第3671話 殺し屋ギルド編 ――暗躍の開始――
冒険者ユニオンから非合法の殺し屋ギルドへの情報の流出。それに対応するべくバルフレアら冒険者ユニオンのトップは、三百年前の大改修に協力したマクダウェル家に協力を依頼。その依頼を受けたカイト達は三百年ぶりの大改修に向けて新しい規格を構築し、それをエネフィア全土のユニオン支部へと展開するべく準備を進めていた。
そんな最中にかつて自身を狙う殺し屋の少年ジェレミーを捕縛したカイトはその少年の確認を行くわけであるが、そこで彼が会ったのはジェレミーの別人格でもあるデュイアという少女の人格であった。そんな彼女が情報を有している事を知る事になったカイトは、彼女との交渉を行う事にする。
そうしてその交渉から数時間。彼は闇夜に紛れてマクダウェル家が管理する『転移門』を起動。冒険者ユニオンの総本山リーナイトへと足を運んでいた。というわけでアポイントもなく現れた彼に、バルフレアが目を丸くする。
「カイト。どうしたんだよ、お前……お前が来るなんて珍しいな」
「……また何かトラブルか」
「お前まで嫌そうな顔をしてくれるなよ」
幸いここしばらくはユニオン全体の大改修作業の陣頭指揮を執るため、バルフレアはリーナイトに控えていたらしい。まぁ、カイトもそれを知っていたからアポ無しでも行けるだろうと踏んでやってきたわけだ。
というわけでバルフレアと共に大改修に向けて事務仕事を進めていたレヴィの表情――といってもフードで殆ど隠れていたが――に苦笑しつつも、彼は来客用の椅子に勝手に腰掛ける。
「こっちの進捗はどうなんだ? こっちの方はひとまず作業員が使う手順の構築に入ったが……ああ、これそのサンプル。そっちでも一応確かめて貰えると助かる」
「ああ、悪いな……まさかこれを届けに来てくれたのか? 確かに『転移門』を使うならお前の許可やら皇国の許可やらが要るだろうから、お前が来てくれりゃ楽だけどさ」
「ああ、いや……こいつはついでだ」
手順書を受け取りながら笑うバルフレアに、カイトは笑いながら首を振る。そうして彼は一つ問いかけた。
「前に殺し屋のガキをとっ捕まえたって話はしたな?」
「いつのどのガキだ。貴様が捕まえた殺し屋のガキなぞ枚挙に暇がない」
「……そうっすね」
こちらに帰還してからは殺し屋に狙われる事そのものが久しくなかったので忘れていたが、三百年前はそれこそ子どもを使った暗殺には何度も遭遇していた。
しかも当時は大した組織化も殆どされていなかったことがあり、地方の小規模な組織が同じように考え同じように狙ってくる有り様だ。ギルド化した今の方が少なかった。というわけで真顔でレヴィの指摘に同意するカイトは、ため息を吐いた。
「はぁ……本当に嫌になるな。連中が組織化してからの方が人道的とか」
「ふん……人道的ではなく子どもの殺し屋なぞ数少ない。その癖有用だ。子どもは誰でも油断するからな。奴らも貴重な弾を無駄になぞ出来まい」
「お前も油断する?」
「優しくはする。私もな」
笑うバルフレアの問いかけに、レヴィもまた笑う。
「まぁ、良い。それで? いつのどこのガキだ」
「本当についこの間、ジェレミーってガキだ」
「ああ、あのどこかの変態共に飼われていたとかいうガキか」
「まぁ、そうだな……それも珍しい話じゃないのが胸糞悪いが」
「まぁな」
珍しい話じゃない。カイトもレヴィもどこか唾棄するように苦い顔だ。とはいえ、世界の頂点に近い所に立っている二人だ。しかもカイトに至っては地球でさえそうなのだ。世の中の暗部も嫌と言うほど見てきており、これがどの世界でも、どの時代でも本当に珍しい話でもなんでもない事を理解していた。
「っと、まぁ、それは良いんだ。とりあえずそのジェレミー……というか、そいつの別人格でメインで外との応対を行う人格が居てな。そいつから情報を手に入れた……いや、正確にはそいつから情報を入手出来る事が一度だけ出来そうだって話なんだが」
「どういうこった?」
カイトの話の流れが掴めず、バルフレアが首を傾げる。もちろんレヴィとてわからない。彼女が預言者と言われるのはあくまで数多の情報を手に入れているからこそで、知らない情報は推測の立てようがないからだ。というわけで、カイトは二人へと先ほどの交渉についてを共有する。
「幹部の暗号……か。ウィザー」
「ああ……たしかに幹部の暗号が幾つかある事は掴んでいる。A暗号、D暗号、E暗号、I暗号……有名なのだとZ暗号か。Z暗号は組織のボスに繋がる専用の暗号だったか」
「そうらしいな……まぁ、流石にZ暗号はわからんらしいがな。リトスも知らんかったし。A暗号は確か組織の指令として一般的に使われるもので、基本はコロコロ変わるんだったか。AとかDとかが何を意味するかは知らん。どうせ翻訳の魔術で適当に割り振られてるだけだろうしな」
「ああ……まぁ、だからA暗号は解読してもさほど意味はない。向こうも露呈が前提で定期的に暗号を変えている」
元々冒険者ユニオンと殺し屋達は殺し屋達がギルド化する前から暗闘を重ねている。なので長年の情報の蓄積から殺し屋達が幾つかの暗号を使用している事を把握していた。
だがやはり殺し屋達にしても一番警戒する相手だ。重要な暗号を掴ませる事はなく、せいぜい末端の小物達が使う暗号を何度か解読し暗殺計画を阻止出来た程度であった。
「そういう意味で言えば、幹部の使うD暗号を知るリトスとやらを捕縛したお前は相変わらずだ。D暗号の変更は向こうにとっても痛手だろう。これが更に大幹部が使うE暗号まで知っていれば万々歳だったんだがな」
「無理を言うなよ。E暗号を使う大幹部は流石に殺しの場には出て来ないだろ」
「そうだな」
D暗号までが組織の中でも殺しの現場に出てくる連中が使う暗号。それ以上の暗号は殺しの現場に出る事はなく、組織の運営に関わる者たちが使う暗号というのがカイト達の認識だ。
故にリトスも当然のようにD暗号以上の暗号は教えてもらっていなかった。というわけで笑ってカイトの言葉に同意したレヴィがそのままの流れで問いかける。
「それで? そのデュイアとやらがまさかE暗号を知っているとでも?」
「そのまさかなんよ。E暗号はほぼ確定。I暗号もおおよその類推は出来ているらしい。ああ、I暗号は殺し屋達の持つ情報網に使う暗号だそうだ。ま、めぼしいスカウト先を共有するための暗号って所らしいな」
「「なに!?」」
まさかそんな事があり得るのか。末端の殺し屋が大幹部しか知らない暗号を知っているとは、とバルフレアもレヴィも揃って驚きを隠せなかった。
「どこかの変態が油断してジェレミーに暗号文を見せて、それを中から覗き見していたらしくてな。何度か見て、更に自分に出された指令などから一年か二年がかりで解読したらしい。E暗号以上が滅多に変わらんから、おそらく今も使っている」
「向こうは知らないのか?」
「そもそもデュイアが覗き見していた事さえ知らないそうだ。当人も語っていないし、語るつもりもなかったそうだ」
殺しはあくまでジェレミーの役割であって自分の役割ではない。そう述べたデュイアはだからこそ自分が覗き見ている事を殺し屋ギルドの幹部達に語らなかったし、ジェレミーも自分の趣味を取られるのは困ると語らなかったようだ。だが逆に今はデュイアはそれを明かす事で交渉が出来ると踏んで、カイトに交渉を申し出たのであった。
「なるほど……だが話を聞けばそれも納得だ。普通はその状況で覗き見れるなぞ思わん。油断……ではあるが油断とも言い切れんな」
「ま、組織に信頼感がないからこその流れだろ……ということは」
「ああ……久しぶりにこちらから一手打てるぞ。今回の改修……連中も動かざるを得ないからな」
「……」
ぱんっ。バルフレアはカイトの言葉に盛大に、そして獰猛に笑いながら手を叩く。そうして彼がレヴィへと問いかけた。
「ウィザー。打って出て問題は?」
「ないな。それどころか今回の改修に合わせこちらから攻撃が出来るのであれば、敵は遠征の最中動く事は出来まい。E暗号の変更なぞ一朝一夕で出来るものではないし、どこからどうやって露呈したか調べる必要もある。相当荒れるだろうな」
「よっしゃぁあああああ!」
ここしばらくの事務仕事の鬱憤を晴らしてやるとでも言わんばかりに、バルフレアが盛大にガッツポーズをする。というわけでそんな彼がカイトへと視線を向ける。
「カイト」
「もちろん……久しぶりに、ユニオンの重役達を集めて楽しもうや」
「おうよ」
それでこいつが来たわけか。バルフレアはカイトの来訪の意図を理解して、カイトの突き出した拳に自らの拳を突き合わせる。
そうしてバルフレアはまるでそれが本職とばかり精力的に書類仕事に勤しみだし、カイトは殺し屋ギルドに攻撃を仕掛けるべく改修作業に向けて再びマクダウェル領に戻る事になるのだった。
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