらは全てカイトの放つ矢が収束した所を貫いた事により、竜爪として実体化する前に散り散りに消し飛んだ。そうして竜爪全ての対処をカイトに任せていたわけだが、流石に限度がある。というわけで数度の竜爪の応酬の後、カイトが僅かに目を見開いた。
「あ、駄目だ、これ……ソラ! 駄目だ! 矢でどうしようもならん!」
「っ」
あとちょっとだったのに。ソラはカイトの声とほぼ同時に自らの視界を遮るかのように竜の頭が眼前に顕現する。そうして一瞬の逡巡の後、彼は意を決した。
「カイト! フォロー頼む! <<地母儀典>>!」
「っ、あいよ!」
どうやらその場から動けばもう追跡出来ないと判断したようだ。ソラは自らの耳がまだかすかに捉えている風の音だけを頼りに、触覚以外その他全ての感覚を擬似的に手放す。
感覚を手放す事で、制約により一時的に聴覚を更に拡大したのだ。これは彼自身使う事はないだろうとやってこなかったが、<<地母儀典>>を手にした事で出来るようになった事の一つだった。
(感じるべきは二つ! 眼の前のこいつの攻撃と、消えた爪の風の音だけ!)
それ以外は全部カイトに任せる。ソラは鋭敏化した聴覚だけを頼みに、消えた爪を構築していた風の流れを追いかける。感じるのが二つだけなら、まだソラの感覚で掴みきれたようだ。だが彼が風の流れる先を突き止めるよりも前に、竜の頭から光条が迸る。
「っ」
「ふっ」
放たれた光条に対して感覚だけで盾を構えるソラに、カイトは五本の矢を一気に放つ。それらは一瞬でソラの前まで飛翔すると、彼の前で矢の先端を起点として五芒星を編んで即席の盾となる。
「っ」
カイトの五芒星により威力を減衰した光条が盾に激突し、大きな音が鳴り響く。それにソラは培ってきた感覚だけで防御を演じて、更に自身の盾が鳴らす音を意識的に除外。消えた竜爪の風の音だけに集中する。そうして光条が消えるかどうか、というタイミングでソラが声を上げた。
「っ、見付けた! 先輩!」
「っ、あれか!」
ソラの掛け声と指差しに、瞬は竜巻の中に僅かに緑色に煌めく輝きを見つけ出す。そうして彼に情報を共有した所で、ソラは目の端に緑色の輝きを放つ光球を留めながら飛翔を再開する。
「変だと思ったんっすよ! 全身解けるなんて!」
「厄介だな、本当にこの領域は! 全部見せかけだけの偽物か!」
改めて考えるまでもなく、カイトの支援がなければ勝てないだろう。ソラも瞬もまだ自分達がランクSと戦うには素の状態では厳しいかと納得する。
まぁ、一応言えば二人共それぞれ<<太陽の威光>>やら酒呑童子の力やらを解き放てば一人でも倒せる可能性はなくはない。あくまでも素の状態で、という所であったので地力としては十分なものと言えただろう。そんな二人に、カイトは満足げに頷いた。
「よしよし。そこに気が付ければ後は楽だ……さて、後はどうやってあの竜巻の中を超高速で動き回る宝玉を破壊するか、だが……」
すでに手札は持っているぞ。カイトは放たれる十の竜爪を相変わらず余裕の様子で回避しながら、ソラ達の行動を見守る。
「先輩、けあの玉の動きを制限します。やれますか? 多分移動しながら狙い撃つ事になると思いますけど……」
「無論、やってみせよう。」
投槍の名手と言われたんだ。それぐらい出来なくてどうする。どこか挑発的でさえあるソラの問いかけに、瞬が少し獰猛に笑って応ずる。
「うっす。じゃあ、頼んます」
瞬の返答にソラが取り出したのは<<地母儀典>>だ。彼は自身の攻撃がおそらくどうやっても命中させられない事を理解すると、<<地母儀典>>を利用しての妨害に努める事にしたらしい。
「<<地母儀典>>」
ソラの意を汲んで、<<地母儀典>>から黄金にも近い輝きが放たれる。そうして彼の周囲に無数の岩石が生じて、一直線に竜巻の中へと飛翔。まるでミキサーに巻き込まれたかのように更に細かく、しかし鋭利な破片となり、竜巻を凶悪なものへと仕立て上げる。
「なるほど……そういうことか」
細かな破片となってもまだソラの力は行き届いているらしい。瞬は破片にぶつからないように高速で複雑な軌道を描く緑色の宝玉になるほど、と納得を浮かべる。というわけでしばらくの間、瞬は宝玉の描く軌道を確認。その先を読み取れるようにイメージする。
「……若干の軌道修正ならやれるはずだ……」
イメージするのは槍が宝玉を貫く瞬間。魔力で槍を編む事で重要なのはイメージだ。いくら実際の槍に近いイメージが出来るか。それが肝要なのだ。そしてこの魔力で編んだ槍による投擲もまた、まるで弓道のようにイメージする事が重要だった。
「……おぉおおおお!」
緑色の宝玉の軌道を予測し、瞬が槍を投ずる。それに宝玉はイメージ通り、槍を避けようと今までとは別の急角度の回避行動を取る。それはソラの操る破片に半ば抉られながらも、槍による一撃を避ける事を優先したようだ。
「それは、読めていた!」
自分でもそうしただろう。瞬は想像通り回避行動を取った宝玉を見ながら、槍に更に力を込める。そうして自身のダメージを厭わず行われた回避行動により、なんとか間一髪槍を避けたかに思われたその直後。槍がぐにゃりと曲がって、穂先が更に伸びて宝玉を串刺しにするのだった。
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