第3689話 殺し屋ギルド編 ――改修――
かつてカイトが拿捕した殺し屋の一人ジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイト。彼はデュイアへの対価として『陰陽石』という特殊な魔石を求めて、瞬を連れて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして『光闇山』にて『陰陽石』を手に入れ、更に幾つかの仕事を終わらせたカイトはマクダウェル領へと帰還。再び殺し屋ギルドに対して行動するべく、色々と裏で暗躍を行っていた。というわけで現状をアイナディスに共有し彼女の協力も取り付けると、カイトはそのままティナの所へ赴いて状況を共有していた。
「というわけでやり方そのものは簡単じゃ。データそのものを持っていくわけでもないからのう」
「なるほど……」
ぺらぺらぺら。アイナディスはティナから軽いレクチャーを受けて、一緒に渡された薄い小冊子を確認する。元々マニュアル化は進んでいたので、この数日空けている間に冊子化までしていたようだ。
「確かに手順は簡単ですね。ある程度知性のある冒険者なら、対応可能でしょう」
「うむ……まぁ、もし完全にオフラインでデータを入れ込むとなるとこんな簡単な手順ではすまぬが、あくまでもデータのインストールに不具合がないか確認するためのものじゃ。そこまでは望んでおらんからのう」
「それが妥当ですか」
これがカイトを筆頭にした学者達とも渡り合える知識を持つ冒険者なら、全部オフラインでしてしまえるだろうが、全部の支部にそれを行えるだけの人的資源の確保はいくら大組織である冒険者ユニオンでも不可能だ。ならばこの程度に留めておいて、というのは当然の判断だっただろう。というわけで更に数度冊子の中身を確認して手順を頭に叩き込むアイナディスであったが、ふと彼女が疑問を呈した。
「そうだ。そういえばそのアップデートされた支部の端末からデータを丸写しは出来ないのですか?」
「出来んわけがあるまい。じゃが、それにもきっちり対処しておるよ」
「あ、そうなの?」
「当たり前じゃろ。無論こっちはアップデートに協力するユニオン支部の職員にさえ黙っておるがのう」
とどのつまり完全に内通者が居る事を想定して、データを丸々コピーされる事を想定しているというわけか。カイトはティナの言葉からそれを察する。
「支部ごと、ギルドの拠点ごとにそれぞれ固有の認識番号を割り振っておる。そのデータが二重に帰ってきている時点でコピられておるし、更にギルドの拠点には近隣の支部の認識番号に紐づけた」
「申し訳ありません。とりあえず対処している、で良いのですね?」
「そうじゃな。詳しい話は省くが、データ完コピも対処可能じゃ。無論偽物に先に正常なデータが届く事はないし、本物を盗んで偽物を置いて、という事にも対処する。こちらも説明するか?」
「だ、大丈夫です」
ティナの問いかけに、アイナディスは大慌てで首を振る。確かに真面目かつ物事をしっかり考える彼女だが、学術的な話や技術的な話を根掘り葉掘り聞くつもりはなかったようだ。どこか頭を抱えるように首を振っていた。これにティナが笑う。
「はははは。ま、そうじゃろうな。とりあえず考え得るおおよその盗難対策は行っておる。これもいつかは破られるじゃろうが……少なくとも破るまでに何年かは要する。その間に余らも復帰となるじゃろうから、そこからは本格的に戦闘開始という所じゃな」
「あくまで表立って事を構えるまでの時間稼ぎ、と」
「そーいうことじゃ」
何度となく言われているが、カイトにせよティナにせよこちらへの帰還は公にはされていない。なので本格的に事を構える事は難しく、こうして大規模な組織が相手では時間稼ぎに徹するしかない部分はあった。というわけで呆れるようにため息を吐いたティナに、カイトは肩を竦める。
「いっそさっさと明かした方が楽になる所はあるが……今オレに全部投げられても困る所はあるからな。復帰して大丈夫な体制を整える事を優先せんとこっちが潰れちまう」
「それもそうですね……それで改修作業の人員の選定は?」
「おお、そういやそうじゃった。カイト、それについて本部より連絡があったぞ」
「おっと……わかった。後で確認しとく」
アイナディスの問いかけに、ティナはカイトへと一つの報告書を投げ渡す。というわけでそんな彼に今度はアイナディスが再度問いかける。
「選定基準はどのようにする、と?」
「基本は大支部の支部長が信頼している冒険者、という感じだな。裏取りがしやすかった所もある」
「確か大支部の支部長はユニオンマスターの直属という所もありますか」
「そういうこったな。まぁ、ここ数十年でようやっとそう出来る技術が整った、って話だが」
昔はどちらかといえばその地域で実績と信頼を受ける冒険者を推挙させ、それをユニオンマスターが事後に追認するような形が多かった。だがいくらか他組織のスパイが潜り込んだ事。飛空艇の発達によりユニオン本部まで情報を届けられるようになった結果、本部が裏取りなどを行った上で承認する形に変更になったのであった。
「で、貴方も、と」
「オレが選ばれていないと変な話になるからな」
現在カイトは公的にはマクスウェルに拠点を置く中堅規模のギルドマスターに過ぎないが、そのつながりは非常に広く貴族達からさえ信頼を受けている。
当然冒険者ユニオンとしても非常に厚い信頼を置いている、というのが一般的な見方で、その彼に依頼が出されないと当然誰もが色々と勘ぐるだろう。もちろんこういった場合に協力を惜しまない、とも思われている。必然として彼も各地の支部へ赴く人員の一人として選ばれているのであった。
「ま、幸い今のオレにゃ色々と足がある。バイクからエドナまで多種多様にな」
「そういえば彼女は天馬なのでしたか」
「幻獣の一種だな。次元と空間を跳躍する天馬の最上位存在だ」
「本当に貴方、自由自在に地球やこちらを行き来出来るようになってきましたね……」
「あははは。おかげで色々と仕事はやりやすい……あははは……」
「あはは……」
いや、良く考えればこの結果大量に仕事を抱えてないか。カイトはそれに気付いて乾いた笑いを浮かべたのを見て、アイナディスも半笑いで笑うだけだ。というわけでそんな彼女がカイトへと慌てて話題を変えた。
「ま、まぁ、それはさておき。私にも依頼は出そうでしょうか」
「出るだろ。そっちも確か足はあったろ?」
「ええ。そうですね。久しぶりにあの子と一緒というのも良いですね」
カイトの問いかけに、アイナディスは自身が大戦期から連れ添っている愛馬を思い出す。そもそも各地を転戦していたのだ。非常に優れた愛馬を保有しており、機動力も高かったのであった。そして風紀委員と揶揄される彼女だ。依頼が出されないわけがなかった。
「そうか……ん。じゃあ、とりあえず暫くは別行動になるが、なるだけ早く終わらせるようにな。パーティに遅れて『料理』が減っても文句は受け付けられん」
「手早く片付けるように心掛けます」
カイトの言葉にアイナディスが楽しげに笑う。そうしてその後も三人で少しの打ち合わせを行った後、それぞれが為すべき事を為すべく再び作業に取り掛かる事になるのだった。




