第3678話 殺し屋ギルド編 ――交戦――
かつて『子鬼の王国』の一件にて捕らえた殺し屋ギルドの幹部リトス。彼女は謂わば現地の司令官という感じではあったが、それを捕らえた事によりカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受けた事をきっかけとして捕縛した何人かの殺し屋達。
その一人であるジェレミーという少年の別人格デュイアが殺し屋ギルドの暗号を知っている事を掴んだカイトは、その情報を元に殺し屋ギルドへの反撃をバルフレア達に打診。その受諾を受けて、彼はデュイアが対価として求める『陰陽石』という特殊な魔石を求めて中津国にある『光闇山』という特殊な山へと訪れていた。
そうして榊原家が用意した小屋から『光闇山』へと出発して十数分。瞬は純白の人型の魔物と遭遇する。
「……」
目視可能な距離にまで敵が到達して、瞬は呼吸を整えながら槍を構える。そうして彼は敵が動くまでの一瞬を敵の把握に費やす事にする。何をしてくるかわからない上に、彼にとっては未知の領域だ。下手に攻め込むのは危険と判断したようだ。
(全く無茶を言ってくれる……敵、人型の魔物。ただし顔に目も口もなければ手足に指などなく、尖った手足……というか手足、だよな……どちらにせよ気味が悪いな)
純白の人型の魔物は謂わばヒトデを大型化して手足のバランスを人に近づけたような異質な見た目だ。ただ純白なのでこの空間ではほぼほぼ見えないにも等しく、今も周辺のほぼほぼ真っ白い空間に隠れて今にも見失いそうであった。
(どう動く)
相手は魔物だ。基本的にはこちらを見かけ次第攻撃してくるものと考えて良い。ならばその攻撃にカウンターを叩き込む。瞬はそのつもりだった。
「……」
純白の人型の魔物と睨み合ったまま、瞬は敵の一挙手一投足に注目する。そうして数秒。彼は思わず目を見開く事になった。
「っ!? なに!?」
まるで水平に地面を滑るように、ヒトデのような魔物が瞬の顔面目掛けて刺突を繰り出してきたのだ。そうして間一髪刺突を回避した瞬だが、その次の瞬間。彼の胴体にヒトデのような魔物の脚部が激突する。
「ぐっ! くっ」
ずざざざざっ。地面を抉るようにして減速し、瞬は顔を上げる。だがかなりの距離を飛ばされてしまったようで、敵影は薄っすらと見える程度になってしまっていた。
(助かったか)
まだ見失うレベルではない。瞬は何が起きたかわからず困惑しながらも、もう一度チャンスはあると胸を撫で下ろす。
(速度はかなりのものだった……音速……は到達していそうか……?)
そこらは微妙だが、かなりの速度である事は確かだ。故に瞬は即座に体勢を整えると、改めて敵の動きに注目する。そして直後だ。先程と同様にまるで動きを見せる事もなく、純白の人型の魔物が瞬目掛けて飛び掛かる。
「っ! そう何度も!」
一度目が油断していたわけではないが、やはり唐突な驚きはあった。流石に二度目は瞬も警戒していた。故に二度目の刺突は瞬が即座に対応し、放たれる刺突を槍で絡め取るように打ち払う。そうして絡め取った腕を叩き落とすように、純白の人型の魔物を地面へと叩き落とす。
「っ」
純白の人型の魔物を地面に叩き落とし、瞬は何が起きていたかを理解。次の動きを察して、その場から後ろに跳躍して回避する。
「っと……なるほど。こいつはある意味軟体動物に近いのか」
人型の魔物だから骨があり筋肉がありとなっているのかと思っていた瞬だが、どうやら動きの秘訣は手足が僅かに膨らみその反動で跳び上がっていたかららしい。そして当然だが脚が動かずに飛んでくるのだ。音が殆どしないのも無理はなかっただろう。というわけで敵の動きを理解したわけだが、だからと簡単に対応が出来るようになるわけでもない。
(おそらくそんな簡単な話じゃないんだろうな)
ぐっと身を屈めて槍を構えて攻撃の姿勢を取りながら、瞬はそう考える。とはいえ、一つタネは割れたのだ。ならばそろそろ攻めに転じよう、と考えて瞬が跳躍する。だが、その次の瞬間だ。彼が動くとほぼ同時に、純白の人型の魔物もまた先程までとは別の動きを見せる事になる。
「っぅ!?」
まずい。攻めに転じるとなって雷による思考の活性化を行った瞬は違和感に気付いたその瞬間、虚空を蹴って軌道を変更する。そしてその直後だ。彼の居た場所を目掛けて、無数の突起が放たれる。
「そんなことも出来るのか!」
元々手も足もない全体がのっぺりとした魔物だとは思っていたが、どうやらこの魔物は身体の一部を変形させて棘のようにして伸ばす事が出来たらしい。
それを見て瞬は大きく跳躍せざるを得ず、故に彼はとうとう敵を見失う事になる。まぁ、串刺しとどちらが良いか、と問われれば見失い再起を図る事が出来る方だろう。仕方がなかった。
「……ふぅ……見失った、か」
着地と共に呼吸を整え、瞬は周囲の状況に意識を巡らせる。一応雷によるセンサーも展開しているが、やはり生命力に満ち溢れた空間であるせいか反応は鈍かった。全ての方向に生命があるような感覚があるからだ。
「……」
雷のセンサーを伸ばし、おそらく敵が居るだろう方向に感覚を集中させる。そうして敵の動きを待つわけだが、そんな彼へとまるで音もなく純白の人型の魔物が襲いかかった。
「っぅ!」
速い。おそらく十分に溜める時間があったからだろう。自身が目視可能な距離に入ってきた時にはすでに避ける以外出来ないような速度で、瞬は大きく跳躍して距離を取るしかなかった。
「ちっ……距離を取ってこちらを翻弄して嬲り殺す、という腹か」
僅かないらだちを言葉と共に吐き出して、瞬は再度意識を敵へと集中する。そうして彼が再び雷のセンサーを伸ばして敵の行動を待つわけだが、やはり今度もまた回避しか許されないような速度で純白の人型の魔物が跳躍してくる。
「一辺倒な!」
だがこれをやられると確かに避けるしかないし、途中瞬を中心として何度か小刻みな跳躍を行っているのか、どこから来るかわからなくなってしまっているのもまた事実だ。そうして攻撃を受け続けること数度。瞬は違和感に気が付いた。
「……」
センサーに何か固い印象がある。攻撃の直前、瞬は自身の張り巡らせた雷にこの山を満たす生命力とは別の固い印象を受ける何かが触れる瞬間がある事を理解する。
「……これか」
おそらくそうなのだろう。瞬は固い印象を受ける何かこそが魔物の生命力なのだろうと考える。そしてそれに意識を集中した次の瞬間、案の定そこから純白の人型の魔物が飛来する。
「見えた!」
にやり。瞬の顔に笑みが浮かぶ。固い印象を受ける生命力に注目していたからだろう。距離を詰めてきた事で生命力の違いをより一層認識する事が出来るようになったようだ。
そしてこうなれば、後はもう瞬が負ける道理はなかった。というわけでその数分後、瞬は放たれる棘や刺突を掻い潜り純白の人型の魔物の胴体へと槍を突き立てるのだった。
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