第3719話 殺し屋ギルド編 ――一時の平穏――
冒険者ユニオンのシステム改修に合わせて行われた殺し屋ギルドへの攻撃。それは最高幹部の一人の捕縛という大金星を上げることに成功するものの、同じく最高幹部の中でも最高位に位置するザ・ワンの魔法により殺害。情報としてはザ・ワンが魔法使いであり、そしてサイファーと呼ばれる神をトップとしているという組織についての情報が掴めただけという所で終わっていた。
とはいえ、殺し屋ギルドにとってもダメージがあったことには違いなく、冒険者ユニオンは一件から数日後。全世界的に殺し屋ギルドの拠点の一つを制圧したこと。そこを収めていた『町長』の捕縛を発表する。
「……」
ユニオンの発行する会報を見ながら、カイトは少しだけ険しい顔だ。流石にセクスの殺害については公表を控えるしかなかった。そもそも死んだなら何故死んだ、となるし殺し屋ギルドが殺したのであればそこらの状況の仔細の発表をどうするか、など考える点が多すぎる。
更にザ・ワンが魔法使いであることなどが明らかになると、逆に殺し屋ギルドに依頼する者が出てきてしまう可能性まであった。魔法とはそれほどまでに強い力なのだ。安易な公表は控えるべき、と判断されたのであった。
「はぁ……」
ザ・ワンとは。サイファーとは。何者なのだろうか。カイトは深く執務室の椅子に腰掛け、ため息を吐く。と、そんな風にユニオンの会報を読んでいた彼であるが、一つ天を見上げる。
「死を司る者に仕える者、ね。勇者カイトではなく」
基本的にカイトは勇者カイトの名が大きい。だがそこを外して、意図的に死神の神使と呼んだのだ。つまり、それはザ・ワンもまた死に関連する所以を持っているということであった。そうして天に浮かぶ二つの月を見る彼は、自らの神が自らの上に舞い降りるのを見る。
「月は見えるが……もう一つの月が見えないんだけど?」
「神と出会ったようね」
「いや、神の神使と話しただけだ」
「同じよ。神と神使は一つ。神使は神の横に侍り、神は神使の背を見守る。神使の言葉は神の言葉。神使の心は神の心……どこかの誰かとは違って」
「おや。オレは常に女神様といっしょに居るつもりだったんですが?」
「ふふ」
カイトの言葉にシャルロットは大人の女性のように妖艶でいて、それでいて少女のように無垢な顔で笑う。そんな彼女がカイトに覆いかぶさるように唇に口づけし、彼女の姿が白銀の光に包まれる。
そうしてシャルロットの姿がいつもの月を纏ったような白銀から、死を思わせる禍々しい真紅に変貌した。彼女は月の女神。だがエネフィアの月は二つ。美を司る月の女神としての姿と、死を司る死神の姿の二つがあったのだ。
「死神か……懐かしいな。オレが初めてみた神様だ」
「ふふ……今日も元気に動いてるわね」
とくんとくんとくん。腰に跨るようにカイトへとしなだれその胸に耳を当てて、その奥底で脈動する心臓の音をシャルロットは心地よさそうに確認する。そうして少しの沈黙が流れた後、シャルロットが口を開いた。
「……死神ね。その匂いを感じる。でも……浮気ではないわね。私と正反対の匂い」
「やはりか」
サイファーはおそらく死神だろう。カイトはシャルロットから言われるまでもなく、そう理解していた。ザ・ワンが自身に目を掛けていた理由は、カイトが死神の神使だと察したからだろう。ではそれがどうして目を掛ける理由になったかを考えると、答えは一つしかなかった。
「誰だと思う?」
「その様子だと何人……いえ、何柱か候補は浮かんでいるみたいね」
「ああ……死神と言えばどの神話でも最強格の神格を有している。ザ・ワンが魔法使いだったとしても不思議はない。だが、太陽が関わるとなると話は異なる」
太陽は生命の象徴。それ故にルナリア文明に伝わる神話では太陽神は生命を司り、その対極として月の女神は死を司る。だが、同時に。それはあくまで太陽が死をもたらさない場所だからこそ生じた権能だ。太陽が死をもたらす存在であることもまた、あった。
「ウルカに伝わるウルカ神話。双子大陸の砂漠地帯一帯の神話。オレが知るだけでこの二つ。マギーアにも太陽神が死神である神話があると聞いている。その三つだな」
「多いわね」
「多いな……はぁ。まぁ、神話と一言に言っても数多神話がある。元々ルナリア文明、マルス王国、その系譜を継ぐエンテシア皇国やその近隣諸国が同じ神話を有しているというだけで、この大陸だけで見ても幾つも神話はある。太陽神が死神、というのも調べりゃ山程あるだろうさ」
ルナリア文明はある意味理想的にこのエネシア大陸を統一したわけだが、だからこそ各地にあった神話は統一せずそのまま文化文明の一つとして滅ぼしはしなかった。
そしてその後代となるマルス帝国は無理な侵略が祟り、大陸の西部の制圧は半ばで終わった。故に当時のウルカ王国にあった神話などは侵略されてもほぼそのまま残っており、神々もまだ生きていた。
もちろん、殺し屋ギルドが世界的な組織であることを考えると、エネフィア全体の神話まで考えねばならないだろう。候補が多すぎたことにカイトは呆れ顔だった。
「ザ・ワンが使った魔法は太陽の力の増幅……それが何かを意味するのであれば、サイファーとは太陽神だということなのだろうな」
「下僕。太陽神で今眠っている所は?」
「ウルカ以外は知らんのよね、流石に。一応あそこの太陽神は月の女神により封ぜられているということだが……話を聞きに行くことは出来るだろうが、現状だと封印を確認するのはなぁ……」
「どうやって行くか、という所かしら?」
「それなんよ」
何度か言及されているが、現在ウルカの大砂漠は盗賊達が占拠している。しかも場所柄危険でもあり、そこにあるという太陽神の封印も確認することは難しかった。というわけでシャルロットを抱き寄せ、カイトはため息混じりに椅子に深く腰掛ける。
「はぁ……どうしたものか」
「厄介よ、神様との戦いは」
「だろうな……落とし所があるかどうか」
殺し屋ギルドは殺しを是としている。あくまで生と死。死は命の循環の中にある終着点の一つにして、生誕という始点に至る過程に過ぎないとしている自分達とは思想が相容れないものであった。
そしてそうなってくると、落とし所を探るのは非常に厄介と言わざるを得なかった。そうして苦い顔で深く椅子に腰掛けた彼だが、考えることは一つではなかった。
「邪神エンデ・ニル、暗黒大陸への遠征、<<死魔将>>、星神……厄介な所は多いな。ああ、それにソラの件もあるか」
ギルドの会報には一面殺し屋ギルドの拠点の制圧と島の制圧が記載されていたが、当然だがそれだけで終わっているわけではない。今度の遠征に関する進捗など、重要なことが幾つも記載されていた。
「そういえば大将軍達は?」
「連中も連中で暗躍してるみたいだ……いや、暗躍は変な言い方か。派手に暴れてる」
あくまでカイトに対する牽制が久秀達だけで、大将軍達も各所で暗躍しているらしい。まぁ、彼らの戦闘力は折り紙付きではあるが、戦闘力が高いだけと言っても良い。そしてその戦闘力もカイトと戦って勝てるわけでもない。
なのでカイトが介入出来ないように道化師も差配しているようだった。派手に暴れ、時々<<無冠の部隊>>の面々と交戦しているらしかった。
「……まぁ、とりあえず邪神対策は動かにゃならんか。シャル」
「ええ……そろそろ本格的に動かせるようにしているわ」
「よし……こっちもそろそろ本格的に軍を動かせるように準備するか」
色々と考えることはあるが、一つ一つ潰していくだけだ。カイトはシャルロットの返答に一つ気合を入れ直すと、再び各所への調整に奔走することにするのだった。
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