第3665話 殺し屋ギルド編 ――後始末――
禁足地ノクタリアの調査と並行して行われていたマクダウェル領を北上する商隊の護衛。それはおおよそ半月と少しの旅路で終わりを迎える事になる。というわけでマクスウェルに戻り公爵邸の執務室にて今回の禁足地の報告書を作成していたカイトであったが、それが終わった頃。
殺し屋ギルドにより情報が盗まれている事が判明した事により冒険者ユニオンの依頼や冒険者の登録情報の保護システムの大改修に向けて、ティナからの要請で改修作業の実作業に関する手順化に協力する事になる。というわけで殺し屋ギルドに対抗する策を練る冒険者ユニオンとそれに関係する者たちであるが、その最中。マクダウェル家にはある種恒例行事とも言える殺し屋ギルドによる襲撃が行われていた。
「やれやれ……ウチ相手にこの程度の雑兵を差し向けた所でなんの役に立ったって事はなかっただろうに」
「安眠妨害にはなるのじゃないかしら」
「裏方の人員さえ三交代制をやってるのに? しかもこの程度。こっちが参っちまう前に殺し屋ギルドの手勢が終わっちまうよ」
「いえ、貴方の」
「この程度で眠れなくなるほど、オレは生ぬるい生活はさせて貰ってないよ」
アルミナの指摘に、カイトはそれこそあり得ないと笑う。それこそ厄災種相手には三日三晩戦いが続く、なんて事もあり得るのだ。この程度で音を上げるような事があるわけもなかった。
「それに何より、オレの場合は時間を操作して一時間あれば八時間快眠したぐらいの効果は得られる。効率は別だがそれは魔術師なら特に珍しい事でもない」
「それもそうね……それならやっぱり単なる無意味な襲撃かしら」
「ぐっ! なぜ貴様まで……」
「私は黄昏。影に寄り添う者。影の帰る家であるこの家に居て何か不思議があって?」
カイトに向けて苦し紛れにナイフを投げつけてきた殺し屋ギルドの手勢の一人をナイフ二つで心臓と腕を串刺しにして、その問いかけにアルミナが妖艶に笑う。その一方、カイトは投げつけられたナイフを魔糸で絡め取り回収する。
「……毒を塗ってあるな。まぁ当然か……」
「なっ……」
「魔物系……じゃないな。植物系か。生ぬるい事をする」
「こら。迂闊に刃を触らない」
「あははは」
アルミナの笑いながらの苦言に、カイトはナイフを魔力で消し飛ばす。
「ま、そんなわけで。オレを殺したけりゃランクSの毒を持ってる魔物の毒でも塗ってこい」
「それで死ねる?」
「無理だねー」
あははは。アルミナの問いかけに、カイトは笑いながら無理と断言する。そうしてそんな彼の笑い声を最後に、殺し屋ギルドの手勢達の意識は闇に落ちていくのだった。
さてカイトが殺し屋ギルドの襲撃を難なく撃破した翌日の朝。カイトはというと、孤児院を訪れていた。
「そうか。子ども達はなんにも気付かなかったか」
「ええ。特別室の子達の何人かは気付いたようだけど……そちらも問題無しね」
「そっか。それなら良かった」
特別室、というのはこの間カイトが引き取った元殺し屋の少年のような子どもたちを一時的に隔離する場所だ。やはりああいった特殊な事情を抱える子らを最初から普通の子どもたちと一緒の場所には置いておけない。自傷行為はもちろん、他の子供達を傷付ける子さえ存在するのだ。そうせねばならなかった。
「デュイアだっけ? 基本的に主に前に出てきている子は」
「ええ……デュイアちゃん。女の子……自分が女の子と思う事で向けられる性愛から逃れるために生み出された子。でもだからこそ、自分が性愛の対象と見られる事を望んでしまっている。それも男としての性愛ではなく、女としての性愛。倒錯的な欲望を満たすためのはけ口」
「はぁ……」
やはりどこの世界も暗部になればなるほど胸糞悪い事態が増えてくるものだ。カイトはリースから語られた言葉に、盛大にため息を吐く。
「そのデュイアは?」
「昨日は出てこなかったわ。ただそのかわり、別の子が出てきていた」
「誰だ?」
「ジェレミー。久しぶりに出てきたわね」
「なーる」
殺し屋ギルドの襲撃だ。ジェレミーにとっては馴染の深いものだっただろう。というわけでカイトはため息混じりに確認する。
「騒動に乗じて逃げ出そうとしたか」
「みたい」
「ま、姫さんから逃げられるなんて思わない事だよな」
ケタケタ。カイトは昔リースが一人で運営していた孤児院を思い出して、そこから逃げ出そうとした何人もの子ども達を思い出す。本気で出ようとした子は追わないが、逃げようとした子に関しては彼女は逃さない。それをカイトは知っていた。
「迷路で迷子になって泣いてたなー、何人も」
「ふふ……それでパパー、って泣いてね」
「ママだよ、呼んでたのは。懐かしいなー……今も時々迷路創ってる?」
「ええ。まぁ、今回はその前にルーナさんが駆け付けてぶん殴られて終わったけど。今もお話中ね」
昔話に花を咲かせた二人だが、その後にすぐ今の話に戻る。と、そんな事を言っていたからだろう。呆れた声が響いた。
「終わったわ、もう。というかあのクソガキ、逃げやがって」
「あ、ルーナさん」
「やれやれ……あ、カイト。昨日のバカ共の始末は?」
「始末は終わってるよ。ストラがそこら手抜かりなんてないからな。今はお話の真っ最中。で、オレはこっちに問題がないか、って一応顔を見せに」
ルーナの問いかけに、カイトはわかりきった事だろうとばかりに笑う。これにルーナも頷いた。
「そりゃそうか。あの人なら良い夢を見せてくれるでしょうし」
「同じ良い夢ならアルミナさんの良い夢の方がオレは好みだな」
「そりゃあんたは、でしょう」
カイトの冗談にルーナが呆れるように笑う。当然だがこの良い夢は皮肉だ。良い夢であるわけがなかった。まぁ、それでもカイト――というより魔導書達――が見せる本当の悪夢よりはマシかもしれないのだから、マクダウェル家は上に行けば行くほど狂気じみていた。
「で、逃げられたって?」
「説教受けるのはゴメンだってデュイアに譲ったわ。で、そのデュイアはやれやれ、と申し訳無さそうだったから説教するのも毒気が抜かれちゃって。まだあの子は社交性が高いからやりやすいのだけど」
「はぁ……まぁ、オレが連れてきた手前、一回話してみるかね」
「話すの?」
「連れてきた手前、放置もあれだろう。姫さん、魔眼で万が一逃げようとしたりしないように注意をお願い出来るか?」
「パパは大変ね」
「あはは」
リースの歪曲的な応諾に、カイトは笑って立ち上がる。そうして彼は殺し屋ギルドからの襲撃から一夜明けて、この日もまた殺し屋ギルドの後始末から一日を始める事になるのだった。
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