第3752話 様々な力編 ――歪みの魔物――
契約者となるべく訪れる事になっていた風の聖域。その聖域に最も近いエルフ達の街に到着したカイト達であったが、そんな一同を出迎えたのは聖域を覆い尽くす程に超巨大な竜巻であった。それはカイト曰くどこかの世界の誰かが世界に生じた異変を解決するべく活動している証のようなもの、という事であったがしかし、それでは聖域に行けないというわけで、聖域に向かうためにその異変を一時的ではあれ抑える必要が出てしまう。
というわけでカイトは聖域を覆う竜巻を世界の歪みに見立てる事により一時的に解決する事として、単身行動を開始。翌朝にはソラ達を連れて飛空術で飛んでいた。いたのだが眼の前に広がる光景にソラは盛大に顔を顰めていた。
「なぁ……ぜんっぜん……まっったく解決してるように思えないんだけっども」
「いや、これでも全然勢いは弱まっている。昨日の竜巻は突入すれば魔術ありでも身体が千切れるような竜巻。今日は頑張れば耐えられる程度だ」
「死にはしません、ってわけ……」
こんな強風の中を飛んだ事はないんだけど。ソラはふわふわと飛びながらも盛大に溜息を吐く。そんな彼に対して、瞬が今度は問いかける。
「それで、この状況でどこに魔物が居るんだ? 聖域とやらにはまだ入れないんだろう?」
「まぁな……さて、どこに居るんやら」
「わかんないの!?」
「わからないのか!?」
もともと聖域の周囲に漏れ出したどこかの世界の異変の痕跡を世界の歪みに見立て魔物化。それを討伐する事で聖域まで移動出来るようにしてしまおうというのが今回の作戦だ。というわけで魔物が見付からねば討伐も何もあったわけではない。というわけで仰天する二人に、カイトは笑った。
「いや、しゃーないんよ。オレも出てきたのを見届けて昨日帰ったわけじゃないからな」
「普通見届けるもんじゃないのか?」
「色々としゃーなくてな……魔物が形成されるのに時間が掛かるから。オレが昨日手配を掛けて、その後一晩。魔物は現れているだろうが、場所やらを指定出来るわけでもない」
「それでわかんない、ってわけ」
カイトの言葉にソラはおそらくこれは事実だろうという事を理解する。
「そ……それにこういう場合、他世界の異変を歪みとして見立てているわけだから、聖域からは過度に離れられん。だから異変の影響下となるあの竜巻の中である事だけは間違いない。まー、後は行けばわかるでしょ。こういう場合の決まりといいますか通例があるんで」
「「?」」
あまり良い予感はしないが、とりあえずカイトは何もわからないでも大丈夫という自信はあるらしい。ソラも瞬もとりあえずカイトに従って飛翔を続ける事にする。というわけで街を離れ飛翔すること一時間ほど。思ったより聖域は遠かったらしくまだ聖域を覆う竜巻にはたどり着いていなかったのだが、異変は二人にも見えるようになっていた。
「……えーっと……あの、カイトさん?」
「うーん?」
「あのー……ですね。竜巻の中にあの、巨大ななんかの影があるんですが……これは、その一体……どういうことなんでせうか」
「んー……そうだな。端的に言えばあれが魔物です」
「ですよね!?」
カイトの返答に、ソラが思わず声を荒げる。竜巻の全体を覆うほどに巨大ではないものの、少なくとも数百メートルはあろうかという巨大な何かの影が竜巻の中を泳ぎ回っていた。それは今まで彼らが街を上げて、もしくは軍や冒険者達を総動員して倒してきた魔物の威容で、たった三人だけで挑む事が愚かしいとわかるものであった。というわけで声を荒げるソラに対して、瞬は一つ笑みを浮かべカイトへと確認する。
「弱くはない……だろうな」
「弱くはない。どこかの世界の異変の波及とはいえ、世界の異変に相違はない……だからこそああも巨大になる」
「それで行けばわかる、ってわけか……」
確かにこんな巨大な魔物だ。木々よりも巨大な魔物なぞ森の中だろうと探す必要なぞない。というわけで、ため息を吐くソラに、カイトは頷いた。
「そうだな。良い事を教えてやろう。本当に異変が起きて契約者として活動する、となった場合に相対する魔物はこれが小粒に思う連中だ」
「つまりは契約者となるのならこの程度は勝ってもらわないと契約者の試練を受ける資格さえない、というわけか」
「そう考えても良い」
「そうか」
カイトの言葉に瞬は初手から本気を出すつもりなのか、真紅の槍を顕現させて握りしめる。そんな彼に、ソラもまた腹を括った。
「はぁ……ってことは三人でやるのか。カイト……楽させてくれるわけねぇよなぁ……」
「ないな。オレは今回、後ろから二人を支援する。前で戦え」
「あいよ……はぁ……どんなのかはわかんないよな?」
「流石のオレもまだわからん。あの竜巻で少し世界の法則が乱れているから、少し気配が読み切れん」
まだまだオレも修行が足りんな。神陰流を使って大凡を掴もうとしたらしいカイトだが、やはり世界の法則が僅かなりとも乱れていると難しいようだ。ため息混じりに首を振っていた。
「じゃ、もう後は後は野となれ山となれ、の心持ちでやるしかないか」
「そういうことだな」
「しゃ……じゃ、やりますか。先輩。敵を先に確認したいんで、先手必勝はやんないでくださいよ。流石にあんなの、一発で仕留めるなんて出来ないでしょ?」
「それはまぁ、無理だな」
数百メートル級の、しかも世界の異変を凝縮して現れたという魔物だ。おそらく魔物の基準に当てはめればランクS相当になるだろうことは間違いなく、今まで戦ったどんな魔物よりも強い個体だろう。というわけで気を引き締めて更に飛翔。十数分後に三人は竜巻の前まで遂にたどり着く。
「……出てくる気配はない……か」
「さっき言った通りだ。あいつは竜巻からは出られない。あいつはあくまでどこかの世界の異変をこの世界における歪みに見立て、魔物として顕現させているだけのものだ。実質的には魔物でさえない」
「「……」」
敵から先手必勝がされない事は良い事だ。二人はカイトの言葉にそう自らを納得させる。そうしてそんな二人に対して、カイトは弓を取り出した。
「でかい攻撃が来た場合はオレの方で対処はしてやろう。あと、必要だと思ったタイミングと連携で生ずる隙間にはオレが手を出す。とりあえず二人で倒してみろ」
「いや、多分普通は倒せないと思うんだけどな」
「あはは……ま、そうだな。だが目がない話を持っていくわけでもなし。倒せはするだろう……二人共全力を出し切れ。それでなんとかはなると判断している」
「「……」」
つまりそういう程度になっているというわけか。二人はほぼほぼ同時に生唾を飲む。そうして、瞬が苦笑いを浮かべた。
「はぁ……せっかく試練に向けて万全を整えたってのに。試練の前から全力戦闘っすか」
「そうだな……まぁ、前哨戦としよう」
「うっす!」
瞬と共にひとつ笑ってソラもまた気を引き締めると、二人が同時に竜巻の中に突入する。が、そうして見えた魔物の威容に、二人は思わず苦笑いが浮かび上がった。
「「……」」
「……おぉ、意外と大きかったな。あと、なんだ。こっち気付いてたのか」
「そういう場合じゃねぇだろ!?」
「っ! ソラ! お前もそういう場合じゃない!」
どうやら向こう側もこちらを待ち構えていたらしい。口腔に宿る巨大な光に、ソラも瞬も慌てふためく。そうして大慌てで構えを取る瞬とソラであったが、一方のカイトはすでに対応に入っていた。
「ちょっとこれは予定外だったから、先手はオレが打つ。二人共、距離を取れ」
「「了解!」」
今にも溢れ出しそうな光に対して一人弓に矢を番えて相対するカイトの指示に、二人が揃って虚空を蹴って一気にその場を離れる。だがそうして残るカイトに向けて、歪みで出来た魔物が口から光条を放った。
「……」
自身を飲み込んで余りあるだろう超巨大な光条に対して、弓を引き絞るカイトは引き絞ったまままるで銅像かのように身動き一つ取らない。そうして刻一刻と迫りくる光条が眼前まで届いた瞬間、僅かに指が離れて白銀の矢が解き放たれる。
「……」
一瞬の静寂が訪れ、その次の瞬間。数十センチほどでしかない白銀の矢が轟音を上げて巨大な光条を食い止める。といっても別にこれは対応の本命ではない。あくまでも次に対する布石や伏線の類だ。いくら彼でもランクS相当の相手に弓を使って奇襲じみた攻撃に対応する事は難しかったようだ。そうして生じた膠着に、カイトはどこかに手を伸ばすかのように手を伸ばすと共に口を開く。
「影の疑似顕現を申請。対象を……とする」
『『……疑似顕現……承認』』
「存在変換ならび概念置換を申請。剣の概念を矢の概念へと置換する」
『『承認』』
カイトの言葉に合わせて、懐に忍ばせていた魔導書達がどこかへと接続。まるでその意思が憑依したかのように、一切のタイムラグもなくカイトへとそれを伝達する。
そうしてカイトの申請を受けたこの世界の誰でもない不明な存在による許可が降りて、カイトの手に存在として非常に不安定な矢が顕現する。
「影の顕現と概念置換による矢の錬成……オレの弓における本命の一つ。お前程度には過ぎたる技だが……新たな契約者の開戦の狼煙だ。派手に打ち上げてやろう」
獰猛に笑いながら、カイトは矢となった剣を弓につがえる。それは非常に不安定な存在ではあるが、だからこそ今にも周囲を巻き込んで破壊を撒き散らさんほどの力を秘めていた。
「ふっ!」
自らの魔力で編んだ白銀の矢が砕けると同時。カイトの弓から不安定な矢が放たれる。そうして不安定な矢が再び直進を開始した光条と激突して、しかし不安定さなぞまるでないかの如くに光条を消し飛ばして突き進んでいくと、世界の歪みで出来た魔物を大きく吹き飛ばす。
「「おぉおおおお!」」
カイトが魔物を吹き飛ばすとほぼ同時に、二人もまた準備が整ったようだ。雄叫びを上げて吹き飛んでいく魔物へと肉薄する。そうして、予定外ではあったものの契約者となる試練の第一歩が開始される事になるのだった。
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