第3666話 殺し屋ギルド編 ――再会――
禁足地ノクタリアでのあれやこれやを終えてマクダウェル領に戻ってきたカイト。そんな彼は数日を禁足地ノクタリアにおける報告書作成に費やしたわけだが、それが終わったと共に冒険者ユニオンのシステム改修に取り掛かる事になる。
そうしてその日の夜。偶然公爵邸にて就寝したカイトは殺し屋ギルドの襲撃を受ける事になってしまう。そんな殺し屋ギルドの襲撃も彼からしてみればよくある襲撃の一つに過ぎなかったわけだが、同じく襲撃を受ける事になった孤児院にてかつて彼が保護する事になった元殺し屋ギルドの襲撃者ジェレミーに会う事にしていた。
「んー……」
孤児院の隔離室であるが、これは隔離室というよりも隔離棟と言っても良かった。まぁ、流石に隔離棟なぞといえば聞こえが悪いので公には離れと言っているが、実際には訳ありの子どもたちを保護するための場所だ。魔術的な防備や物理的な強度はリースの常に居る孤児院とは比べ物にならなかった。そしてそういうわけなので、構造も見た目通りとはいかなかった。同様に、入っている者もまた普通ではなかった。
「っと! 大丈夫か?」
「あ! ご、ごめんなさい! えっと、あの……どなたですか?」
「ああ、悪い悪い。オレは……あー……まぁ、公爵家の関係者? まぁ、ここに居るんだからそれしかないけどさ」
「は、はぁ……」
カイトに攻撃を仕掛けたのは、十代も前半だろう少年だ。だが彼の腕は右腕の生え際から鱗の生えた巨大な何かの腕に変貌しており、明らかに普通の様子は見えなかった。
そしてもちろん、攻撃は彼が意図したものではなかった。というわけでカイトは魔糸で絡め取っていた少年の右腕を見る。部屋の中を覗いた所、突然少年が苦しみだして腕が変貌。慌てて中に入ったのである。
「にしてもまたすごいな。この腕」
「え、あ……」
「あぁ、別に気にするな。改造される前に脱走してるんだが、ルーナさんと一緒の所に居たからな」
「あ」
見られた。そう思って落ち込んだ少年だったが、カイトが語った来歴に安堵を浮かべる。ルーナ達が元々人体実験を受けた少年兵達である事は知っていたようだ。まぁ、何よりこんな風貌だ。何かしらの裏事情があるだろうとカイトは考えており、それならばと思ったのだが案の定だったようだ。
「龍の腕か?」
「あはは……はい。因子が強いってお医者さんが……」
「ハーフとかか?」
「それがわからなくて……あ!」
なるほど。時々ある因子の暴走か。カイトは少年の様子からそれを理解する。そして同時に、孤児だから自分の身の上がわからず、因子の暴走を防ぐ手立てがなく困っているという所だろう。
と、そんな風に話していた少年だったが、大慌てでベッドの横にあった小さな容器を手に取った。そうしてそれを振って、中から錠剤を器用に左手だけで取り出す。
「水はいるか?」
「え? あ」
「ルーナさんと同じぐらい長いんだから当然だろ?」
「あはは……あ、ありがとうございます」
ふわふわと浮くように飛来する水差しに、少年が恥ずかしげに笑う。そうして幾つかの薬を飲んで、少年が落ち着いたのを見届けて、カイトは彼から情報を手に入れる。
「ああ、デュイアちゃんなら知ってます。この間来たばっかりですけど、かわいい子ですよね」
「……お、おう」
かわいい。まさかの情報にカイトは思わず目を丸くする。とはいえ、知っているなら丁度良かった。
「えーっと、それはそうとして。とりあえずデュイアに会いに行く途中でな。部屋はわかるか?」
「デュイアちゃんの部屋なら2階の右奥の部屋です」
「ああ、そうか。ありがとう……ん?」
『リオエ』
「あ、ママ……」
『いつも言ってるわよね。体調が悪くなったらすぐボタンを押して知らせることって』
「ごめんなさい……」
まぁ、こういう事情を抱えた子が多いからこそ、リースが孤児院を任されているわけでもある。彼女なら魔眼で孤児達に起きた異変を即座に察知出来るからだ。そしてそれを使って短時間なら抑え込む事も出来る。というわけでお説教を尻目に、カイトは教えてもらった部屋を目指す事にする。
「さて……二階の右奥って言ってもなぁ」
あの少年は知らなかった様子だが、この空間は基本的に普通の構造をしていない。カイトが先程からうろちょろとしているのもそれが理由だ。
「しまったな。早計過ぎたか」
『パパはいつもそう』
「ママはいつも止めてくれないんだもの」
『ふふ……ここを右に行って、更に左。その後出てきた階段で上へ』
「ありがと」
リースに礼を言うと、カイトはそのまま案内に従って二階へと移動。ジェレミーというかデュイアというかの部屋へと向かう。
「ここか……」
ちらり。カイトはどうしても元殺し屋ギルドの殺し屋という事があり、覗き見てみる事にしたようだ。そしてその結果だが、彼は困惑する事になる。
「……え、だれぇ?」
『デュイアちゃんよ、その子が』
「えぇ……?」
どう見ても美少女なんですけど。カイトは改めて部屋の中で優雅にお茶を飲みながら読書を行う少女を見る。前に会ったジェレミーという少年は少し長めの暗い赤茶色の短髪だったが、今見ている少女は腰まであろうかという長い銀色の髪。服装もロングのプリーツスカートなど、正しく令嬢といった様子だ。
目鼻立ちなどの顔立ちは確かに似通った所はあるので兄弟姉妹程度の印象はあったが、同一人物とは到底思えなかった。だがそれだからこそ、カイトは盛大に顔を顰める事になる。
「幻影とか隠形系じゃないな……自己暗示と自己改変。肉体改造の類か……肉体的には男なのか?」
『男の子だそうよ。ただ精神的には女の子』
「ちっ……どの変態かは知らんが、あの場で殺しとけばよかった。もう死んでる奴だったら良いんだが」
今になってあの時の男共を殺さなかった事を後悔するとは。カイトは眼の前の少女にしか見えない少年が負った心の傷の深さを察して、ただただ頭を抱える。そうまでしなければ耐えられなかったという事なのだろう。そうしてしばらく頭を抱えたカイトだったが、気を取り直して立ち上がる。
「種族的には?」
『おそらく夜の一族の血を引いているそうよ。それがより事態を悪化させた』
「それを変態共は好んだんだろうよ。あの大大老の変態ジジイとどっちがマシか」
『なに、それ』
「ジジイの一人にショタコンのクソジジイが居たんだよ。ま、姫さんは知らんで当然だろうけどよ」
思い出したくもないクソ野郎を思い出しちまった。カイトはかつて居た大大老の一人を思い出して、盛大にため息を吐く。というわけで立ち上がった彼は意を決して、部屋に入る。そうして入ってきたカイトに、デュイアは目を丸くする。
「あら」
「おう……あー、デュイアだったっけ」
「ええ、私としてははじめまして、お兄さん」
どうやらデュイアはジェレミーの記憶を有しているらしい。そしてその様子で、カイトは僅かに胸を撫で下ろす。
「良かった。まともに話はできそうか」
「ええ。私はあくまで非戦闘員だから」
「そうか……ま、そりゃそうか」
デュイアが生み出された理由は聞いているし、ジェレミーが生み出された理由も聞いている。そしてどういう順番で生み出されたか、というのも聞いていた。というわけで彼の様子に、デュイアはおおよそを知られていると理解して苦笑する。
「ということは私について聞いているわけ」
「まぁな」
「それで……っ」
「どうした?」
急に胸を抑え込んだデュイアに、カイトが慌てて駆け寄る。それに、デュイアがカイトを突き飛ばした。そうして、苦悶の表情を浮かべるデュイアがカイトへと謝罪する。
「ごめんなさい。話をしに来てくださったのだろうけど……」
「っ」
きらっ。翻る銀色の筋に、カイトはおおよそを理解する。そうして次の瞬間、デュイアの姿が光に包まれる。
「なるほど。良いぜ、来いよ。お前を引き取った時からこういった面での面倒を見てやるつもりだ」
「死ねや、クソ野郎!」
光の中から現れたのは、過日にカイトを狙ったジェレミーだ。そうしてカイトはナイフを翻すジェレミーの攻撃に対して、獰猛に笑いながら応ずるのだった。
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