第3733話 様々な力編 ――誘い――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏な日々へと戻るはずのカイトであったが、そんな彼の所に入ってきたのは暗黒大陸への遠征の経路にて幽霊船が見付かったという報告と、日本側からのソラの異変に関する問い合わせであった。
というわけで星矢の聞き取りによりソラの過去世が浅井長政だと遂に知ったカイトは、その因縁への決着と暴走しかねない過去世の抑制に手を貸すべくソラとの交戦に及んでいた。
そうして現代に蘇った小谷城攻めにより、遂に長政を封じ込めることに成功。ひとまず元通りコントロールを取り戻したソラと話をしていたのだが、その最中。果心居士と名乗っていた吉乃の正体に話が及んだその瞬間、それを察した吉乃が現れて自身がカイトを暗黒大陸にあるという<<死魔将>>達の研究所へと招くための餌と告白。彼女自身の願いもあり、久秀と共に再び研究所へと帰還していた。
「……てな塩梅で、吉乃ちゃんと一緒に戻ってきた。これで大殿はこっちに来るぞ」
「そうですか。ご足労、お掛け致します」
「だが良いのか? 殿が来るって事はここは確実に制圧されるぞ」
「そんなものわかっていますよ」
からからから。道化の面を被った男ことクラウンは久秀の問いかけに対して、楽しげに笑いながら答える。敵を招くというのだ。それも特記戦力として特筆する相手を、だ。この研究所が制圧される事は間違いなく、その目的を久秀も探っていたが計りかねていたのであった。
「ふーん……ま、良いけどよ。それでどうするんだ?」
「ああ、我々はさっさと逃げ出させて頂きますよ。貴方はお好きになさいませ」
「好きにしろってなぁ……一つ聞きたいんだが良いか?」
「どうぞ?」
「お前らは吉乃ちゃん然り、千代ちゃん然りで何かしらの指示を出しているよな? 俺にはないのか?」
久秀が予てより疑問だった事を口にする。これは柳生親子にせよそうなのだが、何かしらの指示を与えられ、その目的が達せられた後は放逐が<<死魔将>>達の方針だ。
その内どうにも吉乃と千代女はすでにその指示を理解し、そしてそれを受け入れる方向で進んでいるとは聞いていた。だが久秀にはそういった話が一切なかったのだ。
「無論ありますとも……ですがそれは貴方自身でご理解いただかねばならないのですよ」
「ほーん……そうか。ま、それなら今まで通り好きにさせて貰うぞ」
「ご随意に」
久秀の言葉にクラウンは笑いながら良しとする。そうして彼が去った後、クラウンは影へと声を投げかける。
「どうでした? 久方ぶりに旦那様とお会いされたお気持ちは」
「良いものでした」
影から現れるのは言うまでもなく吉乃だ。そんな彼女は少女のように嬉しそうに笑いながら、クラウンの問いかけに答える。
「では改めて契約は成立という事で良いですね?」
「無論です……我が身を大殿へ役立てられるのであれば、これほど嬉しい事はありません」
「恐ろしくないのですか? それは死と言っても良い」
「恐ろしい? まさか……きっと、私はあの方に恋が出来る。きっと、愛する事が出来る。きっと、愛される事が出来る。それが今から嬉しくて堪りません。ならばこの身が露と消える事のどこに恐ろしい事なぞありましょう」
クラウンの問いかけに、真っ直ぐと吉乃は答える。その目には真実恐怖はなく、その言葉はただ心待ちにしてさえしていた。そうして心底愛おしくて堪らない、と彼女は告げる。
「大殿はあれだけの力を持ち、ありとあらゆるものを手に入れられながら、ただ一人の女を失う事を恐れられるのです。ふふ……女としてこれ以上の栄誉はないでしょう」
世界を手にできる男に、自分を失う事を怖がらせられるのだ。吉乃はそれが嬉しくて堪らないと口にして、だからこそとはっきりと明言する。それにクラウンが目を細めた。
「そうですか……ならお願いしますね。貴方の行動は我々の目的にとって必要な事なのですから」
「左様ですか」
「はい……まだ何か?」
これで話は終わり。そう告げようとしたクラウンであるが、何か問いたげな吉乃の様子に首を傾げる。
「御身らは何をお考えなのですか? 確かに外道な事もされておいでです。ですが決してそれが貴方達の性根には到底思えぬのです」
「……お答え出来かねます。我らには我らの目的があるのです」
「左様ですか……敢えて外道な道を進む意味がある、と」
「……」
もはや問答の必要もないだろう。吉乃の言葉にクラウンは何も答えない。そして吉乃も答えてくれる事はないだろう、とは思っていた。そうして沈黙こそを答えとして、二人の会話は終わりを迎える事になるのだった。
さて吉乃達が会話を終えた丁度その頃。カイトは改めてソラと共にギルドホームに戻ると、腰を下ろして改めて話をしていた。
「まぁ、とりあえずこれで抑え込めるだろう。一度完全に目覚めて、その上でオレに全部バレてるからな。これ以上謀反を起こすほどじゃないだろう」
「かなぁ……」
「さぁな……お前にわからんかったらわからん。まぁ、とはいえ……力は借りたくないというのは借りたくないだろう。結局それを望んだ心も本当だからな」
「おう」
カイトの指摘にソラは一つはっきりと頷いた。だがそうなるとソラはやはり少し悩ましげだった。
「でもどうしたもんかなぁ……結局力は必要だし、もう少ししたら暗黒大陸行きだろ? 魔境の一つだってんだから何かしらの秘策は持っとかないとヤバいよなぁ……しかも吉乃さんとかの話が確かなら、<<死魔将>>の隠れ家もあるっぽいし」
「だな」
「どうしたもんかねぇ……」
やはり冒険者稼業だ。過去世の力は特筆される力で、しかもその特殊性から予見や予測が出来ない。なのでこれが使えないというのは冒険者にとって切り札を封ぜられたにも等しく、何か別の力を持っておく必要があった。とはいえ、それはカイトもわかっており少しの後、カイトがぽつりと問いかける。
「……ソラ。お前、今どの程度やれる? ああ、さっきの長政云々は別にして、だ。今のお前の全力だ」
「は? どんなもんって言われても……なんとも言えないんだけど」
「だわな……良し。ちょっともう一回ツラ貸せ」
「はぁ!? やだよ! 俺言っとくけど身体中ボロボロだぞ!?」
カイトの問いかけに、ソラは盛大に声を荒げる。それに、カイトも気が急いたと照れ臭そうに笑った。
「それもそうか……なら明日朝一番に訓練場来い」
「なんでだよ」
「気まぐれな風が吹いたんだよ。てかそうか。そうなりゃオレも各方面に調整せんといかんか」
「あん? なんの話だよ」
そうなればと立ち上がるカイトの言葉にソラが意味がわからないと顔を顰めて小首を傾げる。
「ちょっと色々とだ……お前にとっちゃまた、かもしれんが」
「だからなんの話なんだって」
「それは明日話す。いや、お前が行けると判断すりゃ明日話す。お前が力を手にできるかどうか、オレが見定めるって話だ」
「お、おぉ、そういうことか」
どうやらカイトは長政に代わる力を手に入れられる方策を立ててくれていたらしい。ソラはそういうことかと理解して、それならと深く腰掛けていた椅子から少しだけ上体を起こす。
「わかった。それなら明日の朝、もう一回だな。いや、もう一回ってのはわかんないんだけど」
「まぁな……まぁ、もしそうなら色々と厄介な話も出てくる。それも踏まえて各所にオレが調整をせにゃならん、って話」
「わかった。気合いれるよ」
「そうしろ……じゃ、オレは明日に向けて準備に入る。お前は今日は休んでおけ」
「おう」
カイトの言葉にソラは一つ頷く。そうしてソラはもう一度、今度は自分として改めてカイトと戦う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




