第3723話 様々な力編 ――悩み――
殺し屋ギルドとの交戦から数日。再び平穏に戻ったカイトであったが、そんな彼の元へと今回の一件の情報共有と共に、最大の出資者への今度行われる暗黒大陸への遠征の進捗報告を行うべくバルフレアが訪れる。そんな彼から報告された現状を聞き終え、一段落していた両者に入ってきたのは暗黒大陸へ向かう航路の近辺での幽霊船発生の報告と、日本側からのソラの異変に関する状況確認の連絡であった。
というわけでソラの異変に対して彼の父にして総理大臣である星矢へと状況を共有していたカイトであるが、そんな彼へ状況を聞いた星矢から協力を要請されることになる。そうして数日後。色々と準備に奔走していたカイトと星矢であったが、丁度ソラが依頼から戻ってきたこともあり話を聞くことになっていた。
「で、何だよ。急に連絡なんて」
『話はおおよそ聞いた。前世? というもののことで悩んでいるそうだな』
「は?」
急に日本の父から話がある、ということで呼び出されたのだ。ソラは最初訝しげだったが、単刀直入に出された言葉に目が点になる。
『前世のことで悩んでいるのだろう。前世というものは私にはわからんが……お前の様子がおかしいことは理解していた。こちらでスカサハさんやギルガメッシュさんにも話を聞いて、そういうことがあるとは教わっている』
「え、あ、いや……まぁ、あるけど。なんで?」
『はぁ……いつもなら楽しげにトリンくんやカイトくんのことなどを語るお前が急に活動について聞かれればはぐらかして、北回りの遠征やらの仕事の話ばかりだ。わからんと思うか?』
「……」
呆れ顔の父の問いかけに、ソラは思わず押し黙る。思う以上に自分を見ていてくれていたことに少し感動もしていたし、同時に心配を掛けてしまったと反省している様子もあった。というわけで押し黙った彼に、星矢が問いかける。
『誰から聞いたか、というのはおおよそ言われなくてもわかっているのだろうし隠す必要もないと言っていたので明かすが。カイトくんもすでに気付いていた。いや、聞けばハイゼンベルグ公らも気付いてそれとなくフォローをしてくださっていたそうだ。あくまで私人として、若人のフォローということで何ら気にしないようにわざわざ念押しを下さった』
「……はぁ……だよなぁ」
カイトが気付いていたというのだ。ならば当然彼のことなのだから、各方面に根回ししてフォローをしてくれるように頼んでいたことだろう。ソラはおそらく十中八九掴まれているだろうとは想像していたし、自分がやっている程度の隠蔽工作なぞ無意味だと考えていた。というわけで、自嘲気味にソラが父へと問いかける。
「どこまであいつ、気付いてたんだ?」
『おそらく自分の敵対者の一人だったんだろう、と。それも松永久秀のように、ではなく殺し合いを演じた敵だろう、と』
「久秀さんのこと、聞いてるのか?」
『聞きはした。驚きしかないが……だが、実際歴史の一説には実際には松永久秀は三好長慶の頃には謀反などをしていなかったり、と忠義心を持ち合わせていた可能性は指摘されている。それ以外にも浅井の裏切りを受け遁走する信長を救ってみせたり、と明らかに討ち取れたタイミングにも関わらず裏切っていないことなどもある。時代柄なども鑑みれば、最善策を打った可能性は十分にあり得るだろう』
ソラの問いかけに、星矢は久秀のことを聞き及んでいることを語る。そうして自分の過去世と久秀の違いを語られ、ソラは暫くして一つ頷いた。
「……ああ。敵だった……それも誰もが知っている」
『……明智光秀か?』
「違う」
『ならば武田信玄や上杉謙信か?』
「違うよ……もっと織田信長に近い人だ。多分、一番王手を掛けた奴の一人」
『っ!?』
苦笑混じりに出されたヒントに、星矢が思わず目を見開いて言葉を失う。そうして彼もそれはいくらなんでも、と思いながら答えを口にする。
『浅井長政……か』
「そう……ははっ……笑えるよ。しかもまだこれで親父に押し切られて仕方なく、とかなら良かったんだけどさ」
ぎりっ。ソラは星矢の言葉を受けて、誰にも明かせなかった胸の内を明らかにする。
「あいつは心の何処かで裏切れたことを喜んでやがった。織田信長の語った夢に憧れながら、市の笑顔に惚れながら、あいつは……」
『……』
歴史上、浅井長政というか浅井家が裏切った理由は誰も知らない。史家達の間でも織田信長を恐れたのだ、朝倉家への義理立てだ、と言われているが、その結論は出ていない。明智光秀の謀反と並んで、戦国最大の謎の一つだった。
『何故裏切ったんだ?』
「……最初は裏切るつもりなんてなかったよ、あいつも。ただ織田信長を気に入らない父親が朝倉家への救援名目で挙兵しちまって、どうしたものかと悩んだ。そこまでは良かった。父への義理と妻への愛情。その板挟みだ。だがそんな時、心に浮かんだんだ。あの男と殺し合ってみたい、ってな」
おそらく最初は憧憬にも似た、羨望にも似た感情だったのだろう。後にソラはそう述懐する。そうして、そんな彼が怒りと共に吐き捨てる。
「本当に出来た奥さんだったよ。自分が兄を殺したい、って頭を下げても恨み言一つ言わずにさ。部下たちだってそうだ。織田信長には勝てない。部下の誰もが口を揃え、父を切って義理の弟として許しを乞うべきだと諫言してくれた。子ども達のためにも、妻のためにも……浅井家のためにも。よしんば父に付かねば、どちらかが負けてもお家は残るってな」
『……』
歴史的に当時の状況を見ればおそらく勝ち目がないわけではなかったが、だが当時の者たちの目には別に映ったのだろう。もしかしたら当時の者たちにしかわからない、何かしらの肌感覚があったのかもしれない。星矢は自分もそう思うと思いながら、ソラの怒りをただ聞くに徹する。
「なのに、自分があの男と戦いたいってだけで全部捨てて従ってくれた……そんなあいつが許せなかった」
『……そうか』
ソラの語る言葉を聞いて、星矢はその言葉に何処か羨望さえ滲んでいることを理解する。だがだからこそ許せなくもあったのだろう、とも。そうしてそんな彼に、ソラが吐露する。
「どうすりゃ良いのかわかんないんだ。力は欲しい。だけどこの力に手を伸ばせば、多分俺はいつかカイトを裏切りかねない……それも自分が予期しないタイミングで裏切っちまいかねない」
『過去世の力を使うと、自分と過去世の境がなくなっていくという話か?』
「そう……それをもし抑えきれなくなったら……最悪のタイミングでそれが起きたら……いや、起こされたらどうしようもない。桜ちゃんに、瑞希ちゃんに……ギルドのみんなに申し訳が立たない」
カイト以上に、彼と共にあることを、彼と共に進むことを望む者たちに申し訳が立たない。ソラは星矢に深く椅子に腰掛けながらそう口にする。
「どうすりゃ良いんだろうな……あはは。悪い。親父も流石に経験ないよな」
『……いや……いや、すまん。流石にどう答えれば良いか答えに窮する』
「あはは……いや、良いよ。ありがとう。お陰で楽になったから。こんなこと先輩とかにも話せなかったからさぁ」
『そうか……そういえば瞬くんは過去世に目覚めているということだったな? 彼はなんだ? まさか彼が豊臣秀吉とかか?』
「ああ、いや。先輩は島津豊久だって」
『……そ、それはまた彼らしいのかもしれんな……』
どうやら感情を吐露したことでソラも少しは楽になったらしい。少し楽になった様子で、星矢の問いかけに答える。そうして、その後は少しの間親子で他愛もない話を行ってその日は終わりとなるのだった。
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