第3747話 様々な力編 ――調整――
浅井長政というソラの過去世の目覚めをきっかけとして、その代替案として示された契約者への道。これまでの旅路でなんとか土台は出来上がっていると判断された事により提示されたその道へ進むべく準備を開始したソラと瞬であったが、そんな彼らは武器や防具を調整して貰う一方で自らの身体を整えて万全を期す事になっていた。
というわけで皇都で皇帝レオンハルトとの謁見から数日。カイトはソラ達を案内する前にエルフ達の国にてスーリオンに謁見を申し出ていた。
「お久しぶりです、スーリオン殿。息災お変わりなく」
「おぉ、カイト殿か。もう来られたのか……そこまで久しくでもなかったように思うが」
「どうでしょうか……連携を取るべく色々と書面は交わしておりましたのでそう思うだけやもしれません」
「かもしれんなぁ……」
カイトの言葉にスーリオンもまたそうなのかもしれないと思う。とはいえ、エルフの中でも更に長寿のハイエルフだ。一年なぞあってないが如く。久しぶり、と彼が思わないのは無理もなかっただろう。というわけで再会の挨拶を交わした二人だが、そこでカイトがおずおずと問いかける。
「それで……あの、スーリオン殿?」
「ん? なんだね?」
「これはまた凄まじい様相ですね……」
見渡す限りの本、本、本。本の海だ。そんな光景にカイトは思わず頬を引きつらせる。そんな彼に対して、スーリオンは上機嫌だった。
「あぁ、これかね。いや、久方ぶりに書庫の整理をしているのだがね。色々と見つかる見つかる。我らエルフは古来より賢者と褒めそやされ、それに見合う知識を持っているとも思うがね……どうしても散逸した情報は出てきてしまうものだ。だがこれは我らエルフの悪い点だろう。長く生きられるが故に、整理整頓を後回しにしやすい。まったく……これなぞ古代エルフ文字だ。何時記されたものなのやら。この建築様式から察するにおそらく古代文明のエルフ文明だろうが……私でさえこんな物があったとは知らなかったぞ。まったく……だからあれほど片付けろと……いや、私も兄上にもそう言われたから神官達は怒れまい。だが平和になってより三百年一度も整頓していないというのは言い訳出来まい」
「あ、あのー……」
今日は最初からこのテンションですか。カイトは腹を立てつつも上機嫌に発掘された超古代の書物を読み漁るという器用な芸当を見せるスーリオンにおずおずと話し掛ける。
「ん? おぉ、すまんすまん。そう言えば謁見だったな……ここで良いか?」
「……構いませんよ。そちらがよろしければ」
一応身内でもあるし。カイトは保守派と言われる規則に煩い派閥に属しているスーリオンにも関わらず非常に雑な対応を見せる彼に苦笑いを浮かべながらもその提案を了承する。
まぁ、そもそも応接室や謁見の間で待たず、わざわざ書庫を訪れたのだ。彼としても内心いっそここで話してしまえれば、と思っていなかったわけではない。とはいえ、そんな彼へとスーリオンは上機嫌に頷いた。
「そうかね。いや、実はまた神殿を色々と改築をしていてな。帰りに話そう」
「……はい」
こうなる可能性はわかっていたし、そのために自分一人で来た。カイトは神殿の改築の度に自らで案内を駆って出るスーリオンにただただ無感情に頷く。これでクズハやらアイナディスやらが居たら居たで更に面倒になりかねないのだ。被害を自分一人で留めるべく人身御供に来たというわけでもあった。
ちなみに一応は他国の要人だ。そんな彼に神殿の構造云々を教えるなぞ本来あってはならない事だろうが、カイトなので元老院議会やら神殿の神官達も何も言えなかったらしい。
「それで……ああ、ソラくんだったな。大精霊様が導かれたと」
「ええ……お話させて頂いた通りの事情です」
「厄介なものだな、自分ではない自分というのも。我らは長く生きるが故に自己も強く有している。生きた年月に見合うだけのな。並の前世であれば如何様にも出来るが……人間ではそうも言えんか」
やはり過去世を抑える上では生きてきた年月が重要になるらしい。ハイエルフ達のように数百年数千年も生きる者なら、生半可な前世では影響されないらしかった。これにカイトもまた頷いた。
「ええ……だがだからと言ってそれが使えないのは冒険者にとって命綱の一つを断たれるようなもの。彼女が導きを与えたのは、道理ではあったかと」
「カイト殿のために封ずるのであれば、か」
大精霊達がカイトをどれだけ重要視しているかは、他でもないスーリオン達ハイエルフが誰よりも理解していると自負している。だがだからこそ今回の一件についてはソラを認めたというよりも、大精霊達がカイトを助けるためとスーリオンらは考えていた。
「相わかった。我らとしてもすでに大精霊様のお導きがあり、尚且つカイト殿に危害を加えぬべく悪戦苦闘していたのであればそれを拒む道理はない。ただわかっていると思うのだが」
「ええ。今回の一件は元老院には内密に、ですね」
「うむ……元老院とて一枚岩ではない。まぁ、流石に大精霊様がお導きを下さっている中で下手を打つ者がいるとは思えんが……」
それを言っているのがカイトだし、状況を聞く限りでも道理は通っている。よしんば戦士として大丈夫かわからなかったとしても、カイトと大精霊達が大丈夫と認めている限りは大丈夫だろう。スーリオンはそう考えていた。だがこれはあくまで彼の考えであり、他の者が別の考えを抱いたとて不思議はなかった。
「厄介事は君とて御免被るだろう……今はアンナイル殿が密かに動かれている」
「アンナイル殿が」
どうやらスーリオンは今回の一件を重要視してくれているらしい。カイトは動いている相手の名前を聞いて僅かに目を見開く。だがこれにスーリオンは苦い顔だ。
「ああ……まぁ、アイナディスから逃げているとも言えるかもしれんがなぁ……」
「は、はぁ……そういえばアイナは? あいつも戻っていると聞いたのですが」
「ああ、あの子か。あの子なら今回の一件に際して先に露払いをしてくる、と」
「なるほど……」
露払いをしてくるという名目で祖父を探しに出たか。カイトは伝え聞くアンナイルの性格を思い出して、アイナディスの思惑に納得する。
「そんな方なのですか? アンナイル殿は。伝え聞く限り……と言いますかアイナ曰くエルフには珍しいアクティブな方との事でしたが」
「アクティブはアクティブだ。だがまぁ、流石に先の演習でのやらかし……で良いかはわからんが」
「ハイゼンベルグ家の要請に応じただけ……と言えますが」
「ああ……だがそれで色々と隠している事が露呈したようでな。相当お冠らしい」
スーリオンは自分もアンナイルが裏でしていた事を聞いたが故にどう反応すれば良いか反応に困っているらしい。苦笑いにも困り顔にも見える神妙な笑みを浮かべていた。
「と、言いますと」
「世界を渡っていたらしい。エンテシア皇国初代皇王陛下の求めに応じてな」
「……は?」
エンテシア皇国初代皇王というのは言うまでもないがティナの父親だ。どうやらその彼の求めに応じてティナの母親を復活させるべく各家の初代達やアンナイルのような隠居していた者たちは動いていたらしい。ならば何故ハイゼンベルグ公ジェイクは、となるが彼はそれらをサポートするために公爵の地位のまま居たとの事であった。
「それでまぁ、色々と出るわ出るわとあの子も知らぬ宝物やらがあったそうだ。碌な管理もせずな」
「そ、それはまた……」
「ははは……まぁ、そういうわけなのでな。あの子が先に行って待っている。道中は安全だろう……アンナイル殿が見付かっていない場合に限るが」
「あははは……」
もし両者が遭遇していれば雷が雨霰の如く降り注いでいるということか。カイトはスーリオンの言葉に笑うしか出来なかった。と、そんな彼にスーリオンは気を取り直す。
「ああ、それで聖域への通行許可証だったな。それについてはソラくんらの到着に合わせて用意出来るようにしておこう」
「ありがとうございます」
単にこの言葉を貰うためだけにカイトは来た――後は先の通り万全を期した二人のための人身御供――のだ。一つ頭を下げてスーリオンに礼を言う。
「うむ……ああ、そうだ。後は色々とクズハに届けて貰いたい書類があるのだが、大丈夫かね?」
「ええ。今回は事が事ですので、少し特殊な経路を通って来ましたので」
「なるほど。それで飛空艇到着の報などがなかったのか」
「ええ……それについては後ほど」
「うむ……ああ、そうだ。そう言えば君に一つ聞いてみたかった事があるのだが」
「なんでしょう」
少しだけ真剣な表情を浮かべるスーリオンに、カイトは首を傾げて訝しむ。そんな彼に、スーリオンは本の海へと乗り出した。
「えっと……少し待ってくれたまえ」
「はぁ……」
なんだろうか。カイトは唐突に本の海へと乗り出したスーリオンの行動を待つ事にする。そうして暫く本の海をかき分けていたスーリオンが、非常に古ぼけた本を一冊持ってきた。
「これだ……著者も不明。執筆された時代も不明なのだが……古代エルフ文字……それも第一期エルフ文字で何かの書を翻訳している最中の書だ。何故途中なのか、などはまだわかっていないが……今回の大清掃で見付かってね」
「はぁ……っ、これは……」
「やはり君でもか」
顔を顰めるカイトに、スーリオンはどこか納得という表情を浮かべていた。だがそれも無理はなかった。
「相当古い書物ですね。すでに文字に込められた魔力が全損してしまっている。これでは翻訳の魔術も通用しない……何百……いえ、何千年も昔の書ですね、これは。オレも初めて見ましたよ。翻訳の魔術が使えないほどに古い書物は」
「ああ、私もだ。君が使っている翻訳の魔術よりも更に古い物で、意思を読み取る事もできんほどに昔のものだ」
カイトの言葉にスーリオンは一つ頷いた。実は翻訳の魔術は万能ではなく、大精霊達の言語など世界側が読み取れないようにしている以外にもあまりに古すぎて文字に込められた魔力が全て失われてしまっている場合も無理らしい。だがそれも本来は数千年も昔というレベルで、カイトより遥かに長生きのスーリオンでさえ実物は初めて見たらしかった。
「現在神官達と共に翻訳を進めているが、どうやら創世神話という物語について調べている書物を翻訳しているものらしい」
「っ……」
「やはりか……<<原初の世界>>とやらに関係するのだね?」
「……ええ。創世神話は正真正銘、<<原初の世界>>を作る時の神話です。いえ、神話ではありませんね。謂わば世界達の実験記録と言っても良いかもしれません」
「そんな物語が……」
それは確かに翻訳を試みようとしたのも無理はなかったかもしれない。スーリオンは翻訳半ばで止まった書物に書かれるはずだった内容に思わず目を見開く。
「これについて現在調べているが、問題は?」
「ないでしょう。大精霊達も止めない」
「そうか……まぁ、翻訳は我々の仕事だが、出来上がった際には君にも助言を求めたい」
「そういうことでしたら承りました」
スーリオンの言葉に、カイトは一つ頷いて承諾を示す。そうしてそれでここでの話は終わりとなったのか、スーリオンはカイトを連れて――道中で書庫の数倍の時間を使いながら――執務室へと向かうのだった。




