第3690話 殺し屋ギルド編 ――準備――
かつてカイトが拿捕した殺し屋の一人ジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイト。彼はデュイアへの対価として『陰陽石』という特殊な魔石を求めて、瞬を連れて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして『光闇山』にて『陰陽石』を手に入れ、更に幾つかの仕事を終わらせたカイトはマクダウェル領へと帰還。再び殺し屋ギルドに対して行動するべく、色々と裏で暗躍を行っていた。
「マスター。目標地点到達しました」
「よし……ティナ。こっち準備完了だ」
『わかった……まぁ、毎度毎度の事で申し訳ないのう』
「いーや、構わんよ。ま、それなら打ち上げロケットでも開発してくれりゃ楽だが」
『実験が出来んのよなぁ……』
カイトの言葉に通信機の先でティナがため息混じりに首を振る。さて現在のカイトの状況だが、どういうわけか彼は今、衛星軌道上に居た。と、そんな所にソレイユからの念話が響く。
『でもすごいねー。にぃ、そこってどんな感じなの?』
「どんな感じ、って言われてもなぁ……割と空中と大差はないな。ここはまだ。衛星軌道上は割と色々な力も釣り合う場所らしい。おかげかまだ、生存は可能な領域だろうな」
『生存可能のう……生身であれば生存なぞ到底不可能な領域じゃが』
「生身でも魔術による保護が働いてりゃ生存出来る。宇宙空間もな」
『そうはそうじゃがのう』
『行けるの? 飛空術で。あんな高いとこまで』
「まぁ、無理じゃなくね。実際オレ昔エドナとここぐらいまでは行ったし」
ソレイユは言うまでもなく弓兵。上空数百キロともなればある意味遮蔽物はなにもないのだ。目視は普通に可能な距離でしかなく、彼女の場合はカイトを目視していた。というより目視出来るからティナが協力を要請していたのであった。
『なーにやっとるんじゃお主ら』
「色々とあったんだよ……ちょっと古代文明の軌道エレベーターらしいものとかがセレスティア達の世界にあってな」
『なんと。またすごいのう……で、てっぺん目指したか』
「そー、そー……軌道エレベーターがあっても楽だったか」
『そっちのが無理じゃ……いや、行けるか? 良く考えりゃ地震の制御は不可能ではない。地盤に巨大な刻印を埋め込み、それで振動を安定させ、更に上空からの接近を禁止するように……』
どうやら何か色々と思い付いたらしい。ティナはしゅばばばばっ、とメモに何かを書いていく。そうして暫くして満足したようなタイミングで、カイトが声を掛けた。
「あー、良いか?」
『む……すまん。作業は?』
「終わってるよ。後は戻るだけだが」
『そうか。なら、少し離れよ。チェックを行う』
「あいよ」
ティナの言葉に、カイトは衛星軌道上に浮かべた人工衛星を確認。問題ないと判断してそこを離れる。と、そんな人工衛星を見ながら、カイトは改めて問いかけた。
「こいつは確か特殊な奴なんだよな?」
『うむ。今回、殺し屋ギルドの連中がどこでどういう活動をしておるかわからん。他国も全然あり得るじゃろう。飛空艇でひとっ飛び、は難しい。なので作戦開始後、人工衛星を直上に移動させる。どうやってもオペレート出来るとは思わんからのう……さらに言うと、今後の作戦行動にも対応させるべく、という所じゃ』
何度か言われているが、殺し屋ギルドの拠点がどこにあるかというのは冒険社ユニオン側は誰も知らない。しかもマクダウェル家とは常に暗闘を繰り広げる関係だ。
マクダウェル領から非常に時間の掛かる場所に設置されている可能性は非常に高く、飛空艇を用いた電撃戦はかなり厳しい。だがいくら冒険者ユニオンの腕利き達とてオペレートなしで殺し屋ギルドの大幹部達が控えるだろう拠点に攻撃を仕掛けるのは些か危険が大きい。
というわけでマクダウェル領からオペレーティングが出来るように状況を構築しよう、というのは間違った判断ではないだろう。
「だけど今回は作戦終了後は大気圏に突入させ自壊させる、か。勿体ないなぁ」
『しゃーなかろう。どうしても推進剤やらエネルギーの問題があり、すべてを満たすと考えると現状じゃ一発限りが限界じゃ。無論移動に時間を掛けて良いのなら、何度も使えるようにも出来るが……』
「すべての要求は無理、か。さっきお前が言ったようにな」
『そういうことじゃ。あまり巨大な魔力を保有させて、宇宙空間のデカブツ共を呼び寄せるのも困ろう?』
「何よりそうなったら駆り出されるの、私達ですからねー」
「それはそう」
アイギスの指摘にカイトは自身のさらなる面倒事を考えて、笑いながら使い捨てを心底納得する。欲を掻いて身を滅ぼしたくはなかった。
「そうだな。色々と考えりゃ使い捨てるのが一番か」
『そーいうことじゃな。よし。こちらの通信も確認した。アイギス、魔力による通信から電波による通信に切り替え。個々の端末との間での通信機のチェックを行う』
「イエス」
もう暫くは衛星軌道上に待機かな。カイトはティナとアイギスの作業を聞きながら、一旦魔導機のコントロールを外して椅子を顕現。その場に腰掛ける。と、そんな彼がふとなにかに気付いて目を丸くする。
「……ん? 電波? 電波通信で今回やるのか?」
『いや、メインは魔力による通信じゃ。じゃがまぁ、ジャミングは来るじゃろうと想定し、魔力と電波の両側から通信を確保出来るようにしておる』
「なるほどな……いつもの事ではありますが、か」
殺し屋ギルドは大組織だ。普通は手に入れられない様々な魔道具を有しているはずで、その中には通信を妨害する大規模なジャミングを行える魔道具もあるだろうと考えられる。
だがそれはあくまで魔力を前提とする念話や通信を想定したもので、電波などの科学技術を想定したものではない。というより今のエネフィアにそんな物は――マクダウェル家を除き――存在していない。存在していない物を保有する事は出来なかった。
『そーいうことじゃ。魔術学……広義の魔法学を基礎とするエネフィア文明にとって魔力を前提とせぬ科学文明は想定しておらぬもの。物理学を基礎とする地球の科学文明にとって、魔法学とは想像出来ぬもの。どちらにも対処出来ねばならん、というのは今の両文明にとって厳しかろうて』
「どうにせよ、両方の最先端に触れて理解されているマザーの領域に到達するのは相当な難易度がありますけどね」
『そうじゃのう……ま、それはさておいても安全策を用意するのは当然じゃ。今回は特に冒険者ユニオンのトップ陣営が前線に出る。トップ陣営と言えば聞こえが良いが』
「要はいつもの面子か」
『そういうことじゃ。ならばこちらから通信機を渡しても問題あるまい』
「ごもっともで」
全員が何百年単位の仲間ばかりだ。今更信頼しないという選択肢はなく、ならばこちらが用立てた通信機を渡しても問題ないと判断したのだろう。というわけで特製の通信機を用立てる選択をした、というわけであった。そんなこんなで途中雑談やら色々な安全策などの話を繰り広げていると、作業が終わったらしい。
『よし。各種の通信機の調整完了じゃ。アイギス、そちらで問題は?』
「ノー。こちらも概ね問題ありません。後は小型通信機との間で通信可能かという問題になりますが」
「……え? 何?」
『カイト。エドナには話を通しておる。お主このまま真下に降りて、通信機の確認してくれ』
「えぇ……で、ここまで戻って来るわけ?」
『魔導機放置は出来まい』
「えぇ……はぁ。やるしかないんでしょうね、オレが」
「イエス。申し訳ありませんが、お願いします。それに万が一の場合はこちらで調整も必要ですし」
「あいよ」
アイギスの言葉にカイトはため息混じりに肩を竦める。そうして彼は魔導機のコクピットから飛び出して、空中でエドナと合流。地上からのテストを行う事になり、この日は人工衛星のテストに終日付き合わされる事になるのだった。
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