第3698話 殺し屋ギルド編 ――小休止――
各国の暗部に蔓延り、各所で暗躍を重ねていた殺し屋ギルドという闇ギルド。それに対して昔から何度となく暗闘を繰り広げていたカイトであるが、そんな彼は自身を狙う暗殺者を捕縛した事。それに端を発する冒険者ユニオンの大改修を利用して、殺し屋ギルドへの一大攻撃を計画する。
そうして準備を整えデータ送信が開始された一方で、カイトは公的な冒険部ギルドマスターとしての立場から、その手伝いの依頼を受領。中支部と小支部を回る事になっていた。
そんな中で1つ目の小支部でのチェックを終えて次の支部へと向かう最中。彼は殺し屋ギルドの手勢と思しき影の襲撃を受ける事になるのだが、難なくこれを撃破し彼女の尋問を行う事になるも、そこで彼が知らされたのは殺し屋と思われた女が月牙というシャルロットを祭神とした信徒達による対邪神の戦闘部隊所属だという事であった。
これには流石にカイトのみならずシャルロットも黙ってはいられず、即座に回収。カイトは野営地に到着してからも険しい顔だった。
「シャル……まぁ、オレがわかっているんだしお前が即座に現れているんだから間違いはないんだろうが、念の為に聞いておく。お前の信徒で間違いないな?」
『ええ。間違いないわ。私の加護もある。間違いなく現役ね。さらには月牙に与えている守護も見える。間違いなく月牙の子よ』
「それがなんでオレを……」
頭が痛い。カイトはある意味マクダウェル家に襲撃を仕掛けられたようなものと言える現状に、盛大にため息を吐いて頭を抱える。
『わからないわ』
「どこの所属だ? いや、すまん。えっと」
『いいわ。わかっている……本部直轄よ』
「うわっ……まさかエクリプスか?」
『ご明察ね。エクリプス……月蝕の夜を駆ける者達』
「単独任務メインのガチ戦闘職じゃねぇか……オレじゃなけりゃマジで死んでたぞ」
そりゃ強いわ。そもそもの相性からして自分の方が格上なので負ける要素がなかったが、そうでなければ苦戦は免れない相手だった。カイトはシャルロットが聞き出した情報に盛大に顔を顰める。
「はぁ……どこからどういうルートがありゃオレにエクリプスなんて差し向けられるんだ……」
『わからないわ……下僕』
「あいよ。この一件の後、本部へ向かう」
流石にシャルロットが出張る事は出来ないが、逆にカイトはシャルロットの神使。彼女の意を受けて出向くには最適な人選だ。どうにせよ彼が襲撃を受けたのだから、その経緯を含め一番くわしいのは彼だ。ちょうど良くはあっただろう。というわけでやり取りを終わらせて、彼は一つため息を吐いた。
「はぁ……」
「大変ね、いつもいつも変な事に巻き込まれて」
「いや、本当にな。オレだから巻き込まれるのか。巻き込まれるからオレなのか……」
「卵が先か鶏が先か、レベルの問題になりそう」
「笑えねー」
楽しげなエドナに応じながらもカイトもどこか楽しげだ。が、やはりどこかやけっぱちな様子があるのは間違いではないのだろう。
「だがなるほど……今回の一件、おそらくかなり色々な所で動きを出しているか。相当向こうも焦れてるか」
「そんなに見過ごせないの? 今回の一件」
「ああ……冒険者ユニオンの特に上位の冒険者になると動きが掴めていないと酷い目に遭う。とどのつまりオレ、って考えりゃわかるだろ? まぁ、オレはその中でもとびきり厄介な奴だけどさ」
「オレ?」
「お前でもある」
エドナの問いかけにカイトはニコニコと楽しげに笑う。
「ま、そういうこった。どこに居るか掴めていないとその付近で仕事しようとした瞬間に邪魔されかねん。なんだかんだ冒険者ユニオンの上位層には変に正義感が強い奴が多い。我が強い、とも言うが」
「貴方みたいに?」
「さっき言っただろ? で、そういうわけだから邪魔されないようにしようとするとそこらも把握しておかないと、ってわけ。それが掴めなくなるってなりゃ流石になりふり構えん」
殺し屋稼業なぞ非合法な仕事だし、人格面も良くない者は非常に多い。必然的に冒険者と敵対関係になりやすく、そうなると必然仕事にも差し障る。組織として、そういう不確定要素をなるべく排除したいと考えるのは自然の話だっただろう。
「年単位我慢出来るだけの余裕はない、と」
「ないだろ。流石に年単位で動けません、になったら組織として終わりも同然だ。動くにしても成功率は一気に下る事は間違いない。そうなったら組織としてはどっちにしろ終わりだ」
殺し屋ギルドの強みはあくまでも冒険者ユニオンの妨害に遭いながらも高い成功率を誇っているからこそだ。それはひとえに冒険者ユニオンのシステムに介入して名のある冒険者達の同行を掴めているからで、それがなくなれば成功率が大きく変動してしまうのは当然の話だろう。
「今回の作戦の成否は殺し屋ギルドにとって死活問題だ。無論完全に壊滅は無理だろうが、相当大きなダメージには違いない。そこに幹部の暗号が漏れた、という情報が重なれば……」
「なるほど……うまくやれば、というわけね」
「そういうこと」
楽しげに、カイトは笑う。
「おそらく今回のこちらからの動きで殺し屋ギルドは大きく揺れる。それこそトップが動きを見せない限り収まらないレベルに大揺れするだろう。立て直しには相当の時間を要するはずだ……うまくやれば、正体不明の大ボスにもあたりを付けられるかもしれん」
流石に殺し屋ギルドそのものが未知数過ぎてどういう動きになるかはわからないが、少なくとも動くはず。カイト達の予想はこうだった。
「ま、掴めなくても流石に尻尾ぐらいは掴みたいもんだ」
「掴めたら動くの?」
「さぁな。そこらはその時にならにゃわからん……ま、それはそれとしてだ。さっきの女の人に関しちゃありゃおそらくこっちに先陣として差し向けられたっぽいな」
「本命ではない、と」
「だろうな。流石に月牙の隊員は悪人じゃないし、悪党でもない。どこかで騙された、と気付かれる可能性もある。まぁ、組織からの正式な辞令だから気付けという方が難しくはあるが……向こうさんにとっての誤算はオレが教会にも神殿にも縁があって速攻で気が付いちまったって所だろう」
普通は無理だからああやって秘策の一枚として差し向けたのだろうが、完全に誤算だったと言っても過言ではないだろう。カイトは先程の女性を思い出してそう思う。そうして思い出した彼は先程の女についてを教えてくれた。
「あの力はシャルロットの洗礼がなけりゃ使えない物だ。似た力はエネフィアにごまんとあれ、あれはその中でも最高性能だ。そりゃまぁ、月の女神の力なんだから当然だが」
「普通に戦えば並の戦士ではひとたまりもない、と」
「そ……あれ以上になるとオレが纏えるこれぐらいなもんだろう」
ばさっ。カイトは虚空から取り出した闇で出来た帳をマントのように広げる。彼が潜入などの折によく使うこれと同系統の力で、その一つ下と言っても過言ではなかった。だが彼が常用する力の一つ下だ。その時点でその力は折り紙付きだ。並の戦士でどうこう出来るものではなかった。
「だがだからこそ彼女が殺し屋ギルドの所属じゃない、ってわかった時点で殺し屋ギルドの刺客として本気ではない事は見て取れた。やれれば儲けもの。やれなくてもそれはそれで仕方がない……月牙との間で遺恨を生じさせられたなら万々歳。そんな塩梅だ……それも無理だったがな」
カイトはおそらく自分でなければ引っかかりかねなかった策に対して盛大にため息を吐く。
「やれやれ。単に殺し屋ギルドと戦うつもりが、思わぬ所で獅子身中の虫まで引っ張り出しちまった。ありがたいといえばありがたいがな」
「そう」
「あははは……特に興味はないか」
「私は貴方の馬だもの。主人が向かえ、と命ずる場所に連れて行くのが私の仕事」
「ごもっともで……ま、そういうわけでな。月牙が動いている間に、向こうさん本命を用意して仕掛けてくるつもりなんだろう。それももう無理にはなったがな」
流石にカイトというか祭神たるシャルロットにバレたのだ。そのまま放置されるわけもなく、これ以上の好き勝手が出来るとは思えなかった。そんな彼に、エドナは問いかけた。
「無理なの?」
「ああ……今頃教団にも神殿にも連絡が回って、月牙の指示を洗い出させているはずだ。誰の指示か、までは即座にわからなくても今下手に指令を出せば自分が内通者と白状するようなものだ。向こうさんも初手でオレからシャルに伝わるとは思ってないだろうから、流石に大慌てだろう。今回は色々と向こうさん、予想外の出来事が多そうだ」
エドナの問いかけに対して、楽しげにカイトは笑う。というわけでカイトはこれからの襲撃に備える事にして、ひとまず今日は休む事にするのだった。
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