第3692話 殺し屋ギルド編 ――出発――
各国の暗部に蔓延り、各所で暗躍を重ねていた殺し屋ギルドという闇ギルド。それに対して昔から何度となく暗闘を繰り広げていたカイトであるが、そんな彼は自身を狙う暗殺者を捕縛した事。それに端を発する冒険者ユニオンの大改修を利用して、殺し屋ギルドへの一大攻撃を計画する。
というわけでユニオンマスターのバルフレアを筆頭に各所の足並みを揃えるようにカイトもまた暗躍を重ねていたわけだが、その甲斐もありある程度の準備が整う事になっていた。そうしてカイトは後の作業をティナ達に任せると、自身は当初の予定通りユニオンから公的な依頼として改修作業への協力を請け負うと、バイクに跨ってマクスウェルの町の外に出ていた。
「さて……ティナ。通信の状況は?」
『現在の進捗は大支部向けのデータ送信が60%。まー、データの量が量。やっぱり時間は掛かりおるわな』
「そうか……とはいえ、移動時間やらを考えりゃもう出て良い頃か。小支部まで含めた最終的な終了予定時間は?」
『5日後の夜じゃ。今回の改修作業では』
「まずは大支部、次に中支部、最後に小支部の順番でデータを送っていくんだろ。覚えてる。大支部に関しちゃ各地の支部の職員が対応するし、中支部もある程度は大丈夫。小支部に送られたデータに問題がないか送られるのを確認して、って流れ」
『わかっておるなら良い』
流石にもう何度も聞いたのだ。今更もう一回聞くつもりはカイトにはなかったのか、ティナの説明を遮って呆れ気味に首を振る。
「とりあえずオレが目指すべきなのは北西ルートだな……まぁ、まともに街道を突っ走るつもりなんぞチャンチャラないんですが」
『うむ……で、どうじゃ?』
「監視?」
『うむ。おぬしは見張られておるじゃろう、と読んでおるが』
「さて……」
カイトはティナの問いかけを受けて、どこか獰猛に笑いながら意識を集中させる。
「居るな。マクスウェルの町から出た途端だ。一気に殺気立ってる……オレ不在の間に一度ぐらいはホームに攻撃がありそうかな」
『ま、そっちはどうにでもなろう……それよりお主の方はどうじゃ』
「こっち? こっちはまぁ、一度ぐらい仕掛けても良いかなぐらいだが。どうするつもりだろうかね。流石に今回の事態、こっちもそうだが殺し屋達もかなり重要視しているはずだ」
今回の大改修が持ち上がったのは言うまでもなく殺し屋ギルドにユニオンの受付システムから情報が抜かれている事が判明したからだ。そして殺し屋ギルドにとってもこれが抜けなくなってしまうと困るのは間違いない。ならば、何かしらの行動には出ねばならなかった。
「おそらくどこかしらになにかの妨害工作には出たいはずだ。まぁ、それをオレ達も見越して協力する冒険者に渡すのはエラーチェックのプログラムと復旧用のバックアップデータ。生の最新データは持たせていない」
『どこで妨害を、となるが……今回の案件は本部、それもユニオンマスター主導。しかもトップダウンの決断じゃ。妨害工作も難しい……さりとてマクダウェル家はとなると』
「こっちはもう無理だ。地下の研究所なんぞオレが触りたくない魔境だ。各国の諜報員があそこだけは無理、と断言する魔境に突っ込む事は出来ん。しかも今回は、だしな」
『まぁの』
言うまでもないかもしれないが、ティナの研究室は公爵邸地下の研究所の最深部にある。そこで行われていた改修データの作成を妨害する事は当然だが不可能だった。
『後は開発環境も盗めんし、そこらで試しもせんあたり向こうも開発の妨害が無理は百も承知じゃったんじゃろうな』
「となると後は……」
開発もアップデートも止められない。冒険者ユニオンのどこかに潜んでいるだろう手勢が改修に反対を述べようと、主導しているのがバルフレアだ。そこから必ず殺し屋ギルドの尻尾を掴んでくる。こうなると後出来るのは、一つしかなかった。
「アップデート情報の奪取。それしか手がない」
『うむ……さて、誰が御し易いと踏むか』
「幾らか候補者は上げてるだろうな……オレもその一人、と。どうしよっかなー」
『まーた、遊ぶ気じゃな。今回メインは改修なんじゃから、あまり遊ぶでないぞ』
「遊んだ結果有意義な成果が上がったんだから良いだろ?」
『否定出来んのう』
公的な側面で見れば今回のデュイアは最たる例だし、あの先天性の異界化を使える少女も学術的な側面から非常に有意義だ。楽しげなカイトの問いかけに、ティナは半ば苦笑混じりになりながらも笑って同意するしかなかった。
「ま、それに奴らからしても外に出たタイミングじゃなけりゃデカい戦力は動かせん。仕掛けてくる事は間違いないだろうな」
『というより現状考えりゃお主が最有力じゃなかろうかのう』
「それもあり得るな……最近他に冒険者で殺し屋ギルドに喧嘩売りまくってるって聞かんし」
『普通は売らんのよ』
「まぁな」
なにせ相手は殺し屋ギルドという悪名高い組織だ。普通はティナの言う通りに喧嘩を売る事はないが、笑うカイトは普通ではない。暫くは彼への攻撃は続くものと考えられていた。
「さ、じゃあ行ってくるわ。なんかあったら連絡よろ」
『うむー。寒くなっておるから風邪には気を付けてなー』
「あいよー」
「気にする所はそこなのね」
「オレらしいだろ?」
楽しげなエドナにカイトもまた楽しげに笑う。殺し屋ギルドと絶賛交戦中だというのに怪我の心配より風邪である。ちなみに、怪我と同程度に風邪もないので要らぬ心配であった。というわけで通信を終わらせると、カイトは改めてバイクに跨った。
「さて……まさかお前とバイクに乗る事になるとはな」
「あら。私もバイク好きよ」
「乗った事あるのか?」
「色々な所で似たようなモノは開発されているもの。バイクに似たものも開発されているわ」
「それもそうか」
所詮は世界という同じアーキテクチャの上で動いている。物理法則や魔術法則などはどの世界でも基本は共通だ。なのでどこかしらで似た技術が発明される事は至って普通だし、何か不思議な事ではなかった。
「よっしゃ。じゃ、とりあえず出発しますか」
「ええ……ふふ。でも確かに不思議なものね。昔はこうして二人で旅をしてばかりだったのに」
「だろう? ま、オレは生まれ変わってるし、お前は人になっている。変わった者同士、変わった形で旅を楽しんでも面白いだろ」
カイトは楽しげに笑う。昔は会話を楽しむ事もなく、ただ一人ごちるように旅をしていただけだ。せっかくこうして話せるようになったのだから、話を楽しみながら旅をするというのも良いだろう。というわけでカイトは殺し屋達が監視する中、バイクのエンジンを入れて小さな町のギルドを回る事にするのだった。
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