第3741話 様々な力編 ――許諾――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。なんとか長政の力を抑制する事に成功したソラであるが、そんな彼に長政の力の代替案として提示されたのは契約者となるという本来ならば代替案として勘案されないようなアイデアであった。
というわけでトリンとの相談。カイトから付随する様々なデメリットの念押しを経て、ソラは契約者となる道を選択。その調整に取り掛かったカイトからの指示を受けて、瞬とトリンの二人との間で相談を重ねていた。
「ああ、やっぱ先輩はそういう流れになったんっすか」
「ああ……だがそうか。やはり流石に長政は……駄目か」
「駄目っすね、流石に。てか今更っすけど最悪天城家と天道家、天音家の遺恨になりかねないんで……」
「そ、そういえば一応はお前とカイトは遠縁の親戚なのか」
「そうなの?」
これは初めて聞いた。瞬の指摘にトリンが少しだけ驚いたような顔を浮かべる。これにソラははっきりと頷いた。
「あれ? 言ってなかったっけ。一応俺というか俺と桜ちゃんは親戚ってのは話したよな?」
「それは聞いてるよ。それでお父さん同士が幼馴染で、君らもある意味じゃ幼馴染みたいなものなんでしょう?」
「正確には俺というより弟の空也と桜ちゃんの弟……煌士だな。俺と桜ちゃんは幼馴染というには遠い気がする」
年齢は一緒だし、父同士は幼馴染だ。なので付き合いがなかったかというとそれもまた違う。だがそもそも高校入学前は一応面識がある程度の間柄だ。今のように頻繁に話した事もなく、カイトから話を聞く事もない。あくまで親戚にそういう少女が居るという程度の認識であった。そんな彼に、トリンは首を振った。
「そこはどうでも良いよ……でもカイトさんも、かぁ」
「おう……あ、そっか。天の字が入ってるからわかるかと思ったけど、お前だと漢字にならないのか」
「あ、なるほど……カイトさんのアマネも同じ文字が入るのか。そうやって見分けつくんだ」
「まぁ、全部が全部じゃないけどな。ありふれた名前も多いし」
基本的に天道の一族は名字に天の文字が入っている事が多い。なので天桜学園にいれば大凡それで天道家の関係者だとわかるのだが、これはあくまで天道家に近い所に居るからわかっている事だった。
しかもそこらの関わりがわかる、というのも日本語の漢字を知ればこそだろう。日本人ではない上に漢字さえ知らないトリンが気付けなくても無理のない事であった。
「それはともかくとして……あいつ自身遠すぎて関係ないとかは思ってるらしいけど」
「ふーん……天音家? はどの程度の位置なの?」
今後の方針を立てる上で、カイトの家柄がどうなのかは気にしておく必要があったらしい。そんな彼の問いかけに、ソラはカイトから聞いた話と前置きして答えた。
「わかんねぇけど……カイトから聞いた話だと末端も末端だ、って話だ。ただ親父さんは三柴さん……灯里さんの父親が大阪から引き抜いてきた幹部候補らしい。今は裏側でケルトの人たちとの窓口をしてるらしい」
「カイトさんの関係で?」
「いや、全く無関係らしい。あいつ、裏世界で正体隠して動いてるから、誰も知らないらしいし」
「また面倒な……」
それしかなかったんだろうけど。トリンは厄介な状況にあるらしいカイトの状態に顔を顰める。
「いっそそこら明かせれば楽なんだけど……NGだっけ」
「駄目だって」
「だよね……うん。妥当な線は今後を考えてで説得する方が良いかな。瞬さんもその方向で、二人一緒に話した方が良いと思います……大丈夫そうですか? 瞬さんの場合、色々とありますから」
「そうか……心配痛み入る。だが俺なら問題ない。コーチに至っては大いに喜んでくださっていたし、何だったらいい加減さっさと試験だか試練だか受けてこい、と言われていたしな」
「む、むちゃくちゃですね……」
大精霊様の試練なんて受けてこい、と言って受けられるものではないのだ。それを平然と受けてこいなぞと言うクー・フーリンにトリンは頬を盛大に引き攣らせていた。
「……それはそれとして。とりあえず話すなら二人一緒の方が良いかと。幸いソラが事前に大精霊様とお会いしている事は話していますし、地球の状況と瞬さんの立場などを考えると資格を得れていても不思議はないと思われると思います」
「そうか?」
「ええ……そもそも地球でも有数の天才だったと聞いていますし、十分に資格を有していたと言って良いかと」
「そう言われると恥ずかしいが……」
天才と言われて、瞬は少しだけ恥ずかしげだ。とはいえ、これで方針は定まったらしい。ソラと瞬は二人して顔を見合わせて、どちらともなく頷きを交わす。
「なんというか俺は若干カイトに乗せられた感もなくはないが……やってみるか」
「うっす……でも試練ってどんなのなんだ?」
「それは誰にもわからない。カイトさんも滅多に話した事はないらしい……ただ、常に同じ試練でもないらしい、とは試練に失敗した人たちの情報として残っている」
ソラの問いかけに、トリンは随分昔にブロンザイトから教えてもらった試練の話を思い出す。これに、ソラが小首を傾げた。
「と、言うと?」
「試練はその度に変わるらしい。だから迷宮のような試練もあるし、精神を試す試験もあるらしい」
「精神を試す? 性格診断みたいな感じ……か?」
「違うよ、それは流石に……ただこの試練になったんじゃないか、と言われているだけで本当かもわからないらしいし」
「どういうことだ?」
本当かもわからない。少なくとも大精霊の試練を受けている事は間違いないのだ。なのに何故伝聞の形式になるのだろうか。瞬はそんなトリンの言葉が理解出来ず、困惑気味だった。そうして少しだけ言い淀んだ末に、もう挑む事が決まった以上隠せないとトリンは判断。非常に言い難そうに口を開いた。
「……試練から出てきた時にはすでに精神が壊れていたそうです。そして大精霊様が一言、貴方に試練へ挑む資格はない、とはっきり断言されたと伝えられています」
「「……」」
ごくり。二人は思わず生唾を飲む。とはいえ、そんな二人にトリンは笑った。
「でもお二人の場合、そういうことにはならないと思います。そもそもソラ、君に至っては風の大精霊様が直々に試練に挑んで良い、と許可を下さってるからね。流石にそんな手酷い結果にはならないよ」
「あ、そ、そうだよなぁ! あははは……」
「はぁ……驚かせないでくれ」
流石に肝が冷えた。そんな様子で笑うソラと少しだけ身を固くしていた瞬がため息と共に冷や汗を拭う。そんな所に、声が響いた。
『何人かはねー。聖域の場所を知って入ってこようとしちゃってね。まぁ、それは仕方がないんだけど、流石に誰でも彼でも契約なんてあげはしないよ』
「だ、大精霊様!」
唐突に響いたシルフィードの声に、トリンが慌てて跪く。
『うん。僕……で、試練の内容は教えられないけど、流石にあんな精神を壊す試練は僕らはしないよ。さっき言った通り、試練に挑む資格がないほどの馬鹿な人だけ。ルナは別だけど』
「ま、マジで?」
闇の試練に挑む予定はないので安心は安心だけど、どうやら本当に精神崩壊が起きる可能性があるというのは事実らしい。ソラはそれを聞いて盛大に頬を引き攣らせる。そんな彼に、シルフィードはまるで隠す事もなく頷いた。
『うん。ルナだけは真っ当に挑んでも手酷い試練になる事があるかな。実際、カイトもルクスも割ときっつい目に遭ったし……今更だけど、どっちのもやり過ぎだよ』
『……あれは仕方がなかった。あそこで諌めとかないと。後ルクスの結婚はある意味私のおかげ』
『まぁ、それはそうだったんだけどさ』
どうやら色々とあり、カイトは闇の試練で精神的なダメージを負ったらしい。とはいえ、この大精霊達の様子からカイトを心配しての事であったようだ。
カイト自身あの当時はな、と苦笑いしていたし、それを理解出来ている今では仕方がなかったと彼自身が受け入れていた。というわけで少しだけかつてのカイトの事を話す二人の大精霊だが、シルフィードはすぐに気を取り直した。
『ああ、ごめんごめん。とはいえそういうわけだからさ。そこまで警戒しないで良いよ。というわけで待ってるからねー』
「お、おぉ……」
どうやら来るように念押しされてしまったらしい。ソラは遠ざかる気配に生返事だ。
「ま、まぁ……なんとか大丈夫っぽい、か」
「だ、だと思うが……」
あの様子だと本当に来てほしいのだろう。ソラも瞬もシルフィードの声音からそれを理解し、おそらくカイトの事もあるのでそういった精神に手酷いダメージを与える事はしてこないと判断する。そうしてその後も暫くの間三人で色々と話をして、星矢の説得の準備を行うのだった。
さてそれから数日後。カイトが手配してくれたこと、事はそもそも総理大臣の子息というある意味では要人でもあるソラの事だ。特例的に連絡の時間が設けられていた。
というわけでまずは心配を掛けた謝罪と、その後それらを踏まえて今後の話を行っていたわけであるが、それに対する星矢の返答はあっさりとしたものであった。
『……そうか』
「……え? それだけ? なんかこう……ないの? メリット・デメリットとかの話とか、甘い考えだとか……」
『それが必要だと判断したのだろう。俺は素人だが、お前達は曲がりなりにも地球の時間で三年近く冒険者をしている専門家だ。素人の俺の頭で考える限りでも、その必要性は理解出来る。専門家なら殊更だろう。それに自分一人で話に来ず、トリンくんやら一条くんやらを連れてきた時点で本気度は理解出来る』
星矢の説得であるが、これについては意外なほどに呆気なく終わっていた。これについては実のところソラ自身が父の政治家としての才覚をまだまだ読み切れていない所であり、その力量に大きな差があると言うという所であった。
『だがそうか……将来的な話、か』
「はい。マクダウェル家を介して、現在日本国との間で国交樹立及び商取引などの確立に向けて動いていると伺っております。仲介役や取締役が必要になる事は明白。ユニオン側もそれは一致しており、その役割を担えるのはまずは僕らで間違いないかと」
『そうだな。すでに日本国としてもそれを想定し、それに向けた対策チームの設立で動いている。だが問題となるのはやはり、異世界という文化・風習などが一切異なる、正真正銘別世界の相手では思考が読めんという所だ。調整は難航する事が想定され、我々としても天桜への協力要請が第一案として出されていた』
全く交流がない所から始めねばならないのだ。トリンの言葉に星矢も全く同意見であると返す。というわけで責任ある立場になろうとする息子に、星矢は掛け値なしの称賛を送った。
『よく決断した。こちらも天桜……お前達との共同歩調を前提として支援体制を整える』
「お、おう……まぁ、色々とさ。金とか色々と考えないといけないんだな、ってこっちで組織やってると思うからな」
『そうか』
自分から褒められて恥ずかしげな息子に、星矢が微笑んだ。そうして息子の成長を喜ばしく思う彼だが、すぐに気を取り直した。
『一条くんもよく決断してくれた』
「いえ……自分の場合、おそらくご存知と思いますが……」
『クー・フーリン殿か。伺っている……聞いた時は驚いたものだが』
「あはは……ええ。コーチの弟子として赤枝の戦士団になるのなら、手柄の一つでも立てないと、と」
『そうか……そこらの機微は私にはわからんが、それはそれとしても改めて礼を言う。感謝する』
「いえ」
改めての星矢の礼に、瞬が一つ首を振る。彼にとっては単に自分のためを考えた結果が役に立つというだけの話なのだ。ソラ達のように組織や日本のため、というわけではなかったのだから礼を言われる方がむず痒かった。というわけで大凡の話が終わったところで、星矢は一つ問いかけた。
『……それでカイトくんは?』
「あいつは今、俺達の諸々の調整をしてくれてるよ。結局全体的にあいつが統率してくれてるから、こうやって話に来れたわけだし。何よりあいつに言われなけりゃ、親父に全部事後報告になってたよ」
『そうか』
相変わらずだな、彼は。星矢は全体的な根回しからおそらく貴族相手の大立ち回りまでやっているのだろうカイトを想像して笑う。とはいえ、だからこそとも一つ理解していた。
『これで終わりなら、最後に一つだけ言っておこう』
「なんだよ」
『90点……という所としておこう。お前の決断に対するご祝儀を含め、だが』
「はぁ? なんだよ、急に」
『カイトくんに関して何か隠しているな』
「「っ」」
やはり一国の総理大臣になるだけの事はある。ソラと瞬が揃って顔を顰める。なお、トリンは平然と受け流していた。まぁ、そうなる事がわかっていたので二人はトリンに同席を頼み、変にボロが出ないようにしていたのであった。
『彼についての言及が一切なかった。いや、これは語弊があるか。彼は総責任者となるというつもりだそうだし、私としても誰を推薦するかと問われれば桜田さんより彼だろう。だが彼が契約者云々という話がまるでない。俺が大精霊? とやらならまず彼に持ちかけるはずだ。この場に同席させなかったのはお前らなりの配慮だろうが……だからこそ俺には違和感に思えた』
「……まぁな」
『……隠し事が何かは聞くまい。だがご両親をあまり心配させないように、とだけ伝えておけ』
おそらく彼の性根から、一番たいへんな立場を請け負うつもりなのだろう。それが何を意味するかは素人の自分にはわからないが、少なくとも三人が気遣うぐらいには大変だと思ったようだ。というわけで一応のカイトへの苦言を最後に、星矢からの通信が途絶えた。
「……ふぅ。焦った……」
「うーん。ちょっと読み間違えたね。君のお父さんは思った以上に政治家としてやり手みたいだ」
「そ、そうか……」
おそらく自分が採点するなら80点という所かな。トリンは苦笑いながら内心でそう思う。そんな彼に瞬が問いかける。
「カイトの正体、バレたか?」
「それは大丈夫だったかと。流石に勇者カイトとカイトさんの繋がりは露呈していない。時代が違いますし、説明の際にもそこを匂わせないようにも注意を払いましたから……もし地球にも魔術があれば、多分ん気付かれたとは思いますけど。時間の流れやらが異なる事やら地球では未知数の部分が多いので……」
「そうか」
地球の特異性に助けられたという所か。瞬はトリンの言葉にそう理解する。そうして星矢の説得を終えて、三人は公爵邸の通信室を後にしてカイトの所へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




