第3732話 様々な力編 ――再会――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏な日々へと戻るはずのカイトであったが、そんな彼の所に入ってきたのは暗黒大陸への遠征の経路にて幽霊船が見付かったという報告と、日本側からのソラの異変に関する問い合わせであった。
というわけで星矢の聞き取りによりソラの過去世が浅井長政だと遂に知ったカイトは、その因縁への決着と暴走しかねない過去世の抑制に手を貸すべくソラとの交戦に及んでいた。
そうして現代に蘇った小谷城攻めにより、遂に長政を封じ込めることに成功。ひとまず元通りコントロールを取り戻したソラと話をしていた。
「……はぁ……なんていうか、わかんないでもなかったのが余計に腹がたったんだよ」
「なにが?」
「なんだろうな……」
いつものように大剣を地面に突き立ててその腹に腰掛けるカイトの問いかけに、草原に寝っ転がりながらソラが何を話しているのだろうかという様子で少しだけ考える。
「……なんていうかお前に勝ちたいってのはわからないでもなかったんだよ。でもなんてか……それはやっちゃ駄目だろ、ってのがあった。なんだろな……わかるけど実際に行動を起こしたら駄目って話? そんなの」
「さよか」
「……お前、そういえばさ。レックスさんは覚えてるのか?」
「覚えてるよ、あいつのことなら」
かつての記憶を思い出し、カイトはソラの問いかけに苦笑する。そうしてそんな彼はソラの言わんとすることは理解出来たようだ。
「ま、わからないでもない……いや、わからんかな」
「んぁ?」
「あいつに勝ちたい、ってのはなかった。あいつとオレは違う。あいつに負けたくない、ならあったけどな。勝ちたいとかはなかった。何よりお互い持っている物が違う。それで勝つも何も無いからな……だからまぁ、あいつと戦って共倒れなら別に良いか、はあったかな。負けてないだけだからな」
あくまであいつは好敵手であり戦友であり、そして何より親友だったのだ。好敵手なればこそ負けたくはなかったが、それはあくまで負けたくないであって勝てなくても良かった。
「そっか……長政は信長の背中を見てたからなのかもなぁ……」
「背中か……それならオレはわかんないかもなぁ……」
先にも述べられているが、カイトにとって勝ちたいという感情は薄い。背中を追いかける事はあっても、それは勝ちたいと思うとは少し異なっていた。そんな彼に、ソラが問いかける。
「……お前にゃないの? そういう追い掛けてる相手とか」
「あるはあるよ。先生……ギルガメッシュ王とか」
「そういえばお前、よくギルガメッシュさんの事先生とか言ってるよな? あれなんで?」
「ああ、あの人の過去世。一番最初の過去世でオレとかレックスとかの先生だったんだよ」
「で、先生なのか?」
「まぁな……魂にとっての原風景だ。その頃の影響は非常に強いものなんだ」
「そうなのか?」
カイトの問いかけに、ソラは少しだけ驚いたように顔を上げる。これにカイトは笑った。
「ああ……そうだな。魂ってのはキャンバスだ。転生ってのは完成したばかりの絵画……人生を乾かして、新しい画布を上に乗っけて次の人生を描けるようにする準備って考えろ。で、わかると思うが……過去世をこうして力として取り出せる以上、完璧に過去世を覆い隠す事が出来るわけじゃない。だから、一番最初の人生ってのは今にも影響を与える。ずっと、延々とな」
「逃れられないってことか?」
「それは悪い言い方だな……ま、そうと言っても良い。だからオレにとって先生はずっと先生だ……それにオレにとってはその当時の義父でもある」
「そういうことか」
確かに親を超えたいと思う事はわかっても、それは長政の抱く信長に勝ちたいという感情とは異なるだろう。だから納得した彼であったが、更に彼は続けた。
「……お前はなかったのか? お前、いっつも言うけど最初から最強だったわけじゃないんだろ?」
「なかったんだよなぁ、これが。戦場で仲良くなった奴、大抵死んでったし。良い奴から順番に死んでくんだよなぁ、戦争は……まぁ、良い奴ってのは生き汚さってのがない奴ともいうんだけど」
「…………なんて言えば良いんだよ、それ!」
笑いながら言うなよ。カイトの反応にソラがかなり長い間絶句した後、声を荒げる。そうしてひとしきり笑った後、カイトは穏やかな様子で教えてくれた。
「あはは……ま、そうだからな。戦争を終わらせよう、と思った頃にゃティナの所で修行の日々。気付けば最強だ。最強になろうと思った結果でもなけりゃ、誰かを追い越したいと思った事もない。ああ、まぁ……色々とあってティナには勝とうとはしたがな。あの頃のあいつは本当に凄まじい強さだった。今もそうっちゃそうだけど」
「そ、そんななのか?」
「そりゃそうだろ。なにせ契約者四人纏めて相手して勝つんだぞ。そーら道化師共だってあいつは封じる。あいつが居たら自分達の敗戦は確定だ。そんな隔絶した強さだった」
「そ、そうだった……」
今は研究者としての性質が強い上にそちらこそが本職だったのですっかり忘れていたが、本来ティナこそが最強だったのだ。そしてその彼女に勝ったからこそ、結果として最強となっただけなのであった。
「だけどまぁ、あいつに勝つとかも結局あいつに負けたくないとかでもないし。何よりあいつ自身王様とか技術者……学者や研究者であって、戦士じゃない。単に戦士じゃない奴に負けっぱなしなのが腹立ったってだけの話だし」
「そ、それを言われると確かに……」
嘘ではない。嘘ではないが本当でもない。そんなカイトの言葉に、ソラも一介の研究者相手に戦士として負けている自分達は何なのだろうかと思わずにはいられなかったようだ。だからこそカイトの言葉には真実味があったし、本当ではないと気付かれなかったようだ。
「……まぁ、そんなわけでさ。オレは誰かに勝ちたいって感情は薄い。負けたくないってのもレックス一人だけだしな。それだって幼馴染で常に競い合っていたからってだけだし……今思えばガキの延長線ってだけか」
「あはは……あれ? 待った。お前さっきレックスさん、原初の頃に一緒って言わなかったか?」
「そ……あいつとオレとは原初の頃からずっと幼馴染やってる。何年ぶり何度目ってぐらいには幼馴染やってる。多分世界側としてもオレらは一緒にした方が共に高め合うから都合が良いんだろう。縁ってのは一度結ばれたら中々厄介でな。ルクスも……アルやルー達もそうだろ?」
「そうなのか……あ」
「わかったか?」
「そういうことか」
それでカイトは最初から絶対に自分の関係者だと理解していたのか。ソラは自分が浅井長政の転生である事を理解する前から妙にカイトが確信めいた様子で話すなと思っていた理由を今更理解する。
「そ。だからお前が誰かだろう、ってのはわかってた。会ったことのある誰かだろうとはな……そしてだからまぁ、覚悟もしてた。ショックはショックだったんだろうが、そこまでショックってわけでもなかった。心配してくれてありがとよ」
「……おう」
カイトの感謝に対して、ソラは少しだけ恥ずかしげにそっぽを向く。
「で、一個聞いて良いか?」
「……果心居士さんと千代女の事か?」
「ああ……会ってたそうだな」
「……何も言わないのか?」
やっぱり気付かれていたか。ソラはカイトに気付かれていない可能性はないだろうと考えていたようだ。そしてカイトも放置はしたが、一切の監視は抜いたわけではない。単に何があっても手出しはするな、それがたとえ敵との接触であっても、と言っていただけであった。
「別に。久秀の奴が一緒にいるぐらいだ。わからんのは巴と武蔵坊弁慶ぐらいだし、綱殿はオレの関わる話じゃない……だが前二人は名前からおそらく時代は異なるんだろう。なら確定で関わるのは果心居士と望月千代女の二人ぐらいだ。その二人の情報さえわかりゃそれで良いよ」
ソラの問いかけに、カイトは笑いながらあくまで泳がせて情報を集めさせていただけとうそぶいた。そうして、ソラは少し考えた末に口を開く。
「……千代女はすまん。こいつだけは教えられない。俺からだけは駄目だ」
「は?」
「あいつは駄目だ。俺が判断出来る事じゃない。すまん」
「……」
深々と土下座にも似た姿勢で頭を下げるソラに、カイトはわずかに顔を顰める。だがこうなればこそ、カイトには手出しが出来なかった。
「それは千代女のため、ってことか?」
「ああ……俺もお前も知ってる奴だ。だがだからこそ、あの人だけは正体を明かせない。俺にその権利はない。それは俺がやったら駄目な事だと思うんだ」
「……そうか。それなら果心居士もか?」
「あの人は……」
ひらり。言葉を詰まらせたソラの前へ、墨染めの蝶が舞い踊る。そうして二人が飛来した方角を見て、カイトが絶句した。
直接見ればすぐにわかった。たとえ姿形が異なり写真ではわからなかろうと、魂だけは偽れない。特に死神の神使として魂には一家言あるカイトならばこそ、殊更わかったのだ。
「……きつ……の?」
「はい、殿。お久しゅうございます」
がたがたがた。おそらくありとあらゆる魔物を前にしても怯えないだろう世界最強の存在が、眼の前にいるただ一人の女の存在に震え上がる。だがそれはその女が恐ろしいからでもなんでもなく、信じられないからこそであった。
「何故お主がここにおる!」
「全ては殿のためにございます」
「何を言うておる!?」
何を考えそこにいるのかがわからない。老獪な貴族達を、あくどい商人達を手玉に取り権謀術数渦巻く社交界を渡り歩く男が、その意図を理解出来ず困惑し声を荒げる。そうして、おそらくどこかに潜むだろう男の名を呼んだ。
「……久秀!」
「……はぁ。殿。俺は関係ないし、何より呆れてる側だぞ。夫婦喧嘩に呼んでくれるなよ」
「久秀?」
「おーう。小僧……長政って呼んだ方が良いか?」
「やめてくれ……」
楽しげにこちらに手を振る久秀に、ソラがため息を吐いて肩を落とす。そんな彼らであったが、カイトが久秀を睨みつけた事で終わりを迎える。
「あははは……はぁ。まぁ、そういうわけだ。暗黒大陸へ来い、だとよ」
「……なに?」
「吉乃ちゃんは餌だとよ。殿が何があっても暗黒大陸へ来いっていう」
「っ……」
「ふふ」
わずかに身を縮こませ盛大に顔を顰めるカイトの視線に、吉乃は心地よいように笑うだけだ。そうしてそんな彼女が穏やかな顔のまま告げた。
「殿。ご安心ください。私は第六天魔王の妻。覇王の、魔王の妻。我が身を汚すは御身を汚すも同然。我が身がもし汚されるのであれば姿なぞ見せず、自刃致しましょう」
「……そんな事は聞いておらん」
「ふふ」
どこか安心したように、それでいて拗ねたようにカイトがそっぽを向く。それに吉乃は楽しげに、少女のように笑うだけだ。それにカイトはこんな女だったと安心しもし、諦めも滲んでいた。
「殿……彼奴らの狙いはわかりません。ですが我が願いを叶えるには良いと判断して、彼奴らの下へ身を寄せております」
「お前の願い?」
「はい……殿の役に立ちとうございます」
「そんなものはいらん」
「ふふ」
ああ、そうだ。殿ならばそう言っただろう。言葉だけは突き放すような言葉だが、その裏には居てくれるだけで良いのだという確かな愛があった。だがだからこそ、吉乃は意思を固める。
「ああ、良かった。やはり殿は殿です……やはり我が願い、叶えるに値する」
「……どういうことだ?」
「全ては暗黒大陸にてお話致します」
「来い、と」
「はい」
カイトの問いかけに、吉乃は一つはっきりと頷いた。それはかつて自分が惚れた女の目であり、自身の言葉による翻意なぞ無理と悟らせるには十分な力があった。
「……わかった。どうせこの場のことなぞ奴らも知っているのだろう。一つ告げておけ」
「何なりと」
「吉乃の身を丁重に扱え、と。何か手違い一つでもあればオレは抑えぬ、と」
「御意」
「やれやれ……何時までもお熱いねぇ。じゃ、殿。俺もあっちで待ってるからよ。そこで合流しようや」
「……」
やはりカイトは久秀がずっと吉乃の存在を黙っていた事が気にならないらしい。久秀の言葉に何処か不貞腐れたようにそっぽを向くだけだ。そうしてそれで話は終わりとなり、久秀と吉乃の二人は暗黒大陸にある研究所へと戻っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




