第3685話 殺し屋ギルド編 ――最下層――
かつてカイトが拿捕した殺し屋の一人ジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイト。彼はデュイアへの対価として『陰陽石』という特殊な魔石を求めて、瞬を連れて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして『光闇山』にたどり着いた二人だが、目指すのは山頂ではなく麓にある迷宮だった。というわけで迷宮の中を進む二人は数度の戦いを経て草原エリアを脱出すると、次は無数に部屋のある黒い建物の中に迷い込んでいた。
というわけで今度は通路の両側にある無数の扉を開けては中を確認し、時に宝箱を。時に魔物を見付け、と何度となく繰り返していた。
「……はぁ。何個目だ。これ、本当にどこかにあるのか?」
「正直ここでダウンする奴も珍しくないらしい。それこそ何度も見つからないから諦めるって塩梅にな」
「本当に諦めたくなってきたぞ、そろそろ……」
もう何十と部屋を開け続けてきたが、一向に見つからないのだ。いくら瞬でもそろそろ精神的に厳しいものが出始めていた。といってもこれはまだ正解がこの中のどこかにある、と知っているからこそ出来る事だし、カイトという助言者が居るからこそここまで我慢出来ていると言っても過言ではなかっただろう。というわけでそんな彼の弱音に、カイトは笑う。
「あはは……まぁ、確かに二人がかりでこれだ。ちょっとバッドラックが続きすぎてるな……少し効率を上げよう。先輩。何体か出てくるから、警戒しておけ」
「今なら何体でもぶちのめす」
これ以上開けては閉めて、を繰り返すぐらいならば何体とでも戦う。瞬はカイトの言葉に槍を構える。そうして彼が槍を構えると同時。カイトが魔糸を使って一気に両側の5つずつ扉を開いた。
「魔物部屋が……三つ。なにもない部屋が……六個。宝箱部屋が一つ」
「魔糸でわかるのか?」
「ま、物はやりようだ……色々とやりようはある。今回は音波……来るぞ」
「おう」
カイトが指をくんっ、と振り上げると、その動きに合わせて魔糸から光が放たれて魔物の部屋が示される。そうして魔物が出てきたと同時に、瞬が槍で一刺し。他二体はカイトが次のポイントに移動する最中、すれ違いざまに斬り捨てていた。そうして彼が刀を納刀する動きと共に、敵が真っ二つに両断されて消し飛んだ。
「……映画さながらだな」
「地球じゃ割とこれ、喜ばれるな。通路を抜ける瞬間に斬り捨てて、最後納刀と同時に敵の残骸が落ちると……さて、次だ」
「ああ」
この調子ならすぐに見付かるんだろう。瞬は自分が加わって調べるより数倍の速度で終わった調査に僅かに苦笑いを浮かべながらも応ずる。というわけで調べようとしたその前に、カイトが止まった。
「あ」
「どうした?」
「先輩、宝箱の中身だけ回収しておいてくれ。勿体ない」
「あ、ああ、そうだな。確かに無駄にする必要はないか」
カイトの言葉に瞬は確かに、と納得する。何より彼が戦いに参加するよりカイトが一人で部屋を調べて、宝箱を瞬が回収した方が圧倒的に早く終わりそうではあった。というわけで二人で分担して調査を開始してから、およそ十分ほど。あっけなく次への階段が見つかり、次の階層へと向かう事になるのだった。
さて白い草原や黒い建物、黒い洞窟など様々なエリアを抜けておよそ4時間ほど。二人は一度小休止を挟みながらも、ついに最下層へと到着していた。
「おー……中々面白い奴が出てきたもんだな」
「何なんだ、あいつは」
「『黄泉白人』っていうかなり珍しい魔物だ」
「『黄泉白人』? 確かに真白い人型だが……なんというか、不気味というか……はっきり言えば呪い殺されそう? そんな塩梅だな」
「あははは……そうだな。確かにオレも最初見た時は思った。デカさ以外はホラー映画に出てきても不思議はない見た目だ」
瞬の感想に笑いながら、カイトは改めて『黄泉白人』を見る。その容姿はボロボロの布を身に纏った長いボサボサヘアの人型という所だ。
手足は瞬の言う通り病的なまでに真っ白で、かなりやせ細っている。肌艶もとてもではないが良いとは言えない。眼窩は窪み怪しい光を湛えており、明らかに尋常ではない様相であった。
「大きさは……5メートルほどか? いや、それよりは少し小さそうか……弱そう、と思うのは馬鹿の所業だろうな」
「正解だ……決して弱い魔物じゃない。見た目に油断すれば次の瞬間には死んでるだろう」
「そうか……」
おそらくかなりの特殊能力を有している魔物なのだろう。瞬は見た目に左右されず、実際に肌身に感じる感覚を頼りに戦う事を胸に刻む。というわけで彼はカイトへと問いかける。
「……先手を頼んで良いか?」
「あいよ……ま、戦闘の主体はやってみろ。オレは倒せちまうからな」
「わかった」
「よし……じゃ、今回の得物は……これにしておくか」
瞬の応諾に、カイトは得物を弓矢へと変更する。どうやら接近戦を瞬に担当させて、自身は万が一危うい場合に弓矢で支援するという形にしたようだ。だがそれに、瞬が思わず吹き出した。
「先手を頼んだのにそれか」
「これで大丈夫なのがオレの強みだ」
「そうなんだろうが」
確かにカイトの場合それでも出来てしまうのだからなんとも言えない。というわけで思わず笑うしかなかった瞬を尻目に、カイトは『黄泉白人』の待つ部屋へと突入する。
「ほいやっさ!」
たったったっ、と数度跳躍にも似た疾走を繰り広げ、最後の一歩で『黄泉白人』の真上を大きく通り越すように跳躍。その最中に弓に矢を番え、頭部に向けて容赦なく矢を放つ。だがそんな矢はいとも簡単に鋭く尖った爪で斬り裂かれ、『黄泉白人』はカイトの方、即ち瞬に背を向ける格好で前傾姿勢を取った。
(やはり速さはかなりのものか)
紫電を纏い、瞬は地面を蹴る。その頃にはすでに『黄泉白人』はカイトに向けて駆け出しており、一方のカイトはバックステップで距離を取りながら矢を放ち牽制する。
とはいえ、その牽制はほぼすべて泣き声にも似た雄叫びを上げて振るわれる爪により斬り裂かれ、一切命中する事はなかった。そうしてカイトとの距離が縮まっていくが、それより前に瞬が『黄泉白人』の背後へと肉薄する。
「はぁ、っ!」
速い。自身に気付くや否や一瞬でこちらを振り向いてきた『黄泉白人』に、瞬は思わず目を見開く。そうして彼が驚き、突き出そうとした槍を防御に回すかそのまま攻撃に回すか悩んだ一瞬で、『黄泉白人』が爪を振るう。
「っ!」
「言っただろ! 見た目に油断するなって!」
「すまん!」
爪が瞬の身体を切り裂く直前、カイトが鏃を潰した矢を放って瞬の身体を吹き飛ばす。そうして空中を吹き飛んだ瞬はすぐに体勢を立て直すわけだが、その時にはすでに『黄泉白人』は彼の前へと肉薄していた。
「っぅ!」
速いし力も強い。瞬は放たれた爪を今度はなんとか防御するもの、その力強さに再び驚かされる。とはいえ、流石に今度は同じ轍を踏む事はなかった。
「はぁ!」
数度の槍と爪の応酬の後、渾身の力を込めて瞬は激突に合わせて『黄泉白人』を押し返す。そうして今度は『黄泉白人』が吹き飛ぶ番だ。
それに、瞬が地面を蹴って追撃する。だがその瞬間だ。爪で地面を抉りながら減速していた『黄泉白人』が吼えた。
「っぅ!?」
響き渡る金切り声に、瞬は思わず不快感で顔を顰めて思わず足を止める。黒板を爪で引っ掻いた音に、更に魔力を乗せて不快感を増幅させたような音。後に瞬がそう語るような嫌な音だった。
「ちぃ!」
不快感で顔を顰めた瞬へと、再度『黄泉白人』が肉薄。爪を振るうが、これに瞬は盛大にしかめっ面ながらも槍で迎撃。その攻撃を防ぎ切る。とはいえ身体を這い回るような不快感を一旦振り払うべく、瞬は先ほど同様に強烈な強撃を放とうと力を込める。
「はぁ、なに!?」
前に出るような動きで押し返そうとした瞬だが、その瞬間に何かに足を掴まれたような感覚を得て姿勢を崩してしまう。そうして姿勢を崩した所に『黄泉白人』は容赦なく鋭い爪を突き立てようと振り下ろすが、その瞬間にカイトが矢を放って『黄泉白人』を吹き飛ばした。
「っ、すまん!」
「何が起きたかわかったか?」
「いや……何が起きたんだ?」
自身の真横に舞い降りたカイトの問いかけに、瞬は大急ぎで起き上がりながら困惑気味に首を振る。起き上がる直前に確認のため足を見たが、確かに何かに掴まれたはずなのにそこには何もなかった。
「だろうな……まぁ、そうだな。これはオレが戦うから遠目に見ておけ」
「わ、わかった」
何が起きたかは定かではないが、少なくとも今のをもう一度やられれば間違いなく自分は死にかねない。瞬はカイトの手助けをありがたく受け取る事にしたようだ。というわけで起き上がった『黄泉白人』へと刀へと切り替えたカイトが肉薄する。
「ほいほいほいっと」
カイトにとって『黄泉白人』とは本気になる必要のある敵ではない。なので彼は敢えて『黄泉白人』に攻撃が受け止められる程度の、先程の瞬と同程度の力で攻撃を繰り広げる。そうして数度の攻撃の後、瞬はカイトの足元に白い水のような何かが広がるのを見る。
「あれは……なんだ? っ、腕……か?」
カイトの足首に伸びていく透明に近い腕のような何かに、瞬は必死で目を凝らす。こうして目を凝らしているからわかるが、戦闘中に横目で確認するとかなり厳しい程度の薄さの腕だった。そうして何かを理解した瞬に、カイトが念話をつなげる。
『こうやって下に自分のフィールドのような物を広げて、敵の動きを縫い留めるんだ。で、姿勢を崩した瞬間にぐさり、ってわけ』
「エグいな……だが触れられる瞬間まで気付けなかったぞ」
『中々に気付くのは難しいな。触れられるまで実体化もせんからな。霊体に近いみたいだ……まぁ、気を学んで少しは見れるようになったから、ようやく見えるようになった程度だろう』
「と、いうことは……まさかここは気が使えなければ」
『まー、死ぬ可能性は高いだろうな。といってもこいつが出てくる事は稀だから、そこまで警戒する意味もないが。とはいえ、気配はある。見切る事は出来ないわけではない』
思わず青ざめる瞬の言葉に、カイトは笑いながら今回は運が悪かったと案に告げる。というわけで放たれた霊体の腕をカイトは気合一つで吹き飛ばし、ついでに『黄泉白人』も吹き飛ばして瞬の所へと戻って来る。
「ま、こんな塩梅だ。後は幾つか警戒する要素があるが……あの腕ほどじゃあない。後は頑張ってみろ」
「……わかった」
とりあえず一番警戒しなければならない攻撃はわかったのだ。ならば後は練習あるのみ、という所だろう。というわけで瞬は起き上がった『黄泉白人』へ向けて、再度肉薄。戦闘を再開させるのだった。
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