第3731話 様々な力編 ――人と獣――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏な日々へと戻るはずのカイトであったが、そんな彼の所に入ってきたのは暗黒大陸への遠征の経路にて幽霊船が見付かったという報告と、日本側からのソラの異変に関する問い合わせであった。
というわけで星矢の聞き取りによりソラの過去世が浅井長政だと遂に知ったカイトは、その因縁への決着と暴走しかねない過去世の抑制に手を貸すべくソラとの交戦に及んでいた。
そうして現代に蘇った小谷城攻めの中で遂に長政と相まみえたカイトであったが、その問答の果て。長政が力を解き放ち、その姿を変貌させていた。
『おぉおおお!』
まるで狼が雄叫びを上げるように、長政が吼える。そうしてダンプカーもかくやという突進が繰り出され、途中に居る全てをなぎ倒して突き進む。
「っと……」
突進してくる巨大な人狼のような獣に、信長より主導権を完全に移譲されたカイトは跳躍により軽やかに回避。そのまま自身の真下を通り過ぎた長政の背に向け魔銃を抜き放ち連射する。
「ま、通用しないか」
現在の長政はソラの肉体だ。元来の障壁の強度は当然高く、更に過去世の長政が憑依しているのなら魔銃で放てる魔弾程度がなんの役にも立たないのは当然だった。というわけで背に当たるもその直前で掻き消えた魔弾に、彼は笑うだけだ。そうして背に放たれた魔弾をまるで意に介さず、振り向きざま長政はその巨大化した腕を振るって爪から斬撃を飛ばす。
「ふっ」
放たれた爪による斬撃に、カイトもまた刀による斬撃を合わせる。そうして相殺する二つの斬撃を隠れ蓑に、カイトはついで火縄銃に似た何かを顕現させる。だがその引き金を引き絞る瞬間、すでに長政が肉薄していた。
『おぉおおおお!』
「……」
吼える長政に対して、しかしカイトの顔には笑みが浮かんでいた。そうして長政の爪がカイトを切り払ったその瞬間、その姿が無数の蝶となって掻き消える。
『っ!?』
「夢幻の如くなり」
現代ではすでに失われた能の調べが響き、ぱんっ、ぱぱぱんっ、という何かが爆ぜる音が鳴り響く。
『っ』
火薬の匂い。獣としての感覚を拡大し、空気に乗る火薬の匂いに気付いた瞬間。長政の姿が消える。その速度は非常に速く、獣人達をも上回るだろう速度であった。そうして消えた長政は匂いを頼りに、風に乗るカイトの匂いを追跡。即座に彼の背後へと回り込む。
『おぉおおおおお!』
周囲に控えた鉄砲隊さえ一撃で斬り裂かんと長政が吼える。そうして放たれる斬撃はかつて存在した鉄砲隊を模した数十人の鉄砲隊を一息に飲み込んで、更にその彼らが立っていた大地を大きくえぐり取る。だがそんな攻撃さえ、カイトは悠々と跳躍で回避。長政の頭上を通過する瞬間に火縄銃の引き金を引く。
『っ』
ぱんっ、という音と共に放たれる小さな鉛玉はしかし、魔弾以上に何ら痛みも衝撃ももたらさない。単なる火縄銃を模して、魔力で編んだだけの代物。それに錬金術を用いて鉛玉を土から錬成。弾丸としただけの代物だった。
「畜生道に堕ちてそのザマか」
『っ……』
虚空を更に跳躍し、距離を取って着地。そうして放たれる言葉に、長政の顔が僅かに歪む。だがすぐにその顔は嘲笑に、自身への嘲笑に満ちた笑みが浮かぶ。
『その程度の男なのですよ、私は。かつて上総介殿であった者よ』
「なんだ。わかっちゃいたのか。信長はもうお前は見たくない、だそうだ。いくら畜生道に堕ちたとしても、その心ぐらいはわかるだろう? 畜生ならばこそ、人の心はわかるものだぞ」
『逃避ですか……所詮上総介殿も弱き人間でしたか』
「そりゃそうだろう。だからああやって頑張って人の道を糺そうとしてたんだろ? もうこんなものを見たくない、つってな」
『……』
わかっている。だからこそ自分も魅せられたのだ。長政はカイトの言葉に、同じ物を見たからこそ何も言い返せない。自嘲も嘲笑も後悔もなく、単なる沈黙。それが彼の答えであった。
「眩しすぎたか?」
『……そう、なのやもしれませんね』
人の道を進み、人の道を照らそうとするその姿は、戦国乱世という地獄にあっては眩しすぎたのかもしれない。特に自分のような人道から踏み外すような者にとっては。長政はカイトの問いかけに今更ながらそうだったのだろうと納得を得る。
そしてそれで苦しめれば良いのだろうが、事もあろうに自分は苦しむどころか安堵し、歓喜さえしてしまったのだ。だからこそ彼は嘲笑するように笑う。そうしてそんな指摘に改めて自らが人の道を踏み外したことを理解し、長政は地面を強く蹴ってカイトへと突進する。
『おぉおおおお!』
「ふっ!」
放たれる突進に対して、カイトは今度は避けずに真正面から素手でそれを受け止める。そうして獣の膂力を持って自身を押し潰そうとする長政に、彼は更に強大な魔力を纏って応戦する。
『っぅ!』
「はぁ!」
一瞬で崩れた均衡。そしてそれと共に崩れた姿勢。その瞬間にカイトは長政の右腕を両手で掴むと、小谷城に向けて投げ放つ。
「はっ!」
長政の激突により音を立てて崩れる小谷城の城壁に向けて、カイトは容赦なく手を向けて魔力の光条を放つ。そうして小谷城が跡形もなく消し飛んで、長政の姿が露わになる。
『お、おいカイト! 俺の身体なんだけど!?』
「わかってるって。心配するな」
大慌てなソラの言葉に、カイトは笑いながら大丈夫だと明言する。当たり前だが彼からしてみればどうでも良いこと――どうでも良くはないが同時に他人事なので――で悩むソラを手助けに来ただけだ。
その結果彼が行動不能になってはなんの意味もなかった。容赦はしていないが同時に加減はしていた。長政は少しボロボロになっているが、十分にすぐに治癒出来る範疇であった。
「あともうちょっとかな」
ボロボロになっているが、まだソラが御せるほどではないだろう。カイトは長政の様子を見て、そう判断する。そうして小谷城の残骸を蹴ってこちらに肉薄してくる長政に、カイトはすれ違いざまに剣戟を放って袈裟懸けに切り裂いた。
『っ』
「生憎お前の肉体じゃないんでな。斬り裂きはせんよ」
確かに斬られた。そう思ったのに血しぶき一つ上がらない自らの身に驚きを浮かべた長政に対して、すれ違い背中合わせになっていたカイトが告げる。そうして驚愕していた長政の脇腹に向け、カイトは振り向きざまに肘鉄を叩き込んだ。
「はっ!」
『ぐっ!』
『ちょ、ちょっとカイトさん!?』
「だからわかってるって」
『そういうこっちゃねーよ!』
楽しげなカイトの返答に、ソラが声を荒げる。その一方で脇腹を抉るような一撃に目を白黒させた長政が、苦し紛れにカイトへと爪を振るう。
『ぐぅ!』
「はっ……ソラ。大体感覚はわかった。次の一撃で長政の意識を奪う。その瞬間に強引に押し込めろ」
『え、あ、おう……え、お前もしかして』
「さてな」
もしかして先ほどまでの攻撃はどの程度やれば長政を封ぜられる程度まで弱らせられるか見極めていたのか。そんなソラの問いかけに、長政の爪を刀で防ぐカイトは笑いながら嘯くだけだ。
「長政……最後に信長からの言葉だ」
『っ』
「畜生に堕ちたと言うが、その割には随分と苦しんでおるのう。そも、畜生共とて恩を忘れぬ。恩知らずが畜生なぞというのは些かおかしな話ではないか?」
『……』
畜生に堕ちた。そう何度も述べる長政だが、信長はそれが単に長政がそう思いたいだけの願望だと理解していた。そうしてその姿が自らの願望に過ぎないことを看破されていることを理解し一瞬停滞した瞬間、カイトの手が長政の腹に触れる。
「……はっ!」
ばちっ。強烈な雷が迸り、長政の背から雷が伸びる。そうしてその瞬間ソラが内側から身体のコントロールを取り戻して、彼の姿が元の姿に戻るのだった。
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