第3730話 様々な力編 ――人に非ず――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏な日々へと戻るはずのカイトであったが、そんな彼の所に入ってきたのは暗黒大陸への遠征の経路にて幽霊船が見付かったという報告と、日本側からのソラの異変に関する問い合わせであった。
というわけで星矢の聞き取りによりソラの過去世が浅井長政だと遂に知ったカイトは、その因縁への決着と暴走しかねない過去世の抑制に手を貸すべくソラとの交戦に及んでいた。そうして現代に蘇った小谷城攻めの中で遂に長政と相まみえたカイトであったが、その問答の果て。長政が力を解き放ち、その姿を変貌させていた。
『……』
そうなるのだろう。ソラは変貌を遂げていく自身を他人事のように見ながらそう考える。確かにソラは長政を認めず、その力だけを手に入れようとしていた。だが力だけでも手に入れようとしている時点で明確に拒絶はしていない。それは長政当人の奥深くを理解出来ればこそ、だった。
『……結局、お前は自分で恥じてたんだよ。信長を裏切ったことをさ。それでも正面向いて歩いていくために、お前は人ではないと思うことにしたんだよ』
変貌していく中で、ソラはぽつりと呟いた。そうしてそんな言葉と共に現れたのは、獣の如き獰猛さを纏った人狼であった。もはやその姿には鎧兜もなく、陣羽織などの羽織るものさえない。単なる一匹の獰猛な獣だった。
「……」
『言ったでしょう。我は人ではないのだと。どうして人だと思ったのですか。妻の心に背き、家臣達の信に背き、今また人の道に背く。それがどうして人であろうものですか』
「……」
その沈黙をどう捉えたのだろうか。ただ沈黙するカイトに対して、一人嘲笑うかのように長政は語る。もはや人語さえ失っていたその姿に、カイトはどこか呆れたように首を振った。
「で、あるか」
ただ自分を裏切った。それがお前をこうも追い詰めたのか。カイトが抱くのは裏切られた怒りでも共に歩んだ家臣達を殺された憎しみでもなく、ただただ自分に憧れた結果全てを失った男への深い憐憫だった。
「もはや、何を言うても無駄なのじゃろうな」
『だから最初からそう言っているではないですか。貴方が頼んだ男は単なる狼が如き』
「……もう良い、喋るな。戦う気が失せる」
『……』
さんっ。会話を遮るかのように放たれた斬撃に、長政が一瞬だけ呆ける。何をされたか理解出来なかった。圧倒的な差。それが如実に現れていた。だがこれに、長政は笑う。
『……それで良いのです。では始めましょう』
ずんっ。巨大化した肉体が地面を踏みしめ、地面が砕けんほどの力で長政が地面を蹴る。そうしてダンプカーもかくやというほどの勢いで、長政がカイトへと肉薄する。
「……」
武器さえ捨てたか。振るわれる拳と爪に、カイトはそれを緩やかに回避する。ただ力だけの乱雑な攻撃。人としての技はなく、獣としての獰猛さしかなかった。その力強さと速度を別にすれば、戦国乱世の戦場を駆け抜けた者たちであれば誰でも回避出来る程度のものだった。というわけで攻撃を回避したカイトへと、赤母衣衆の一人が声を掛けた。
「殿」
「よい。儂がケリを付けよう」
「……は」
怒りもあった。悲しみもあった。かつての織田勢を再現されていればこそ、そして日本の黄泉の国から直接過去世の記憶を読み取ればこそ、赤母衣衆の者たちも黒母衣衆の者たちも揃って長政を見知り、そして今の姿にはもはや怒りもなにもなかった。
そうしてただお互いにかつての戦いの再演を演ずる舞台装置に徹することにした織田勢と浅井勢の両者を横目に、カイトは意を決して獣と化した長政へと相対する。
『……カイトよ。止めてやってくれ。もう見ていて痛々しい』
「……あいよ」
もうこれ以上は信長としては戦いたくないらしい。いや、これ以上自分が出続けてはより一層長政を追い詰めることになると考えたのだろう。そうして彼は身体の主導権を完全にカイトに委ね、自身は戦いの結末を見守ることに徹することにしたようだ。
『……ソラ。聞こえてるな?』
『カイト? お前、俺が無事ってわかってたのか?』
『そりゃな。それにここまで近距離になったら流石に乗っ取られていようと声は聞こえるさ。もちろん長政当人には聞こえないようにも出来る。というかそうせんと話せんしな。ここは腕の差だ』
驚いた様子のソラに、カイトは少しだけ笑う。まぁ、乗っ取られただけでソラそのものは消えたわけでもなければ、奥底に封じられたわけでもない。というより流石にそこまでの芸当は時代柄などもあり長政では出来なかったのだ。というわけで自分の意思に反して振るわれる爪を回避するカイトに、ソラはいつものように頬を引き攣らせる。
『そ、そうだったのか……てかマジか。長政聞こえてないのか』
『そ……ってわけで、お前のさっきのボヤキも聞こえてたからな』
『マジ!?』
ぎゃあ。そんな様子でソラが目を見開く様子を見せる。これに、カイトは笑った。
『あはは……オレが長政を抑え込む。お前は抑え込んだ所で更に上から封をしろ』
『封を、ったって……どうすりゃ良いんだよ』
『心を強く持って、自分と長政は別人だと強く思え』
『もうやってるよ』
ソラは千代女から与えられた書物にそう記されていたことを思い出し、すでに実施済みであるとカイトへと答える。だがこれに、カイトはまた笑うだけだ。
『そりゃそうだろう。今はやった所で無駄だ。お前、たかだか十数歳の小僧が自分の倍を、それも戦国乱世の世を生きた男に勝てるつもりか?』
『……』
そう言われると確かに勝てるかどうかは微妙だ。ソラは肉体的には勝てても、精神面で勝つことが出来るかどうかはわからないとカイトの言葉に納得するしかなかった。というわけで返す言葉のない彼を、カイトは笑って認めた。
『無理だろ。結局精神は生きてきた長さに依存してくる。もちろん、全員が全員そうじゃないだろうがな……ああ、ここでの精神は魔力とは別。精神力とかそういうモンだな。謂わば出力に関わる部分、とでも言うべきかな。そんな所がお前ら平和な時代を生きた奴とは違う……まぁ、それでも。このエネフィアに来たことで戦いを知ったから、お前らも負けてはいないんだろうが……』
だがそれでも生まれてから死ぬまで、それも自分の倍の長さを戦国乱世を生きた者とは比べられないだろう。所詮ソラはエネフィアに来て一年も経過していない。根っこの部分までまだ戦いに順応しているわけではないのだ。勝てなくても当然だった。
『まぁ、それでも意思の力であることに違いはない。オレが長政の魔力と意思を減衰させる。減衰させた後はお前の仕事だ……ああ、信長なら気にするな。最初沈んではいたが、今はもう憐憫しかない』
『……そか』
自分が人ではないと思うことしか出来なくなっている長政に、ソラもまた同じように憐憫を浮かべる。怒りもある。だが同時に、憐憫もあった。というわけでソラに後は任せることにして、カイトは長政と対峙することにするのだった。
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