第3710話 殺し屋ギルド編 ――エントランス――
各国の暗部に蔓延り、各所で暗躍を重ねていた殺し屋ギルドという闇ギルド。それに対して昔から何度となく暗闘を繰り広げていたカイトであるが、そんな彼は自身を狙う暗殺者を捕縛した事。それに端を発する冒険者ユニオンの大改修を利用して、殺し屋ギルドへの一大攻撃を計画する。
というわけでラグナ連邦僻地のドゥリムという地にあった殺し屋ギルドの拠点を壊滅させると、冒険者達はそのまま増援部隊が来たルートを逆探知して他の殺し屋ギルドの拠点を襲撃。カイトはエネシア大陸から遠く離れ、ラエリアのあるアニエス大陸とエネシア大陸の間にある大洋のど真ん中にある隠された島の攻略に乗り出していた。というわけで途中で島の大半は何も知らない者たちだと知ると共に、島の町長は殺し屋ギルドと繋がっていると判断。彼は島の中心にある町長宅を攻め落とすべく邸宅内へと侵入する。
「ほいよっと!」
どがんっ。轟音と共に豪華な木製の扉が砕け散って、エントランスの内部に残骸が広がる。そうしてエントランスに入った途端に、再び魔術の嵐がカイトへと襲い掛かる。
「おっと……流石にそう何度も何度も足止めは食らいたくないな」
射掛けられる無数の魔術の嵐に、カイトはまるで影を引っ張って広げるように自らの前面に広げる。そうして魔術が飲み込まれて消えていくのを目眩ましに、彼は一瞬でエントランスの内部を駆け抜ける。
「一人!」
「ぎゃ」
「二人!」
「ぐぇ」
「三人!」
「ごっ」
「速い!?」
「どこだ!?」
声が一つ響く度に時に吹き飛ばされ、時に昏倒し倒れ伏していく仲間達に、黒服達が慌てふためく。まぁ、最強が最強である事を隠さなくて良いのだ。どれだけ相手が戦力をかき集めようと、相手になるわけがなかった。というわけで黒服達がカイトを見失ったと同時に、天井から柏手が響く。
「こっちだよー、っと!」
「「「なっ」」」
「さっきはどうも。お礼だ」
柏手で敢えて注目を集めたカイトの更に上。天地逆さまに天井に立った彼の足元に生ずる巨大な魔法陣に、黒服達が息を呑む。そうして息を呑んだ所で、魔法陣が光り輝いて真っ黒な闇が生じた。
「「「……」」」
得体の知れないなにかが居る。黒服達は自分達が身に纏う漆黒の衣服より更に深い闇の中に、真紅の複数の目が光り輝いてこちらを見ている事を理解する。そして、その直後だ。
「「「ぎゃぁああああ!」」」
音ならざる甲高い音が鳴り響いて、黒服達が思わず耳を押さえて身を捩る。そして身を捩った所に、暗闇の中からいくつもの純白の塊が放たれた。
それは黒服達に当たる直前にまるで網かのように広がり、その身体を雁字搦めに拘束する。そしてその直後だ。黒服達の身体がカイトの足元にある漆黒の闇へ向かって引きずられる。
「ひっ!?」
「た、たすけっ!」
「やだやだやだ!」
この闇に取り込まれれば間違いなく命はないし、下手をすると死んだ方がマシかもしれない。そんな本能的な恐怖があったようだ。男も女も関係なく、数多の訓練を受けてきただろう黒服達が恐怖で顔を引き攣らせて必死に身を捩る。だがそうして黒服たちの身体が釣り上げられた瞬間、カイトが指をスナップさせた。
「おっと」
流石に話を聞く前にこいつのご飯にされてはたまらない。カイトは大きな音を立てて引きずられていた黒服達を止めると、宙吊りになった黒服の一人に問いかける。
「じゃ、お話出来る?」
「……」
こくこくこくこく。カイトの問いかけに、黒服の女は顔を真っ青にしながら何度も何度も頷いた。それにカイトは上機嫌に頷いて問いかけを開始する。
「よし。じゃ、まず最初の質問。ここは何だ? なんかここがなにか知らない奴もいるっぽいが」
「こ、ここは、っ!」
黒服の女がカイトの問いかけに応じようとしたその瞬間だ。光り輝く筋が迸り、黒服の女の喉元へと一直線に伸びる。だがそれに黒服の女が気づくよりも前に、カイトは気付いていた。
「おっと……ま、そうなるよな」
「ひっ! な、なんだこりゃ!」
まるでオーケストラの指揮者が指揮棒を振るうように、カイトは息を殺して忍び寄っていた黒服を指し示す。エントランスでの交戦が失敗し、カイトが黒服達を捕らえたのを見て情報を話す前に殺す算段だったのだ。だが当然、カイトがそれを許すつもりはなかった。というわけで彼が指し示した瞬間、漆黒の闇から再度純白の塊が伸びて新たな黒服を拘束する。
「な、なんだ!? ひっ!」
どうやら黒服は天井に広がる闇の中に居るなにかには気付いていなかったようだ。いくつもの真紅の眼が自分を見ている事に気が付いて、恐怖で顔を引き攣らせる。だが、今回は救いの手はなかった。純白の糸に引きずられ、新たな黒服の男は漆黒の闇の中へと連れ去られる。
「た、たすけっ……ひっ! 何だ!? で、デカい蜘蛛!? ぎゃっ! あ、あぁああああ!」
「ひっ!」
「っ……」
「……」
ガタガタガタ。漆黒の闇の中に連れ去られた後、一瞬の恐怖と苦悶の声の後に聞こえてきた悦楽の声に黒服達は揃って恐怖する。しかも悦楽の声と共に響くのは、バキバキというなにかが折れる音だ。
明らかに尋常な光景ではない。黒服達がそう理解するには十分だった。だがそんな光景にただ一人、カイトだけはどこか狂気じみた笑みを浮かべ笑っていた。
「ほぉ……引きずり込まれたらどうなるか、までは気にした事はなかったが……面白い毒を持っているんだな。蜘蛛だから当然か。ま、どんな毒かは知らんけど」
「……」
狂気さえ滲ませて笑うカイトが再び黒服の女を見た時には、女の顔は真っ青を通り越して真っ白な顔になっていた。男でさえ何人かは恐怖で気を失っており、まだこの黒服の女は気丈な方ではあっただろう。まぁ、ことここに至っては恐怖で気を失えた方が良かったかもしれないが。
「さ、じゃあ改めてお話を聞かせて頂きましょうか……ああは、なりたくないだろう?」
「は、はい! な、何でも喋ります! なんでもします! だから助けて!」
何が起きているかはわからない。想像も出来ないししたくない。だが間違いなくあの暗闇の中に落ちれば、死んだ方がマシだろう。もはや死んだ方がマシかもしれない、ではなく間違いなく死んだ方がマシと理解出来る闇を前に、黒服の女は一切の抵抗を捨てる。
いや、下手をすれば死んでも逃げられないかもしれない。肉体的、精神的な苦痛に、いっそ死んだ方がマシと思える拷問に耐えられる鍛錬を熟してきた黒服達は今、自分達が受けてきた訓練が所詮は人の考え付く、得体のしれない者たちからすればお遊びに過ぎないものだったのだと根源的な恐怖を前に理解した。
「よろしい……オレもあれ以上を即興で呼びたくはなかったしな」
「……」
あれ以上。現状でさえ正気を失いかねないのに、この男にとって今召喚した得体のしれない何かでさえ手札の一枚に過ぎなかったらしい。黒服の女は自身の屈服が正しかったのだと理解する。というわけで、正気を失わせる闇を前に完全に屈服した黒服達はカイトへとこの島の事を洗い浚い吐き出すのだった。
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