第3678話 殺し屋ギルド編 ――光闇山――
かつて『子鬼の王国』の一件にて捕らえた殺し屋ギルドの幹部リトス。彼女は謂わば現地の司令官という感じではあったが、それを捕らえた事によりカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受けた事をきっかけとして捕縛した何人かの殺し屋達。
その一人であるジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイトは、その情報を元に殺し屋ギルドへの反撃をバルフレア達に打診。その受諾を受けて、彼はデュイアが対価として求める『陰陽石』という特殊な魔石を求めて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして榊原家が用意した小屋から『光闇山』へと出発して十数分。瞬は純白の人型の魔物と遭遇。当初気配読みも通じず音等による知覚も無理な状況となり苦戦を強いられるが、雷のセンサーを拡張する事によりこれを撃破する。
「ふぅ……なんとかか」
純白の人型へと槍を突き立て、瞬は僅かに安堵で胸を撫で下ろす。そうしてその槍の穂先から赤黒い力が迸り、純白の人型の魔物を内側から侵食する。と、そうして赤黒い力が内側から迸るとまるで風船が萎むように内側から槍へと取り込まれる。これに他ならぬ瞬が仰天する。
「うぉ!? なんだ!?」
「面白い力だな。簒奪……か」
「さ、簒奪……と、いうより吸収……じゃないか?」
「そうとも言えるが……魔力と共に生命力を奪い取っている。奪い取る、と考えれば簒奪の方だろうな」
「何が違うんだ?」
結局は相手の力を自分の物にしているんだから一緒なのではなかろうか。瞬はカイトの語る差異が理解出来ず、小首をかしげる。
「吸収よりももっと強引で、もっと不躾なもんだ。ここらが魔槍の最たる所、と言っても良いだろうな」
「だから何が違うんだ?」
「言ったろ? もっと強引で、もっと不躾だって。どこまでも自分本位で、相手に一切の容赦がない……存在そのものをも吸い取ってしまうほどにな」
「あ……」
そう言えば。瞬は先程驚いていたせいでスルーしてしまったが、<<赤影の槍>>は魔物の存在そのものを吸い込んでしまっていた。瞬はそれを思い出して慌てて自らの槍を見る。
「思い出したみたいだな。そこが吸収と簒奪の違い、魔槍の最たる所以と言えるだろうな。無論一言で魔槍と言っても多種多様。そいつの固有能力にも近いのかもな」
「そうなのか……ん? ということは魔槍と一言に言っても他の力もあるということか?」
「そうだな。例えば傷の治りを遅くする力を持つ武器もあるし、癒えぬ毒を与えるような武器もある」
「……ん? 待て。癒えぬ毒!? 治らないのか!?」
「あはは……ま、限度はある。力で上回れば治せる」
「上回れなければ?」
「そんときゃ死ぬだけだな……地獄の苦しみを味わった後に、だが」
「出来れば負いたくないな、そんな傷……」
「オレも未経験だから、珍しいオレが未経験分野の開拓になるかもな」
「御免被る」
そんな分野の開拓者になぞなりたくない。カイトの冗談めかした言葉に瞬は半ば睨むような顔で首を振る。
「あははは……ま、そうだな。だが本質的にその槍はそういった類の物と同一だ。使いこなせなくなった瞬間、終わりだ」
「そうか……だが不思議だ」
「何がだ?」
「いや、そもそもこの槍はコーチの持つ槍と同じ拵え、同じ素材で出来たものだろう?」
「そうだな……そうだな」
「な、何だ、急に」
どこか遠い目をするカイトに、瞬が目を丸くする。まぁ、コーチことクー・フーリンと同じ槍というがこれは実際は彼らスカサハに学んだ一門が有する揃いの槍のようなものだ。同じ槍に何度となく刺されているカイトは、改めて思い出して少しアンニュイな気分になったらしい。
「……いや、なんでもない。とりあえずそうだが、それがどうしたんだ?」
「いや……それなら殺すとかそういうもっと禍々しいものになるんじゃないかと」
「何を言ってるんだ? 正しく殺すという行為に他ならないだろ」
「は?」
「おいおい……存在そのものを跡形もなく殺してるだろう。簒奪と言えば聞こえが良い……良くもないが、命そのものを、それこそ命が入っている入れ物ごと殺しているんだ。ある意味刺殺だけより遥かにエグいだろうに」
「あ……」
確かに簒奪と言えば奪い取るだけに思えてしまったが、その末路は先程瞬が見た通り跡形も残さず吸収してしまっているのだ。死体さえ残さず殺している事を考えれば、より一層危険だとさえ言い切れた。そうしてまじまじと自らの魔槍を見る瞬がふとカイトへと問いかける。
「……何故今になってこんな力が発露したんだ?」
「おそらくこの地に来た事でその槍は力を抑制されているからだろうな。この空間では常にその槍の力を解き放っているような状況だ。その槍は常に枯渇状態にある。今まで使わなくて良かった力を解き放たねばならない程度にはな」
「なるほど……っ」
「気を付けろよ。おそらくそいつは枯渇が激しくなると先輩からさえ奪い取ろうとするだろうよ」
「魔槍とはそういうもの、か」
僅かに獰猛に笑いながら、瞬はカイトの言葉に改めて自らが持つ槍が魔槍であると理解する。
「そうだ……ま、だからここの魔物だろうと差し込めれば確実に殺せるだろう。さっきのアイツ、本来なら再生力が異常に高い魔物だったんだ。それこそ手足が千切れてしまったらそこから別個体が生えてくるぐらいにはな」
「なっ……ヒトデみたいだとは思っていたが……ほ、本当にヒトデみたいな魔物だったのか」
「あははは。そうだな……だがそういう場所だからこそ立ち入りは厳しく制限されているし、無策に突っ込む事は出来ん」
おそらくこの槍がなければ自分は立ち入る事さえ出来なかったのだろうな。瞬は自らの槍を三度確認し、それをはっきりと理解する。と、そうして槍を見ていた瞬がふとピクリと顔を上げた。
「……ん」
「少しは感覚が掴めてきたみたいだな」
「ということは敵か」
「ああ」
少しは感覚が掴めたのなら、敢えて任せる理由も特にはない。楽しげなカイトはそう判断したのか、携えていた大鎌を振って見栄を切る。そうして見栄を切って、そのまま大鎌を薙ぎ払う。
「はぁ!」
「……は?」
「こういう手もあるんだぞ、と」
「え、えぇ……」
先ほどまで白かった視界が一気に晴れて大きく周囲が見えるようになり、瞬が思わず困惑する。言うまでもなくカイトが大鎌で切り裂いたのだ。
「感覚で把握する、ってだけが能じゃない。場の改変ってのも選択肢だ。そもそもこの大鎌やその槍で周囲を晴らしているんだから、それを拡張するのも一つの手だ」
「あ、あぁ……そうだな」
確かに言われてみればそのとおりだが。瞬はカイトの指摘に半笑いで同意するしか出来なかった。まぁ、そう言ってもここまでの規模で場の改変を行えるのはカイトぐらいだろう。
「じゃ、さっさと始末しますか。敵は群れだ。さっさと片付けないと次の群れが来ちまうからな」
「そういうことか」
カイトの言葉に瞬も改めて周囲を確認してみれば、そこには十数体からなる真っ白な子鬼のような魔物が近付いてきていた。とはいえ、こちらは先程の純白の人型の魔物ほどの厄介さは感じられなかったし見受けられなかった。色以外に強いて外の子鬼達との違いを挙げるとすれば、その身体はかなりゴツく筋肉質な様子があるという程度だろう。というわけで、二人は次の群れに遭遇する前に、と手早く白い子鬼達の群れを壊滅させて再び出発するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




