第3729話 様々な力編 ――決裂――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏な日々へと戻るはずのカイトであったが、そんな彼の所に入ってきたのは暗黒大陸への遠征の経路にて幽霊船が見付かったという報告と、日本側からのソラの異変に関する問い合わせであった。
というわけでソラの父である星矢の要請を受けてソラの過去世の因縁に決着をつけるべく町の外へとソラと共にやってきたわけだが、カイトはそこで意図的に浅井長政にソラの身体のコントロールを乗っ取らせていた。そうして乗っ取られたソラが戦場に繰り出してくると、カイトもまた戦場に乗り出していた。
「はぁ!」
「っ」
「まだまだ!」
きぃんという澄んだ音が鳴り響き、刀と刀がぶつかり合う。が、そうして衝突した直後、カイトの横に居た一人の武者が、槍を突き出す。しかしこれに、長政の横に居た武者が応ずる。
「させんっ!」
「ふっ!」
見知った相手だ。カイトの横に居並ぶ武者達は揃って笑う。当然だ。共に引き連れているのは側近と言える者たち。かつて招かれた席でお互いに顔を合わせ、戦場でまた相争った。忘れたはずがない。そうして刃が交わり槍が行き交う中で、カイトが問いかける。
「のう、新九郎殿」
「……」
「何故裏切った」
ああ、そうだ。この人はこんな目をするだろう。カイトの問いかけに、長政はそう思う。笑いながらも悲しげな目だ。
それはそうだ。裏切ったのは自分。妹の夫だ。良人と認めてくれていたはずだ。それを、全く予期せぬ時。予期せぬ状況で裏切ったのだ。恨まれこそすれ、泣かれる方が筋違いだ。そしてだからこそ、彼は迷いなく答えた。
「貴方が尊き者であったからこそ」
「っ」
きんっ。刀と刀が交わって、両者の距離が離れる。そうして離れて、長政は続ける。
「貴方には夢を見させて頂いた。天下泰平の世という夢を。貴方の背を見ながら駆け抜けた……良き夢でした。誰もが貴方の夢に魅せられた」
「……」
ああ、やはりか。自身の言葉に悲しげな顔をするカイトに、長政は申し訳無ささえ抱く。いや、申し訳ないとは最初から思っている。だがだからこそ、そんな彼だからこそ自分は裏切ったのだ。そう思った。
「私自身が私自身の夢を……貴方に勝ちたい、勝ってみたいと思わせるぐらいには良き夢でした」
「……ならば何故儂を裏切った」
「言ったでしょう? 貴方が尊き者なればこそ……夢であればこそ、挑まざるを得なかったのですよ。結局、貴方は人の業に、人の欲に敗れたとは嘆かわしいばかりですが」
「十兵衛と猿か」
「ええ……十兵衛殿は酷く後悔されておいででしょう。ですが羽柴殿は後悔されてはいらっしゃいますまい。彼もまた貴方とは別の夢を見ていらっしゃった」
「……」
秀吉について言及され、カイトは穏やかながらわずかに苦笑する。秀吉は自分と同じ夢を見ながらも、別の夢を見ていたことはわかっていた。だがそれがわかっていたからこそ、自身は気に入ったのだ。
「露と落ち露と消えにしわが身かな……なにはのことも夢のまた夢。良き句よ。まさに奴らしい。奴は最後まで夢を見続けたのであろうな。浅ましき、飽くなき欲望の夢を。儂の夢の更に先に、儂の夢を踏み台にした先にあった浅ましき夢を。じゃが十兵衛は……」
「……」
だからこそ殺せてしまったのだろう。長政は光秀が抱いてしまっただろう深い絶望を理解すればこそ、羨望と共に僅かな痛ましさを滲ませる。絶対に裏切らないはずの相手。それを裏切ったのだ。
その絶望は、察するに余りあった。だがそんな深い絶望に瀕しただろう相手に一度だけ思い馳せて、カイトは首を振る。
「まぁ、良い。あれは儂の不明であっただけのことよ。あれの苦しみも理解し、されど解きほぐすことの出来なんだ我が身を恨めど彼奴を恨む道理はあるまい。蘭丸の奴は……まぁ、恨んでおるかもしれんがのう。いや、恨みはせんか。あれもどこか諦観しておったからのう」
「左様で……ですが私は後悔もしておりません。今こうして貴方を殺そうとしていることが私の全て。わかってしまったのですよ。あのような地獄で正気を保つことこそが狂気の沙汰だと」
「……で、あるか」
おそらく何度問答をしたところで、自分の言葉は長政には届かないのだろう。なにせ彼が目指しているのは自分を超えることだ。ならば自分と同じ所に立って、自分と同じ所へ向かってくれと頼んだ所で聞いてくれるはずがない。
「……」
ああ、そうだ。こんな人だ。どうにもならない現実に嘆き、どうにもならない世を嘆き、それでも一歩一歩変革していこうと苦しんでいく。正しく英雄だろう。長政はそう思い、自らの身を嗤う。
そんな夢へと歩いていく者たちを裏切ったのだ。少しでも人の心があるのなら、恥を知っているのなら、恥ずかしくて顔なぞ合わせられるはずがなかった。
『……やんのか』
「……ああ」
ソラの声に、長政が応ずる。同じ自分だからこそだろう。ソラは長政の想いが理解出来てしまえばこそ、ここから先だけは止めてはならないのだろうと思ったようだ。
「貴方は私を見誤った。私は人ではないのですよ」
嗤うように、嘲笑うように。長政が告げる。元より人道に背くことなぞわかった上で裏切ったのだ。ならば、こうなるのは必然だと思う。そうしてカイトの目が見開かれ、長政の姿がさらなる変貌を遂げるのだった。
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