第3667話 殺し屋ギルド編 ――再会――
禁足地ノクタリアでのあれやこれやを終えてマクダウェル領に戻ってきたカイト。そんな彼は数日を禁足地ノクタリアにおける報告書作成に費やしたわけだが、それが終わったと共に冒険者ユニオンのシステム改修に取り掛かる事になる。
そうしてその日の夜。偶然公爵邸にて就寝したカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受ける事になってしまう。そんな殺し屋ギルドの襲撃も彼からしてみればよくある襲撃の一つに過ぎなかったわけだが、同じく襲撃を受ける事になった孤児院にてかつて彼が保護する事になった元殺し屋ギルドの襲撃者ジェレミーに会う事にしていた。というわけでデュイアという別人格と話をしようとしたその時、カイトの来訪を察してジェレミーが表に現れていた。
「どしたー? 眩しいだけで全然重くも速くもなんともないぞー」
「くそがっ!」
ふりふりふり。右手の人差し指一つでジェレミーのナイフを軽く食い止めてみせたカイトに、ジェレミーが盛大に悪態をつく。まぁ、あんなものは単に奇襲、不意打ちの類だ。変貌の余波で放たれる閃光を利用しての不意打ち。だがそんなものは邪神の闇でさえ見抜けるカイトに通用するわけがなかった。というわけで指一本で食い止めたカイトが、まるで軽く押し返すような気軽さでナイフを押し返す。
「ほれ」
「くっ!」
がっしゃーん。軽く押し返したはずなのに、ジェレミーが吹き飛ばされる勢いは自動車にでも激突されたかのようだ。といってもこれは単に押し返しただけで、攻撃の意図なぞない。故にただ軽く飛ばされただけで、障壁に守られたジェレミーには傷一つ付いていなかった。
「っ」
壊れた瓦礫を吹き飛ばして、ジェレミーはカイトへと肉薄する。そうして眉間を狙う刺突に、カイトは首を軽く傾ける。
「はっ」
やると思ってたぜ。ジェレミーの顔に獰猛な笑みが浮かび上がる。そうして彼は直後、手首を曲げてカイトのこめかみを狙うようにナイフの軌道を修正する。だが、それに。カイトが獰猛な笑みを浮かべる。
「やると思ったぜ、ってか?」
「なんっ」
「おらよ!」
迫りくるナイフの切っ先に向けて、カイトは敢えて首を戻して自分から激突する。そうして押し負けたのは、なんと鋭利なナイフの方であった。そうして砕け散った欠片が落ちるよりも前に、カイトはジェレミーの腕と喉を掴んだ。
「ガキンチョ。生憎だが、やりそうな事は逆にわかってんだよ」
「ぐぇ」
「おらよ!」
やはり場数が違い過ぎるのだろう。カイトはそのままジェレミーを放り投げる。
「舐めやがって……」
「あたりめぇだ、クソガキ。ガキ相手に本気でやるなぞオレの沽券に関わるわ」
『パパ。あまり子どもを虐めちゃ駄目よ?』
「あらら。ママに怒られちまった……大丈夫。虐めちゃいないよ。遊んであげてるだけだ。現に怪我してないだろ?」
「くっ……」
いらぁ。楽しげに笑うカイトの様子に、ジェレミーは更に苛立ちを露わにする。そうして彼の身体に魔力が収束し、冒険者として考えるのならランクA相当の力が迸る。
「くらいやがれ!」
「お、ナイフは自前か。そりゃそうか。流石に孤児院に武器なんて持ち込めないもんな」
「っ……」
ランクA相当の一撃を指先一つ。ジェレミーは自身の渾身の一撃を軽く受け止めて一切微動だにしないカイトに思わず恐れ慄く。そうして一瞬身を固くした所に、再度カイトがジェレミーの腕を引っ掴んで持ち上げる。
「ほらよっと! お前軽いな。飯は食ってるか?」
「ぺっ!」
「……おいおい。いくらかわいい顔してかわいい服着てても男から唾を吐きかけられる趣味はねぇな」
さすがにそろそろ自分の劣勢は悟っているらしい。苦し紛れに自身の顔面目掛けて唾を吐きかけるジェレミーに、カイトは苦笑いして魔糸で取り出したハンカチで唾を拭い落とす。
「おいおい。睨むな睨むな……ほらよ!」
「ごふっ」
カイトの蹴りを受けて、ジェレミーが再び吹き飛ばされる。そうして吹き飛んだ彼だが、道中絨毯を破きながら減速。猫科の動物のようにしなやかな動きで、消える。
「おら!」
「っと」
流石にナイフ一つで馬鹿みたいに攻め込んではこないか。カイトは空中で回転して放たれるハイキックを左手一つで受け止める。
「ロングスカートで良く足が上がるもんだ……へー、パンツは女物なのか。そりゃそうか」
「っぅぅぅぅぅ! 変態が!」
「あ、悪い! って、オレなんで男に謝ってんだ……?」
耳まで真っ赤に染めてスカートを抑え込むジェレミーに、カイトは一瞬流れで謝罪するも目をパチクリと瞬かせて困惑していた。
「はぁ……まぁ、良いや。とりあえずいい加減諦めろや。お前じゃどう足掻いてもオレにゃ勝てん」
「っ……」
というかこれ、傍目に見れば女の子を襲ってる悪漢だよ。カイトは顔を真っ赤に染めて涙目でナイフを片手にこちらを睨みつけるジェレミーに、ため息を吐いていた。と、そんな所に声が響く。
「やめときなさい、私に勝てなきゃこいつにはワンチャンスもないわよ。いや、私に勝ててもワンチャンなんてないか」
「あれ、ルーナさん」
「げっ……くそばば、ぐっ!」
「ガキンチョ。ババア言うなって何度言ったらわかんだ?」
「……」
がたがたがた。カイトは過日に自身が殴り倒された時の事を思い出し、剛力でジェレミーの口を塞ぐルーナに震え上がる。そうして震える一方、ルーナがジェレミーを振り回す。
「はぁ……ガキが」
「んえ? うぁ!? あ、あの……なんでオレに投げるんさ……?」
「あ、ごめん。ついうっかり」
適当に投げたルーナだが、適当だったが故に受け身も取れる事は考えていなかった。というわけで基本こういう場合は誰かに投げつけるのが常だが、それがただカイトだったというわけであった。というわけで流石にメイドである手前やっちゃったかなー、と思わなくもないルーナが非常に恥ずかしげに笑う。
「まぁ、それはそれとして……で、駄目かしら? やっぱり」
「いや、まぁ、良いんっすけど……」
「あ、あははは……ま、まぁそういうわけとして。おい、ガキ。私が来た以上、わかってんだろうな。お前がナイフ出すより前に、魔力が収束した時点でぶっ飛ばすぞ」
「くそっ! マクダウェル家はどいつもこいつも化け物かよ……」
流石に何度も何度も自分を制圧しているルーナまで居るのだ。ジェレミーは流石に数的不利さえ生じた以上、カイトに手出しなぞできそうにないと理解したようだ。悪態をつくだけで、暴れようとはしなかった。
「だ、そうですよ」
「ははは……ま、良いわ。で? お前が話す……」
「わけねぇだろ、変態野郎」
「お前がパンツ見せたんだろ」
なんでそこを根に持ってるんだよ。カイトは身体を輝かせながら話された言葉に苦笑いを浮かべる。これに、ルーナが盛大に顔を顰める。
「見たの?」
「あいつが馬鹿みたいに足を振り上げたからな。それで変態扱いするならあいつはパンツを見せつけた変態だろう」
「ごめんなさいね。ジェレミーが」
やれやれ。カイトが呆れる一方、自己改変を終えたデュイアが光の中から現れる。
「まぁ、そういうもんだとはわかっているがな……で、改めてだが。話がしたくてな。思い出したくもないかもしれないが」
「私なら問題はないわ。そこらをそういうものと割り切れる自分として生み出された人格だから」
カイトの言葉に対して、デュイアが苦笑気味に首を振る。そんな彼女に、カイトは指を一つスナップさせて部屋を元通りにする。
「そうか……」
「……そう」
「どうした?」
「部屋の仕組みにアクセス出来る方、と理解したの」
「……なるほど」
確かにデュイアが一番表に出てくる人格だ、とはカイトも聞いている。そして常日頃は読書をしているとも。だがそれ故に人一倍様々な物事に精通しており、魔術的な解析力にも長けていたのだろう。
この部屋に仕掛けが施されていて、暴れても元通りに出来る事を理解していたのだ。だが当然、それを孤児達が操れても困るし、暴走に影響されても困る。ルーナなど一部の職員にしか反応しない仕組みが施されていた。そうして、デュイアが妖艶な笑みを浮かべた。
「取引、しませんこと?」
「良いぜ。大抵の物は手に入れられる。オークションでも伝手でもどうにでもな。お嬢ちゃん……のが良いか?」
「ええ。こんな姿でこんな形だけども、私自身の性自認は女よ。そういう自分として認識しているから」
「よし……じゃあ、お嬢ちゃん。交渉の時間だ」
にたり。カイトとデュイアが楽しげな、それでいて獰猛な笑みを浮かべる。そうして、カイトとデュイアは元通りになった部屋の中で交渉に臨む事になるのだった。
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