第3674話 殺し屋ギルド編 ――榊原――
かつて『子鬼の王国』の一件にて捕らえた殺し屋ギルドの幹部リトス。彼女は謂わば現地の司令官という感じではあったが、それを捕らえた事によりカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受ける事になる。
そうして訪れた殺し屋達を軒並み拿捕したカイトであったが、その中に居た殺し屋の少年の別人格より彼は暗殺者ギルドの大幹部達が使う暗号の情報を入手。それと現在進行中の冒険者ユニオンのシステム大改修を利用する事で殺し屋ギルドへの大打撃を狙う事になっていた。
というわけでその第一歩となる大幹部達が使う暗号を一度きりだが解読出来るデュイアの求める対価を手に入れるべく、カイトは瞬を連れて中津国に向かう事になっていた。
そうして中津国に瞬を連れてくるべく一足先に中津国に入国したカイトは、少しの事情から瞬を呼ぶ前に『榊原』にてピュルテと共に一仕事を終わらせると、夜になる少し前に瞬を呼び寄せていた。
「おぉ、瞬殿。お久しいですな」
「剛拳さん。お久しぶりです」
今回カイトは剛拳から招かれた側だ。なのでそれが連れてきた瞬もまた榊原家の客人として扱われる事になっていた。というわけで彼を呼び寄せた時間が夕方なのも、遅くになり失礼にならないようにという配慮からであった。というわけで久方ぶりの再会を果たした瞬と剛拳なのだが、剛拳がそこで目を見開き喜色を浮かべる。
「ほぉ……男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うものですが。これは流石だ。気配はより研ぎ澄まされ……ですが、この呼吸法は……もしや瞬殿」
「お見逸れしました。そのとおりです。気を活用する呼吸法を学びました」
「やはり」
これは地力も相当向上したようだ。剛拳は瞬が身に纏う気配と内包する活力の上昇、更には僅かに漏れ聞こえる呼吸音から、気を扱う者特有の呼吸法を習得したと理解したようだ。というわけで感心した剛拳に、瞬はかつて希桜から学んだ時の事を思い出す。
「この呼吸法を学んだ時は驚きました。気を吸収する呼吸法は一つだけではなかったのですね」
「はははは。まだ自然には行きませんか」
まだ少し乱れている。剛拳は自身が気を使う者で、その道であれば一日の長があればこそ会話の最中に起きる呼吸の乱れを見抜いていたようだ。これに、瞬は恥ずかしげに頷いた。
「ええ……なるべく自然に体得出来るよう修練していますが……時々忘れてしまいます。それに会話しながらもまだ上手くできない」
「ははは。会話は致し方がない。それを含め時々で済むのなら、十分……と言いたい所ではありますが。そうは言えんのでしょうな」
剛拳の言葉に瞬は少し苦笑いが滲んだ笑いを浮かべるだけだ。その時々が戦闘中、焦ったタイミングであれば命取りだ。ここから先を目指すのであれば、冒険者の壁を超えた時のように意識と身体を完全に切り離してどういう状況であろうが気を扱えるようにならねばならなかった。
「ええ……戦いと戦いの合間ではなく、戦いの最中に使えるようにならねばならん。自分に気を教えてくださった方が笑いながらそう仰っていらっしゃいました」
「ははは。それはまた無茶な事を仰る方だ。ですがそう言う以上は」
「ええ。三人掛かりで攻め立て、呼吸一つ乱す事が叶いませんでした。合間では今みたく間断なく責め立てられればいつかはジリ貧だ。戦いの最中に出来るようにならねば意味なぞない……そう仰って笑われていらっしゃいました」
「あの人は」
「なるほど。カイト殿のお知り合いでしたか」
思わず呆れ返るカイトの様子を見て、剛拳は瞬が師事した相手が誰かを察したようだ。そしてその言葉に、カイトは呆れ顔で頷いた。
「まぁ、そういう所です。先輩やら纏めて相手にして勝てるんだから、相変わらずの実力だ」
「あははは。すごかったな、あれは。俺、ソラ、流桜様の三人でやって片手で笑うんだから凄まじい。実際、四騎士達とどちらが強かったんだ? 流石に俺では比較が出来なかった」
「さぁな……っと、そんな話はどうでも良い。とりあえず剛拳殿。改めてですがしばらくの逗留となります。何卒お頼みします」
「いやいや。ここしばらく様々な手配を下さり、ピュルテ殿まで紹介くださった。二、三日程度の逗留なぞ安いものです」
カイトの改めての依頼に、剛拳は即座に快諾する。まぁ、カイトも言っていたが、ここしばらく定期的に『鎮め石』という呪具の呪いを無力化する特殊な魔石を幾つも送っていた。だがそれらは当然安いものではないし、すぐに手に入るものでもない。
なのでカイトはピュルテに依頼したわけだし、剛拳もカイトが掛けた労力を鑑みれば二、三日の逗留なぞ到底見合わないものだと考えていた。まぁ、それで結局久秀や宗矩らという得難い利益をカイトも手に入れているので彼としてもこの程度の労力は安いものではあったが、そこはそれという所だろう。
「ありがとうございます」
「ピュルテ?」
「ああ、シャルの神官の一人でな。少し仕事を頼んだんだ」
「そうなのか」
今更だがピュルテを招聘したのは瞬が遠征に出ている最中だ。なので瞬は彼女と面識があるわけもなく、こちらへの渡航もエドナを使って渡航している。顔を合わせる機会もなかった。もちろん、仕事が終わった今も顔を合わせる機会はなく、だ。というわけで納得した所で剛拳が問いかける。
「ああ、そうだ。そういえばカイト殿。一つよろしいか?」
「なんでしょう」
「あの純白の女性は如何なるお知り合いか。見事な脚をお持ちでしたが」
「ああ、エドナですか」
当然だが剛拳が見事な脚と言ってエドナの美脚を褒めているわけがない。彼が褒めているのは足技や速度の事だ。
「まぁ……私の古い知り合い……でしょうか。前前世の愛馬で幻獣だったんですが」
「それはまた……あいも変わらずカイト殿でなければ何を冗談をと笑うものですが」
「あははは……まぁ、天馬の類です。速度であれば私を上回るでしょう。いや、次元跳躍をされちゃ勝ち目なんてないんですが」
「なるほど……それは私も無理そうですな」
あはははは。二人は楽しげに笑う。ちなみにそんなエドナだが今はピュルテと一緒に汗を流すと温泉に入っていた。基本人見知りなピュルテだが、同性かつ本質が幻獣に近い存在であるエドナは大丈夫らしい。そうしてしばらく楽しげに笑う二人であったが、しばらくして剛拳が気を取り直した。
「っと、失礼。それで今回の目的は『光闇山』でしたな」
「ええ……少し故有って『陰陽石』を手に入れねばならなくなりまして」
「あれを求めるという事ですので何故か、までは聞きませぬが……昨今殺し屋達と何度となく矛を交えているとのこと。それと関わりが?」
「ええ、まぁ……」
人の口に戸は立てられないとは言うが、どうやらカイトが狙われていた事は隣国中津国まで広まっていたらしい。まぁ、中津国は下手な皇国の領地より近いのだ。特に不思議ではなかったが、やはり少しカイトは恥ずかしげだった。
「なるほど……まぁ、彼奴らとて我らが管理する上、あのような山に安々立ち入る事は出来ますまい。そのような準備をした上での入場を許すほど、我らも甘くはありません」
「でしょう。おかげで私としては久しぶりに気を抜けるので有り難い限りです」
「ははは。御身にとっては難所は難所にあらず、人の方が困難ですか」
「無駄をわからず攻めて来られる方が面倒です。いっそ自然はどうしようもないと言える分、楽で良い。早々、楽な手札を切れますからね」
「はははは」
流石というべきかなんというべきか。カイトの返答に剛拳は楽しげだ。と、そんな事を話していると榊原家の家人達が酒を運んでくる。
「っと、来ましたな」
「これは……有り難い限りですが早すぎやしませんか?」
「時には、良いかと。それに久方ぶりに見た戦士が成長を遂げていたのです。話を聞きたい所でもある」
「自分ですか?」
「然り」
困惑気味な瞬に、剛拳は楽しげに笑う。そうしてこの日は剛拳の酒盛りに付き合いながら、二人は更に気についての談義を交わす事になるのだった。
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