第3675話 殺し屋ギルド編 ――白世界――
かつて『子鬼の王国』の一件にて捕らえた殺し屋ギルドの幹部リトス。彼女は謂わば現地の司令官という感じではあったが、それを捕らえた事によりカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受ける事になる。
そうして訪れた殺し屋達を軒並み拿捕したカイトであったが、その中に居た殺し屋の少年の別人格より彼は暗殺者ギルドの大幹部達が使う暗号の情報を入手。それと現在進行中の冒険者ユニオンのシステム大改修を利用する事で殺し屋ギルドへの大打撃を狙う事になる。
というわけでその第一歩となる大幹部達が使う暗号を一度きりだが解読出来るデュイアの求める対価を手に入れるべく、カイトは瞬を連れて中津国に渡航。翌日は朝から榊原家が管理する『光闇山』とやらを目指して、カイトはエドナに。瞬は速度に長けた竜に跨っていた。
「その『光闇山』? とやらはどこにあるんだ?」
「榊原から少し北。火山地帯の一角にある」
「火山か」
榊原には温泉があることから、近くに火山帯があっても不思議はないだろう。というわけで瞬は納得しながらも、どこか胡乱げな様子だった。
「あはは……まぁ、思ってるような場所じゃない。火山地帯の一角だが、先輩の想像するようなマグマがグツグツ煮えたぎる極限環境じゃない」
「そうなのか。それは助かるな」
「ああ……何よりそれならその魔槍でどうにかなる空間でもないだろう」
「それもそうか」
そういえば魔槍があればこそ自分は行けると判断されたんだったか。瞬はカイトの指摘に改めて自分が考えるような場所ではないし、考えが及ぶような場所でもないのだと理解する。そんな彼に、カイトは続ける。
「まぁ、『光闇山』が火山に関係がないかと言われりゃそういうわけでもないから、それはそれとして熱波には耐えられる程度は考えておくべきだが」
「暑いのは暑いのか」
「暑いというよりもう熱いだな……ま、それでもウルカの大砂漠の灼炎には負けるが」
「あれに勝てる天候があってもらっては困るな……」
灼炎というのはウルカの砂漠特有の天候だ。正確には灼炎日という。あそこは色々と特殊な砂漠である事は元から言われているが、その影響が強く出た日がこの灼炎というらしかった。
「あははは。マジでな。あれは熱いのなんの……普通にお湯が沸きそうだからなぁ」
「ボロ布だと本当に発火するんだったか」
「なんの対策もしないと火だるまになっちまうから注意は必須だな」
「あはは……そうだ。そういえば灼炎日に外に出る連中が布に何か薄い青白い液体を染み込ませていたんだが、何か知らないか?」
「ああ、氷珠琳の果汁だろう。氷珠琳を聞いた事は」
「すまん。ない」
「だろうな。大陸北部にある寒冷地で採取される丸い青白い木の実だ。その身は一口食べれば身体が震え、二口食べれば身体が凍ると言われている果物だ。その果汁には強い冷却作用があるから、布に染み込ませて燃えるのを阻止しているというわけだ」
やはりここらの冒険者としての知恵はカイトの方に一日の長がある。しかも彼の場合はどこかに拠点を置かず、古い冒険者達同様にエネフィア全土を旅したのだ。やはり色々と知っている様子だった。というわけでそんな他愛もない話をしながら空中を進み続けることしばらく。火山地帯が近付いてきたからだろう。熱気が漂い始める。
「……少し暑くなってきたな。近いのか?」
「だろうな……まぁ、気候的な暑さというより火属性の魔力が強く影響しているんだろう。体感温度は高いが、実温度は低いかもな」
「なるほどな……ただこれなら俺はまだ大丈夫だ」
カイトの言葉通り火属性の力が大分と強くなってきたのを肌身に感じながらも、瞬はそもそもの相性の関係でこの程度と言える程度だと理解する。
「だろうな……とはいえ、今進んでるのは火山地帯の外れに向かうルートだ。普通に進んでも火山地帯からは外れるから、そこまで暑さは気にする必要はない」
「そうなのか……後どれぐらいだ?」
「10分って所かな。まだ周辺が変化してないから、近くなってはいてももう少し時間は掛かる」
瞬の問いかけに、カイトは周囲を見回して僅かにいたずらっぽい様子で笑う。大方何が起きるかわかりつつ隠しているという所であった。というわけで再び進み続けることしばらく。先程カイトが言った10分の半分、5分ほどが経過した頃だ。瞬は周囲が僅かに黄色くなっている事に気が付いた。
「なんだ?」
「ん?」
「いや、周囲が僅かにだが黄色く……気の所為……か?」
変化は気の所為と感じられるほどには薄っすらとだったようだ。だがこれに、カイトは笑った。
「始まったか……いや、気の所為じゃない。ここから先は段々と周囲の光景が色付いていく。最終的には一面真っ白だ」
「白くなるのか?」
「白みを帯びた黄色だろう? 白くなっていくんだ」
「一面銀世界ならぬ一面白世界か」
「ま、そうだな」
「うん?」
この様子は自分は何か思い違いをしているのだろう。瞬はカイトのいたずらっぽい笑みからそれを理解する。というわけで、その数十秒後。瞬ははっきりと異変を理解する。
「なんだ? 空気が白い?」
「始まったか……ここを訪れる者は白みを帯びていたのが遠くに見える地面や木々ではなく、自分の視界だと理解する事になる。それこそ『光闇山』にたどり着けば、対策しないともう何も見えないぐらいに真っ白だ」
「……」
カイトの声にそちらを見てみれば、カイト自体が白くなっていく事を瞬も理解できた。というわけで進むこと更にしばらく。瞬は身体への異変も感じ始める事になる。
「なんだ? 身体が熱く……」
「もう少しなんだが……先輩、もう少し耐えられるか?」
「やはりこの異変もこの周囲の異変に起因するものか……大丈夫だ。まだ<<雷炎武>>を使った程度でしかないから問題ない」
「よし。そろそろ見えてくるはずなんだが……」
カイトは瞬の返答に頷き、周囲を目ざとく確認する。そうして確認して、彼はすぐにそれに気が付いた。
「あった。先輩、こっちだ」
「うん?」
エドナの進路を少しだけ右にズラしたカイトに、瞬もまた竜の首をそちらに向けて進路を変更する。そうして少し進むと、二人の眼の前には黒色の小さな小屋が現れる。
「小屋? だがこれだけ黒いな」
「この空間の力を無効化する特殊な素材で出来た小屋だ。飛竜やらを休ませるためにある」
「俺達も休めるのか?」
「休む事も出来る……小屋というより簡易のログハウスみたいなもんかもな。二階には休憩スペースがある……まぁ、食料はないんだが」
「そうなのか……まぁ、こんな空間だ。食料の持ち込みも厳しいか」
「ああ……定期的に榊原の家人が来てくれるから、万が一ヤバいってなってもここで休んでりゃ助かる可能性はある」
万が一今後来る事があってヤバいってなったらここに逃げ込むようにな。カイトは瞬に向けてそう告げる。そうして二人は乗ってきた飛竜を小屋に繋げて、一旦ここまでの休息を取りこれからの山登りに備える事にするのだった。
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