第3680話 殺し屋ギルド編 ――迷宮――
かつて『子鬼の王国』の一件にて捕らえた殺し屋ギルドの幹部リトス。彼女は謂わば現地の司令官という感じではあったが、それを捕らえた事によりカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受けた事をきっかけとして捕縛した何人かの殺し屋達。
その一人であるジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイトは、その情報を元に殺し屋ギルドへの反撃をバルフレア達に打診。その受諾を受けて、彼はデュイアが対価として求める『陰陽石』という特殊な魔石を求めて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
「ここか……なんというか本当に迷宮というような、だな」
「そうだな。オレも最初に来た時はそんな印象を受けたよ」
瞬の言葉に、カイトは改めて目の前に広がる迷宮の入口を見て笑う。
「真白いワームホールに、白と黒の渦巻く何かのモヤみたいな波動みたいなのが吹き出て渦巻く……ゲームでよくある演出だ」
「ちょうど山の麓にあるのか……なぁ、一つものは試しに聞いてみたいだけなんだが、この山の山頂には何があるんだ?」
「何があるって……何もないが。確かにここらは特殊な空間だが、山は山だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そ、そうなのか」
てっきりこんな特殊な場所なのだから、山頂には何かそれにちなんだ特殊な光景でも広がっているのではなかろうか。瞬はそう思い問いかけたようなのだが、カイトの返答に思わずたたらを踏む。とはいえ、これにカイトは笑った。
「まぁ、敢えて言うのであれば生命力は非常に高い場所だから、それが集まっているという所はあるかもな。だから耐え切れれば、という前提が入るが怪我の治癒は最も効率が良くなるだろう。過剰反応で死ぬ可能性も十分にあるけどな」
「そこはここまでも一緒だったろう」
「だろ? だから山頂だから何かが変わる、という事はない。それに山と言っても『光闇山』は数百メートル級の小さな山だ。富士山みたいな霊山でもないし、エベレストみたく生存困難なレベルの高い山でもない。そこまで特殊な事が起きても困るさ」
「それはそうか」
カイトの指摘に瞬も確かに、と納得する。まぁ、それでもこの『光闇山』そのものが特殊な場所なので何か不思議な事が起きても、と思わなくもないがせいぜい数百メートルの山だ。勾配やらの関係でそういった変化が起きる事はかなり稀な事らしかった。
「まぁ、もちろん起きないわけじゃないんだが……それでもそれが起きるのを待つ意味はないし」
「何か起きるのか?」
「『生命石』という特殊な鉱石が生成される事がある……謂わば生命力……気が固まって物質化したような物質か。単発限りではあるが呪術などの強力な呪いを防いでくれるっていうかなり珍しい魔道具を作る素材になる……だからここに来る冒険者は半分がこの迷宮もとい『陰陽石』が目的か、その石が目的かのどちらかだ。まぁ、『陰陽石』は上手く行けば一日で回収出来るのに対して『生命石』は下手すりゃ何日も何ヶ月も待たないといけないからどっちが難しいかは知らんが」
「そうか……今はありそうなのか?」
「わからんよ。そんな大きな石でもないし、最悪は山頂に埋まっている可能性もある。見に行く程度の時間はあっても探す時間はない……かな」
「そうか」
何よりそれが目的で来ているわけもなし。瞬はカイトの言葉にこれ以上の興味を見せなかった。というわけでそんな彼は改めて目の前の迷宮に注目する。
「この迷宮は何か条件があるか?」
「いや、特にはない。持ち込みとかも自由だ。ただまぁ、色々と難易度は高い迷宮だ。そもそもここに来るまでの難易度も高いしな」
「そうか……良し。準備完了だ」
「特に何か準備したわけでもないだろ」
「まぁな」
笑いながら指摘するカイトに、瞬もまた笑いながら同意する。単に心づもりが出来た、程度でしかなかったようだ。というわけで二人は改めて迷宮へと向けて進み出す。
「ああ、そうだ。難易度は高いし魔物もまぁ、比較的強くはあるが。先輩でも十分勝てる領域だ。そこまで緊張する必要はないぞ。ここまでに来た事がある迷宮の中では一番強いかな程度だ」
「そうか……良し」
カイトの言葉を聞きながら、瞬が迷宮の入口へと一歩進み出す。そうして彼の周囲を白黒のモヤが包み込み、彼の周囲の光景が一変する。
「……なんというかモノクロ? 昭和レトロな、というか……」
「あははは。そうだな。そう言えるかもしれん」
迷宮の中だが、そこは白黒画像の中のような光景だった。幸い外のように白一色で覆われているということはなかったので精神的に参ってしまう事はない事は幸いだろう。
「洞窟……というわけではないのか。何か草原というか大自然の中というか……何を目印に奥に進めば良いんだ?」
「そこがこの迷宮で難しい点の一つでもある……良し」
「帰還用の魔道具か……まぁ、迷宮だから当然か……っと」
「先輩用のだ。オレは前に使わなかった分があるから問題ない」
カイトが手にしていた球状の魔道具を自身も受け取って、瞬はここが改めて迷宮であると理解する。こういった何かしらの帰還用の魔道具が入口付近に置いてあるのは迷宮の特徴だ。特に気にする事もなかった。
「そうか……まぁ、踏破すれば余るか」
「そういうこと。それに使わないからと捨て置く必要もない。ならありがたく貰っておこう」
「だな……」
「さて、それでここの迷宮だが、どうやって奥に進めば良いかと問われると簡単は簡単だ。基本は太陽を目指せ」
「太陽……あれか」
カイトの指さした方角を見て、瞬はここでの目印を叩き込む。とはいえ、カイトは基本はと言ったのだ。つまり、基本ではないパターンもあるという事だろう。というわけで、彼はそれを問いかける。
「基本は、ということは基本じゃないパターンもあるのか?」
「ああ。どこかの建物の中パターンだな。その場合は厄介で、とりあえず部屋を虱潰しに探していって階段を探さにゃならん」
「廊下に階段がある、とかはないのか」
「残念ながら今のところオレは見たことないな」
「そうか……まぁ、部屋を探し回るだけで良いならまだ良い。謎解きなら面倒くさいことこの上ないからな」
「あはは。それは全くだ」
瞬の指摘にカイトもまた笑いながら同意する。彼としても何か考えるより魔物を倒して先に進む方がやりやすかった。というわけでそんな風に笑った二人はひとまずカイトの言う通り太陽を目指して進んでいく事にするのだった。




