第3718話 殺し屋ギルド編 ――終結と始まり――
各国の暗部に蔓延り、各所で暗躍を重ねていた殺し屋ギルドという闇ギルド。それに対して昔から何度となく暗闘を繰り広げていたカイトであるが、そんな彼は自身を狙う暗殺者を捕縛した事。それに端を発する冒険者ユニオンの大改修を利用して、殺し屋ギルドへの一大攻撃を計画する。
そうしてラグナ連邦僻地のドゥリムという地にあった殺し屋ギルドの拠点を壊滅させると、冒険者達はそのまま増援部隊が来たルートを逆探知して他の殺し屋ギルドの拠点を襲撃。カイトはエネシア大陸から遠く離れ、ラエリアのあるアニエス大陸とエネシア大陸の間にある大洋のど真ん中にある隠された島の攻略に乗り出していたのだが、その最中。殺し屋ギルド最高幹部の一角であるセクスなる人物が島を訪れていることを掴み、彼は急遽その追撃に乗り出していた。
というわけでセクスが乗って逃げようとしていた潜水艇を拿捕することに成功したカイトは、自身を追ってやってきた冒険者ユニオンの幹部達と合流。その尋問に同席していた。しかしその最中。唐突に現れた光条により、セクスは貫かれて死んでいた。そんな光景を、人工衛星を介して見ていたティナがカイトへと問いかける。
『カイト。何が起きた』
「……魔法だ。どうやら敵さん、魔法使いまで擁していたようだな」
壮絶な表情で死んでいるセクスの死体をどこか冷めた目で見ながら、カイトは先程の一幕を思い出す。
「初手でサイファーについて聞いたのが悪かったのか、それともサイファーの存在を確定させられたことは良かったと見做すべきか……どうにせよこうなってはいたか」
『甘く見ていたのはこちらも一緒か』
「と、言うしかない……ティナ。現在生存が確定している魔法使いの数は?」
『それを余に聞くか』
カイトの問いかけに対して、ティナは思わずと言った様子で吹き出した。魔術関連であればカイトはティナに到底及ばない。それは両者の認識であっている。だが魔法の行使だけは話が違った。
『魔法は世界の法……すなわちシステムを改変する術じゃ。それらの行使はどのようなものであれ即座に報告される。誰にか。世界に、じゃ。そして世界の末端とは大精霊様。余なんぞより数段上でお主の方が魔法行使はわかろうな』
そうである以上、自身がカイトより魔法使いの存在を理解出来ることはあり得ない。ティナはカイトに対して言外にそう告げる。そうしてそんな言葉に、カイトはしかめっ面で言及する。
「……対魔法使い用の結界は展開していた。いや、確かに大精霊達による場の改変を防ぐ手立てはしていなかった。あくまで一般的……普遍的な魔法行使に対する対抗策だ。普遍的な魔法行使、という時点でおかしな話ではあるが」
『それは良かろう……行使されたのはどういう類の魔法じゃ』
「太陽光の発生……と言った所か。いや、違うな。太陽光の増幅。超高密度の太陽光を発生させた、というわけだ」
『なるほど……それはどうあっても防げんか』
おそらく人体を焼き切ることの出来るほどに太陽光を収束させた、というわけか。ティナはカイトの返答にそう理解し、そしてこれ以上ない殺しの手段だと納得と共に感心さえ得ていた。
光の速度だ。発生が予見出来なければ、防ぐことはまず不可能に近い。それは即ち光速に追い付くことに他ならないからだ。カイトが気付いてなお間に合わなかったのは当たり前の話でしかなかった。
「おそらくこの仏様は最初から万が一捕縛されるような事態があればこうなることは織り込み済みだったんだろうな。死に顔が正しくわかっていた、と言わんばかりだ」
『相当な信仰心か忠誠心を有しておるというわけか』
「だろう……死に迷いがなかった。それはそれで解せん所もあるが」
こうして味方の攻撃に貫かれて困惑も恨みもないのだ。間違いなく死ぬことは理解していたと考えて良いだろう。だがだからこそ、カイトには解せない所が幾つかあった。
「解せんのはそうなら間違いなく捕まるとなれば自分で死ぬだろう。わざわざ仲間に殺される理由はなんだ?」
『ふむ……確かに解せんな。それにこの魔法使いとて、もっと前に殺すことも出来たじゃろう。腕前、相当なもんじゃろう?』
「相当なモンだな。使ったのは普遍的な魔法……太陽光の発生……いや、単なる増幅だ。不死身化やら概念の発生やら、システムそのものを大きく弄るような超高度な魔法行使じゃない。今ある物を増やす、という一番簡単な魔法だ。こっちがその程度の魔法行使ならば防げる結界を展開した上で、それを更に上回って魔法を行使しやがった。おちょくってんのか、って話だ」
腹が立つ。カイトは自身の結界をさも平然と抜いてきた敵の手腕にわずかに苛立たしげだ。明らかに自分よりはるかに上の魔術の腕も持っているだろう。そう断じて良さそうであった。
『いやになるのう……とはいえ、そうであれば間違いなく増幅は正しい手段じゃ。瞬間的に増幅されては正しく光速に追い付けねば防げまい。正直な話をすると、お主が魔法行使に気付けたことがおかしいと言えようて』
「まぁな……こんなもん、オレ達にゃ絶対に通用しない。どれだけ収束させようと、単なる太陽光で死ねるほど雑魚くないからな。それはこいつも同じはず、ではあるが……」
『防ぐ意図がなければ食らう、か』
増幅させこそしているが、これは単なる自然――太陽光――を用いた暗殺だ。太陽光をどれだけ増幅させようと単なる自然光では魔術による障壁は貫くことは出来ず、本来は通用するはずがない。だが当人がこれで殺されると悟っていれば話は変わった。故に苦い顔で、カイトはティナの指摘に頷いた。
「ああ……おそらくこれで攻撃されることさえ承知の上だったんだろう。完全に密閉された空間でない限り、夜にさえ太陽光はある。どこにでもな。一瞬でも外に出た瞬間に終わりだ。殺すには最適だ」
『じゃのう……してやられたか』
「そうとしか言い得まいよ……だろう?」
誰かに問いかけるように、カイトが遥か彼方を睨みつける。それに応ずるように、声が響いた。
『……気付いていたのか』
「お前だって気付いてただろうに。オレが何者か、なんてよ。お互い様だ」
『……』
答える必要なぞない。はるか遠くの何者かは、カイトの問いかけに対して何ら反応を寄越さない。が、そんな遥か遠くの何者かはしかし、唐突に言葉を発した。
『気付かぬと思っていたか』
「……貴様は何者だ」
遥か遠くの何者かの言葉に、視線を追って気配の場所を探っていたシャヘルが問いかける。言うまでもなく、この場に揃ったすべての冒険者の大半がこの視線に気が付いていた。だがカイトは視線を追うだけでは相手の居場所を掴めないと判断し、更に気配を明確にするべくあえて声を掛けたのである。
『我が何者か。それを語る言の葉は持たぬ。我はただ我が神に仕える者に過ぎぬ』
「……貴様の神とは何者だ」
『我が言の葉により我が神を語ること能わず』
語れないのか語らないのか。それは定かではないが、どうやら遥か遠くの何者かはサイファーに関して答えるつもりはないらしい。と、そんな遥か彼方の何者かにカイトが問いかけた。
「じゃ、なんて呼べば良い? これから長いお付き合いになりそうなんで、一応お相手のお名前ぐらいは聞いておきたくてね。ああ、あんたでも良い。何者か、と答えられずとも呼び方一つなしじゃ、神とあんたは一緒の名無しの権兵衛だ」
『……我は始まりの一。ザ・ワン。そう呼ぶと良い』
神と自分を同じ扱いというのだけは承服しかねる。どこか呆れながらもそんな様子で、遥か彼方の何者かは自らをザ・ワンと口にする。
「なるほど。ナンバーズの第一位……さっきセクスがワンだけがサイファーから指示を受けると言っていたが、そのワンか」
『然り……また会おう。死を司る者に仕えし者よ』
「ん? オレか? いや、オレしかおらんが」
『……』
どうやらザ・ワンはオレが死神の神使であると理解していたらしい。カイトは少しだけ驚いた様子で、ザ・ワンへと問いかける。だがそれに対してザ・ワンは何も答えず、カイトへの言葉を最後に気配が完全に消え去っていた。というわけで今度こそ何も感じられなくなった甲板の上で、カイトが問いかけた。
「……誰か追えた人は挙手」
「にぃで無理だから全員無理でーす」
「……」
カイトの問いかけに対して、ソレイユが肩を竦める。そもそも気配を読むことにかけて一番すぐれているのはカイトだ。その上に魔法の探知まで出来る彼が無理な以上、どうしようもなかった。
「はぁ……今度は魔法での気配遮断。正直こいつらが今の今まで潜んでたってマジかよ」
「作戦は練り直す……が、カイト。おそらく今まで以上に貴様を狙って来るぞ」
世の中広いわ。そんな様子でため息を吐くカイトに、撤収の準備を進めさせていたレヴィが告げる。そうして、一同は殺し屋ギルドの最高幹部達の力の一端を理解し、得るものも多い一方でさらなる難敵の予感に誰もが重苦しい雰囲気でそれぞれの居場所へと戻ることになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




