第3684話 殺し屋ギルド編 ――黒い建物――
かつてカイトが拿捕した殺し屋の一人ジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイト。彼はデュイアへの対価として『陰陽石』という特殊な魔石を求めて、瞬を連れて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして『光闇山』にたどり着いた二人だが、目指すのは山頂ではなく麓にある迷宮だった。というわけで迷宮の中を進む二人は数度の戦いを経て草原エリアを脱出すると、次は無数に部屋のある黒い建物の中に迷い込んでいた。
「……」
ガチャ。そんな音と共に扉が開いて、瞬はそっと中を見る。そうして彼は目を見開いた。
「お」
「どした?」
「宝箱だ」
「お、あたりか」
瞬の言葉にカイトが笑う。まぁ、あたりは次への階段やら出口やらなのだろうが、なにもない部屋が圧倒的に多いのだ。そうして彼が中に入る一方、カイトもまた自分の持ち分の部屋を開く。
「おっと……こっちもあたりか」
瞬に対して、カイトのあたりはどうやら皮肉としての意味合いだったようだ。首を鳴らしながら、彼は開いた扉の中へと消えていく。
「あっちは魔物か……とりあえず宝箱を回収してしまうか」
カイトの事なので、どういう魔物が現れようと大した問題にはならないだろう。瞬はそう判断すると、こちらはこちらで小遣い稼ぎに勤しむ事にする。というわけで中央に鎮座していた金縁の箱へと近付いて、中を確認する。
「……これは……」
役には立たないだろうが、高くは売れそうだな。瞬は中に入っていた銀色の腕輪を持ち上げる。
「ルビー……か? わからんが……この透明なのはダイヤモンド? わからん……」
こういう装飾品には明るくないんだ、俺は。瞬は内心でそう言いながら、持っていた小袋に豪奢な腕輪をしまい込む。まぁ、いくらなんでもそこそこ難易度の高い迷宮でガラスなどの偽物が置かれている事はないだろう。瞬はそう考え、後で鑑定してもらおうと判断する。
「これと後は回復薬が幾つか、か……こっちは有り難いな」
やはり魔槍の力を常に使い続けていたのだ。魔力は相応に消耗しており、回復薬は素直に有り難かった。というわけで一本だけ拝借しておくと、残りはベルトに吊り下げている専用のポシェットに収納。万が一の場合に飲めるようにしておく。
「よし」
これで全部か。瞬は宝箱の中身が空になったのを確認すると、立ち上がって部屋を後にする。というわけで部屋を後にすると、すでにそこではカイトが待っていた。
「……まぁ、終わっているよな」
「当たり前だろ。宝箱の方が時間掛かる」
「だろうな」
カイトにとってここで魔物相手に時間を使う必要なぞなにもない。だがそんな彼でも貴重品が収められている宝箱には時間を費やすしかない。というわけで二人が合流して、次の扉を開く。
「……こっちは空だ」
「こっちもだな……まぁ、基本は空の部屋の方が多いから当たり前といえば当たり前だが」
「そうか……まぁ、これだけ部屋があって何かがある部屋が多くても困るか」
基本的に何かがある部屋はおおよそ全体の3割程度。なにもない部屋の方が圧倒的に多かった。残りの3割の内、2割と少しは魔物、1割弱が宝箱部屋という塩梅であった。まぁ、圧倒的に魔物の居る部屋の方が多いのは仕方がないという所だろう。というわけで再び何もない部屋が幾つか続いた後、ついに瞬は魔物と遭遇する。
「……これは……不死者系か」
「お、あたりか」
「らしいな」
どうやらカイトの方は再び空だったらしい。楽しげに瞬の部屋を覗き込む。
「ここは生命力の高い魔物ばかりじゃなかったのか?」
「反動みたいなもんだ。生命力が高い魔物もいれば、その反作用のように不死者系の魔物も現れる。まぁ、系統としては黒いエリアは不死者系。白いエリアは、って所か」
「なるほど……」
瞬が相対するのは、骨で出来た戦士だ。とはいえその骨の戦士は全長3メートルほどもあり、明らかに人間離れした体躯だった。
「よし」
おおよそはわかった。ならば後は戦うだけだ。瞬は槍を構えると、呼吸を整え骨の戦士と相対する。
(コアは……見えん。ならば頭部か? それとも鎧に守られた胴体か……)
どちらかはわからないが、そのどちらにもという可能性も大いに有り得る。瞬は不死者系の魔物を討伐する上で一番確実な方法を思い出しながら、敵のコアを探す。そうして彼が敵の様子を探っていると、先に骨の戦士が動いた。
「っ」
ぶおん、と業風と共に振り下ろされる巨大な大剣をバックステップで回避して、瞬は着地と同時に背後に回り込むような動きで骨の戦士の側面を確認する。
(むぅ……胴体は完全に覆われているパターンか。鎧を崩すのは些か手間なんだが)
本来槍とは突き刺す物だ。なので瞬も貫く事は得意だが、切る、叩く事はあまり得意ではなかった。とはいえ、苦手苦手と言ってやらないわけにもいかない。なので瞬は自らの魔力で編んでいた槍の構造を少しだけ切り替える。
(重量を重くして……さらに先端を重く。ハンマーのように)
確かに打撃や斬撃は得意ではないが、魔力で槍を構築している瞬はその構造をある程度自由自在に変更出来る。なのでやろうとすれば青龍偃月刀や薙刀のように穂先を刃にして斬撃を放つ事は普通に出来るし、今のようにハンマーみたくして打撃は不可能ではなかった。得意不得意で言えば刺突が一番得意、その次に斬撃、最後に打撃という所だろう。
「はぁ!」
先端を重くして、柄を強固にして瞬は薙ぎ払うように骨の戦士の鎧を打ち据える。そうして大きな音が響いて、骨の戦士の鎧が大きくへしゃげる。
「流石に一発は無理か!」
振り向きざまに放たれる横薙ぎの斬撃を距離を取る事で回避して、瞬は僅かに悪態をつく。そうして距離を取って、しかしその反動を利用して瞬は一気に距離を詰める。
「はぁ!」
再度、槍の柄を叩き込むように打撃を繰り出す。得意ではないが、穂先の重量に加えて遠心力が乗った打撃だ。その威力は生身であれば十分に殺せるだけの威力を有していた。そこに魔力を乗せれば、十分に金属の鎧だろうと壊せるだけの威力があった。そうして二度の打撃で、鎧に僅かに亀裂が入る。
「……見えた」
亀裂の隙間から漏れ出る光に、瞬はこの骨の戦士のコアが胴体部に収められていると判断する。そんな彼に向けて、骨の戦士が大剣を振り下ろした。
「おっと」
瞬は振り下ろされる大剣をサイドステップで回避して、右手をボディーブローのように叩き込んで骨の戦士を突き放す。とはいえこれは攻撃としてよりも、自身が体勢を整える意味合いが強かったようだ。すぐに骨の戦士が体勢を整えるが、その頃にはすでに瞬も体勢を整えていた。そうして僅かに槍の穂先をななめ下に下げるような格好で構え、瞬は地面を蹴る。
「ふっ!」
音の壁をぶち破り、瞬が一気に距離を詰める。それに骨の戦士が横薙ぎに大剣を振るうが、それに瞬は跳躍して回避。更に内側へと踏み込む。
「はぁ!」
自身の間合いに入ると同時に、瞬は虚空に足を掛けて一気に槍を骨の戦士の鎧目掛けて突き立てる。そうして放たれた刺突はひしゃげて割れかけていた鎧を安々貫いて、内側のコアを破壊するのだった。
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