第3698話 殺し屋ギルド編 ――進展――
各国の暗部に蔓延り、各所で暗躍を重ねていた殺し屋ギルドという闇ギルド。それに対して昔から何度となく暗闘を繰り広げていたカイトであるが、そんな彼は自身を狙う暗殺者を捕縛した事。それに端を発する冒険者ユニオンの大改修を利用して、殺し屋ギルドへの一大攻撃を計画する。
そうして準備を整えデータ送信が開始された一方で、カイトは公的な冒険部ギルドマスターとしての立場から、その手伝いの依頼を受領。中支部と小支部を回る事になっていた。
そんな中で1つ目の小支部でのチェックを終えて次の支部へと向かう最中。彼は殺し屋ギルドの手勢と思しき影の襲撃を受ける事になるのだが、難なくこれを撃破し彼女の尋問を行う事になるも、そこで彼が知らされたのは殺し屋と思われた女が月牙というシャルロットを祭神とした信徒達による対邪神の戦闘部隊所属だという事であった。
というわけで若干幸先悪い状況でのスタートになった改修作業の調査作業だが、その後も幾つかの支部を回る事になるわけだが特に問題もなくという感じであった。まぁ、それは彼にとって特に問題なくという所で、普通から見れば問題は大アリという所ではあった。
「相変わらず容赦ないわね」
「んー……まぁ、容赦はしてやってるよ。現に跡形もなく消し炭にはしてやってないだろ?」
「確かにそうね。貴方が本気ならこんな町、軽く消し飛ぶものね」
カイトの指摘にエドナは笑う。そんな彼らの前には数人の男達が倒れ伏しており、町の衛兵がため息混じりに縛り上げていた。そうしてそんな衛兵の隊長が、こちらもどこか睨むようにため息混じりにカイトへ告げる。
「天音さん。冒険者ユニオンやマクダウェル家より話はある程度聞いておりましたので良いのですが、間違ってもそんな事はされないでくださいよ」
「あははは。申し訳ありません。まぁ、私もまさか町中で仕掛けてくるとは思っていなかったので」
「それはそうですが……せめてもう少し配慮というかなんといいますか」
「これ以上の配慮は無理ですよ、流石に。町を守りながら奴らを捕まえるのが精一杯です」
「……え?」
カイトの言葉に隊長は周囲を見回し、そういえばと何かに気が付いたらしい。目を見開いて仰天していた。
「レンガ一つ割れてない……え?」
「奴らが振り下ろした剣一つ、住民達の建物一つ傷付けやさせませんでした。これが限界です」
「……」
嘘だろう。隊長はカイトが流れ弾一つ通さない絶技を見せていた事を理解して、思わず言葉を失う。だがこれに、カイトは朗らかに笑った。
「これでもギルドを運営している立場ですので。下手に反感は買いたくないんですよね。何よりここ、同盟相手が拠点にしていますから……」
「おーう。町で冒険者がトラブルを起こしたって聞いたから慌てて飛んできてみりゃ、お前さんだったのか」
「サジェスさん!」
ひらひらとカイトが手を振ると、群衆の中から一人の大柄な男が人混みをかき分けて現れる。ギルド同盟の同盟相手の一人。今回カイトが仕事で支部を訪れた町を拠点とするギルドのギルドマスターであった。そんな彼は自身を見て敬礼する衛兵の隊長に手を挙げた。
「おう。トラブルだって聞いてすっ飛んできたが、必要なさそうだな」
「……まぁ」
必要ないかと言われればこの状況だし片方はすでに内示のあったカイトだ。しかも町にも一切傷を付けず、とされては発言の物騒さ――それも遠巻きに離れている町の住人達には誰も聞こえていない――さえ目を瞑れば、問題はなかった。というわけで少し苦い顔ながらもサジェスというギルドマスターの問いかけに頷いた彼に、カイトが笑って謝罪する。
「悪い悪い。まー、知っての通り今ユニオンで大改修の真っ只中。連中、ちょいと見境なく動いているみたいだ。おかげで行く先々で嫌がらせが絶えん……おかげでこんなゴロツキ共に襲われて困るよ」
「あはははは! そりゃ大変だ! 受けなくて良かったわ! ん? こいつ……」
どうやら縛られている一人はサジェスが見た事があったらしい。カイトの返答に笑った彼だが少し訝しげに男の一人を裏返して、屈んで顔を覗き込む。
「……なんだ、お前らか。お前らも運がねぇなぁ……まぁ、これもひとえにお前らが馬鹿だからだが」
「ひっ! サジェス!?」
「ん? お知り合い?」
「知り合い、ってほどでもねぇがな」
カイトの問いかけに、サジェスは苦笑いの笑い成分が強めの笑いを浮かべて肩を竦める。そうして、彼はカイトへ今回の襲撃者達について教えてくれた。
「こいつら、この町の裏でアホやってるゴロツキ共だ。スラムがあろうがなかろうが、そういうアホはどこにでも居るからな」
「なんだ。小遣いやりゃ使い捨てられる捨て駒。本当に単なるゴロツキか」
「おう……まー、本当にお前らも運がねぇな。今をトキメクカイト様に手を出すなんてよ」
「なんだよ、その言い方は」
「はははは」
カイトの苦言にゴロツキの一人を蹴って地面に倒したサジェスが楽しげに笑う。そうして彼は笑いながら、しかし牙を剥いてゴロツキ共に告げた。
「お前らも新聞読めよ。まだ手を出したのがこいつだったから良かったがな。他の連中だったら今頃首がなくなってたぞ」
「オレでも町中じゃなけりゃ首刎ねてるが?」
というかゴロツキじゃなかったら町中でもオレが手を出す前に首が落ちてる可能性もあるし。カイトは内心でそう思う。まぁ、言うまでもなくカイトは公爵だ。殺し屋ギルドと全面的な戦闘状態に陥っている状況で護衛も付けず出歩けるわけがなく、万が一に備えてどの町にも普通に護衛は潜んでいた。
「ははは。違いねぇな……ああ、カイト。こいつらは俺の方で処理して良いか? 時々こいつらの対処が町の警邏の連中から依頼されててよ。隊長さんも良いよな? どうせこいつらの尋問に俺らが立ち会うだろ?」
「お願い出来ますか?」
「おう……よーし、てめぇら。覚悟しとけや。ちょいと今回はこってり絞ってやるからよ」
「「「ひぃ!」」」
「あーぁ」
今回依頼を出したのは間違いなく殺し屋ギルドだろう。当人達がわからずとも今回ばかりはいつものゴロツキの馬鹿では済まされず、きっちり情報を絞り出す必要があった。というわけで何人かは恐怖で失禁しており、カイトはため息混じりで肩を竦める。
「ま、そこらは頼むよ。何よりオレまだ依頼の最中だし。今日の一仕事終わってホテル行くかー、って思ってたらこれだもんな」
「なんだ。どんな作業かは聞いてないんだが、時間掛かるのか?」
「いや、幾つもの支部を行き来してるからな。明日もまた朝イチで出発だ」
「なんだか大変そうだな。俺ら足がねぇからって話は来なかったが」
カイトが竜騎士部隊や飛空艇を筆頭に様々な移動方法を有している事はギルド同盟の内部では知られた話だ。だがそういうギルドは比較的珍しく、ギルド同盟で今回の依頼を受けているのはカイトだけであった。
「報酬は良いんだが大変だ。一昨日までルデラだ。明後日は……どこだったか。山間部だったんだが。これだがわかるか?」
「うわ……あそこか。報酬が労力に見合うか、と問われりゃ正直微妙じゃねぇか?」
「あははは……だがまぁ、やらにゃしゃーないんだからやるしかねぇんだわ」
「ある意味インフラ整備だからなぁ……」
冒険者ユニオンはエネフィアにおいて生活に密接に関わりがある。それこそ珍しい薬草やらを取りに行くのは彼らの役目だ。ほぼほぼインフラと同義と捉えている者も少なくはなかった。というわけで今回の依頼は報酬よりどれだけ公的に信頼された冒険者か、という名声を手に入れる側面が強かった。
「まぁな……っと、そういうわけだから後は任せるよ。オレはホテルに帰って寝る」
「おうよ……で、一個良いか?」
「んだ?」
「また新しい女か?」
「ああ、私?」
確かにずっとカイトの真横に居て、カイトと楽しげに談笑していた謎の美女だ。さりとて冒険部の幹部として知られているわけでもない。気になっても不思議はない。
「そうそう。えらく別嬪さんじゃねぇか」
「私はカイトの馬……かしら」
「え゛?」
「おい!」
流石にそれはドン引きだ。サジェスの反応にカイトが声を荒げる。だがこれにエドナが楽しげだ。
「あら、間違ってる?」
「いや、まぁ、そうなんだけど……もうちょっと言い方というもんがあるだろう」
「は?」
「そういうこったねぇよ……幻獣とかそういうのの一体だ」
「は?」
肩を組んで小声で告げられたカイトの言葉に、サジェスはエドナを見る目が少しだけ畏怖を含んだものへと変わる。幻獣だ。並の冒険者では太刀打ちなぞ出来るわけがなかった。というわけで、サジェスは先程から打って変わって顔つきが僅かに真剣な物に変わる。
「なんで幻獣なんて連れてんだよ。俺達も聞いてねぇぞ、お前ん所に幻獣が居るなんて」
「色々とあんだよ。ぶっちゃけるとこいつは冒険部に所属してるわけでもねぇしな」
「そうなのか?」
「おう……色々とあってオレと契約してるんだよ。だが幻獣が本来の姿でなんて出歩けると思うか?」
「無理だな」
「そ……だから人化してるってわけだ」
おそらく色々と厄介事があったのだろう。サジェスはカイトの言葉におおよそを察して、そういえばと思い出した。
「そういや、グリムが来たって話の後噂を色々と聞いたんだが」
「そこらだ。首を突っ込むと面倒にしかならんぞ」
「……だな。やめとくわ」
悪名高いグリムことレクトールがカイトと仲良くしている事など、色々と聞きたくない話が出てきそうなのだ。これ以上突っ込むのは駄目だとサジェスは理解したらしい。納得を露わにしてこれ以上は聞かない事にしたようだ。というわけで組んでいた肩を離して、彼が告げた。
「ま、後は任せてくれや。隊長さん、何人か衛兵借りてぇんだが」
「あ、わかりました。すぐに手配します」
「おう、頼んだ……ああ、オレ達はユニオンが手配した大通りのホテルに泊まってる。何かあったら明日の朝までに声掛けてくれ」
「おーう」
カイトの言葉にサジェスが後ろ手に手を振って応ずる。そうして彼がゴロツキ達の何人かを引きずるようにして連れ去っていくのを見送った所で、エドナがカイトへ告げる。
「カイト。通信」
「ん? っと。作業マナーモードにしてたの忘れてた」
エドナの指摘を受けて、カイトは通信機をマナーモードにしていた事を思い出す。そうして彼はポケットで光っていた通信機を取り出して、ヘッドセットのリンクを起動させる。
「オレだ……どうした?」
『うむ。余じゃ……少し出るまでに時間が掛かっておったが大丈夫か?』
「まー、ちょいと町中でゴロツキに襲われてな。その片付けをしてたとこ」
『片付けのう……お主がゴロツキ程度に町を傷付けさせるとは思わんが』
「当たり前よ。単にその後始末でちょいと話をしてた、って感じだ」
『そか……で、こっちで収穫じゃ』
「なるほど……」
そろそろ頃合いだとは思ったが、ようやく反応があったというわけか。カイトはティナの言葉に僅かに牙を剥く。そうして、彼はホテルに戻って詳しい話を聞く事にするのだった。
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