第3687話 殺し屋ギルド編 ――木炭――
かつてカイトが拿捕した殺し屋の一人ジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイト。彼はデュイアへの対価として『陰陽石』という特殊な魔石を求めて、瞬を連れて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして『光闇山』の迷宮にて『陰陽石』という特殊な魔石を手に入れたカイトは瞬と共に榊原へと帰還したわけだが、そこで彼へと頼んでいた荷物を乗せた輸送艇にて事故が発生した事を知らされる事になり、荷物の到着まで二日待つ事になってしまっていた。というわけでその2日後。瞬の教本探しや休息を終えた彼は白い泡が付着した荷物を受け取って、再びマクダウェル領へと戻る途上にあった。
『きれいな黒い木炭ね』
「ああ……この色艶。十分な燃料になるだろう。木蓮流の木炭としては上物だな」
どこか美術品や工芸品でも眺めるかのように、カイトは満足げに木蓮流の木炭を観察する。そうして彼は何かを確かめるように、木炭を僅かに削って欠片を手にする。
「木蓮流の木炭に火を灯すと、すごい独特な色合いがするんだが……さて、どうなったか」
やってみるだけはやってみるわ。カイトは水仙の説得を受けたイズナが渋々試してみたという黒鴉族という特殊な一族の力を使って作られた木炭へと火を灯す。今回、彼が待っていたのはその特殊な製法を更に独自化した特製とも言える木炭だ。
「これは……すごいな。漆黒の炎か。木蓮流の炎は青か白、良く練られた木炭は青白くなるんだが……黒になったのか」
『すごいの?』
「どうだろうな。狐火の青白い炎は知っているが、この黒い炎はちょっとわからん。だがなるほど……」
やはり木炭の製造に関してはすでに相当な領域にまで鍛え上げられているな。カイトは木炭から伸びる漆黒の炎を見て、満足気に笑う。と、そんな彼へとエドナが告げた。
『カイト。加速するわ』
「あいよ……ああ、待った。せっかくだ。こいつでちょっと遊びたい」
魔物が近付いている。言外にそう告げたエドナに応じようとしたカイトだが、どうせならば遊んでみるかと考えたらしい。それにエドナが笑った。
『そう……でも遊ぶってどうするの?』
「こーする」
異空間にしまい込んでいた木炭を再度取り出して、再び僅かに削る。そうして削って手に入れた欠片を、今度はまるで研ぐように刀へと擦り付ける。するとまるで油でも塗ったかのように刀身が墨色に染め上げられた。
『どうやったの?』
「この木炭は木炭である事に間違いはないが、特殊な木炭でな。魔力の塊でもある。だからこれを媒体にして刀に木炭を宿らせる事も出来るんだ。こっちで覚えた技術だな……さて村正と木蓮のある種合作。ジジイが見たら卒倒モンだが、剣士からしたら夢の一品だ。こいつの試し切りの相手になるのはどこのどいつだ?」
ごー、という何か巨大な物体が空を裂く音を遠くに聞きながら、カイトは楽しげにそう呟く。そうして音は段々と大きくなっていき、ついに自身の呼吸音さえ聞こえなくなったと共に、彼の頭上に漆黒の影が舞い降りる。
「なんだ。でっかい鳥さんか」
『やっぱり逃げる?』
「まさか」
エドナの転移で降下から逃れて、カイトは大回りに浮上して自身を狙う大きな鳥を見る。
「デカい極彩色の鳥……『極彩鳥』か。気性が荒く、目に付いた物に何でも襲い掛かる。初期の飛空艇墜落事故の原因の中でもそこそこ多い魔物だな。今は魔銃やらなんやらで撃退出来るようにもなってきている事に加え、あの独特な極彩色の翼で遠くからでも発見出来るからそこまで言うほど墜落も多くはないらしいが……ま、試し切りにはちょうどよいか。エドナ」
『りょーかい』
カイトの求めを受けて、エドナが虚空を蹴って一気に急上昇する。その速度たるや、飛ぶ事が専門であるはずの『極彩鳥』の上昇速度をも軽く上回って一気に距離を離すほどであった。
「じゃ、回収よろしく」
『ええ』
音の壁なぞ軽くぶち抜いて数キロを一気に上昇した所で、カイトは力を抜いてエドナの背から舞い降りる。そうして自由落下を開始したカイトは空中でくるりと反転。『極彩鳥』を正面に捉える。
「……」
接敵まで10秒か、15秒か。カイトは急速に距離が縮まり大きくなっていく『極彩鳥』を見ながら、そんな事を考える。そうして、5秒後。彼の顔に楽しげな笑みが浮かび上がる。
「燃えろ……おぉ」
やっぱり刀身に宿る炎も黒か。カイトは木炭を媒体に生み出された漆黒の炎に、上機嫌な笑みが浮かぶ。そうして彼が感心した数秒後、カイトと『極彩鳥』の影が交わった。
「ほぉ……こりゃ良いもんだな……っと」
『きれいね。まるで羽みたい』
「ああ……まるで鴉の羽だ。こりゃ見事だ」
黒い炎の宿る刀身から舞い散る火の粉は少しだけ長細く、まるで鴉の羽のような独特の形状を持っていた。これは元来の木蓮流の木炭にはなかった特徴で、イズナにより生まれた新たな力と考えて良かった。
「しかもこいつは単なる黒い炎じゃなく、退魔の力も若干だが有している。これは極めれば相当なモノになるぞ。これは思わぬ買い物になった」
元々は単なる慈善事業や木蓮流の再興という剣士としての側面からマクダウェル家としてイズナへの支援を決めたわけだが、その結果あがった報告にカイトは非常に上機嫌だ。そんな上機嫌な主人に、エドナが笑う。
『良かったわね』
「おう……惜しむらくは当人が今頃壮絶に嫌そうな顔をしているだろう、って所だが……これはもうやれと言うしかないな」
十数年先にはなるだろうが、これを極められれば間違いなく木蓮流の再興は固い。カイトは単なる再興だけではなく中興の祖となり得る可能性さえにじみ出た結果に非常に満足していたようだ。とはいえ、これはあくまで木炭。刀を鍛えるために最も重要な火を生み出すためのもので、あくまでも道具だ。
「後は刀鍛冶か……さて、そっちはどうか」
満足気に刀身に宿った黒い炎を消したカイトは刀を再び腰に帯びると、ついで木炭に添えられていた手紙――こちらはイズナではなくお目付け役の水仙から――を改めて確認する。
「……ふむ。なるほど……」
流石に刀鍛冶は教えてもらって練習するしかないか。水仙からの手紙を読んで、カイトはこちらについては特に目新しい所もないかと考える。木蓮流は木炭の製造は非常に特殊でかなり難しいものだが、刀鍛冶そのものに関してはさほど珍しい技法はない。
無論木蓮流の力を宿さねばならないので一部には特殊な技術があるが、それは中津国政府が管理している虎の巻とも言える資料に情報が記されている。なので基本となる刀鍛冶については中津国側が用意してくれた鍛冶師に教わっているとの事であった。
「……ま、後は頑張ってもらうか」
刀鍛冶に関してはオレが言う事でもないし、何か言える事もないか。カイトは単なる刀鍛冶に関してはそういうものかという程度だ。まぁ、まだ木蓮流の刀は一本も届いていない。剣士である彼が何か判断出来る所はなかったのは無理もなかっただろう。というわけでカイトはその後も上機嫌で、マクスウェルへと帰還するのだった。
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