第3659話 幕間 ――出迎え――
カイトが禁足地ノクタリアにてルナリア文明より更に昔の超古代文明の遺跡の調査に取り掛かっていた頃。マクダウェル領を北に進む商隊の護衛任務を請け負っていたソラはその道中、自らの過去世の目覚めを察して現れた千代女の手引きで過去世の抑制方法を学ぶことになる。
というわけでその第一歩として自身の過去世を理解するべく自身の内面に潜り込み、過去世の保有する心象世界とでも言うべき世界に足を踏み入れる。そうしてそこで目の当たりにしたのは、戦国時代の城下町の風景であった。
『ここは確か戦国乱世の時代であったな。それにしては比較的繁栄している様子ではないか』
「そうだな。滅ぼしたの俺だけど」
『む、むぅ……』
そりゃそうもなるのだろうが。自虐的というべきか腹立たしいとでも考えているのか、ソラの返答には苛立ちが乗っていた。それに<<偉大なる太陽>>はなんとも言えない様子だった。
というわけでそんな様子に、<<偉大なる太陽>>は自分の方針が間違っていた事を理解。褒める事で気分を上げさせようとしたのではなく、抱いている物を吐き出させる事にしてみる。
『……何があったのだ。日本の戦国時代がどのようなものかは知らんが、比較的栄えはしていよう。それが滅ぶなぞ、戦しかあるまいが……負けたのか』
「負けた……は、負けたな。うん。それは間違いない」
『……敗戦の将か』
「まぁ、そうなんだけど」
そうはっきり言われればいくら気に入らないからといえど自分の事なので少し困る。<<偉大なる太陽>>の言葉にソラは少しだけ苦笑する。そうしてそんな相棒の指摘に、ソラが少しだけ自身の過去世の事を明かす。
「戦わなくて良い相手に喧嘩を売ったんだ。いや、違うな……戦ったら駄目な人に喧嘩を売ったんだ。で、一度は本当に喉元まで小刀を突き付けた」
『比喩的な意味ではなく、か?』
「いや、比喩的な意味だけど……流石に武将つってんのに自分が武将の喉元に小刀突き付けるってないだろ?」
『そうか? 普通にあると思うが』
「え? いや……あー……いや、うん……日本じゃ多分なか……滅多になかったと思う」
比較的普通に起こりそうな事だと思うが。そんな今度は気遣いでもなんでもない様子で問いかける<<偉大なる太陽>>に、ソラは困ったように少しだけ考え込んで笑う。
とっさに滅多に、と入れたのは考え込んだ彼の脳裏に武田信玄と上杉謙信が浮かんでしまったからだ。あれが本当かどうかは彼にもわからないが、あるかもと思っただけであった。というわけでしどろもどろになって応えたソラだが、大慌てで取り繕った。
「ま、まぁそれは良くてさ! 兎にも角にもそんな事しちまったら流石に許されるわけもない。いや、多分許される立場だったんだけどさ」
『なに?』
「……だからだよ。多分許してくれる人だっただろうし、許してもらう方法はあったんだ。でも俺は……」
『それに甘えた、と』
「それならまだ良かったんだよ」
『……』
どうやらここに強い怒りがあるようだ。<<偉大なる太陽>>は語気を強めるソラに、それを察する。
「甘えたんじゃなかった。あいつは……」
『……』
「……ん?」
城まで続く道を歩きながら怒りを吐き出したソラだったが、何かに気が付いたのかふと足を止める。
「なんだ、こいつは……影法師?」
『ではあろうが……む』
「なんだ?」
今までとは違う。ソラは現れた影法師が今までの人々の生活を模した人型ではなく、武装した兵士である事を理解する。だがしばらくその影法師を見て、ソラが盛大に苛立った。
「……どういうことだ、こいつぁ」
『どうした?』
「……昔俺の部下だった人達だ。しかもこの影は……」
ぎりぎりぎり。ソラは自分の前に現れた影法師が誰かを理解できればこそ、それを差し向けてきた意図を理解しかねたようだ。だがそんな彼に対して、影法師はまるで主君を敬うかのように一礼する。
「……だろうよ。あんたなら、俺がたとえ生まれ変わりでも頭下げてくれるだろうよ。でもよ。だからそういう事なんだろうよ」
深々と一礼する影法師に対して怒り混じりに<<偉大なる太陽>>を抜き放つソラに、<<偉大なる太陽>>は問いかける。
『やるのか』
「魂の奥底から俺じゃない俺が指示を出してる……俺と戦えって。多分そうだよな。他の人だと絶対に俺に対して遠慮してくる。だけどあんたなら、絶対にそんな事はしない」
おそらくこの男ほど過去世の自分に忠誠を捧げてくれた男はいないだろう。それを知り、そしてその彼を死なせる判断をした自分に怒り、そして今また自分に差し向ける事を選択するかつての自分にソラは怒りを隠せなかった。
『……』
影法師は何も語らない。何も語れないのか、語る言葉がないと言っているのか。それに対するソラもまた無言だった。そうして怒り混じりの一撃が振るわれる。
「はぁ!」
『……』
「っ、ぐっ!」
あり得ない。ソラは日本の戦国時代の武将として鍛えている事を差っ引いても自身の攻撃が防がれた事が理解できず、影法師の蹴りを腹に受けて吹き飛ばされる。しかもその膂力は明らかに普通の人間とはかけ離れており、それがなおさらソラに混乱をもたらした。
「なんっ……」
『ソラ。この影法師が何者かはわからんが、少なくともお前の力で構築されているようなものだ。そしてここは過去世の某の心象世界。内面だ。この影法師の戦闘力はお前がかつて見た程度になるように底上げされている。魔術は使えんだろうが』
「そういうことかよ!」
超音速とまでは届かなくとも、自動車なぞでは到底比較にならない速度で肉薄してくる影法師に対してソラは苛立っている場合ではないと理解。振るわれる刀に<<偉大なる太陽>>を振るって迎撃する。
『……』
「……すんません」
本当にこの人は。再現度が高すぎるからだろう。影法師は過去世の自分の容赦なく打ち倒せという指示に対して、今相対するソラもまた主人であればこそ敢えて僅かな手心を加えていたようだ。
そうして自身が苛立ちを投げ捨てて眼の前の敵に集中しだした事にわずかに微笑みを浮かべる影法師に、ソラもまた少しだけ怒りが和らいだようだ。
「はぁ!」
所詮は自分を比較対象として、身体能力を底上げされただけ。ソラは驚きが単に自分の動きを鈍くしたのだと理解すると、裂帛の気迫と共に影法師を押し返す。そうして滑るように吹き飛ばされた影法師が地面を抉りながら減速するのを見て、敢えて告げる。
「あいつへの怒りはあいつにぶつけます。今は、眼の前っすね」
『……』
その通りです。ソラには再び微笑んだ影法師の口が僅かに動いて、かつてのようにそう告げたような気がした。抱いている怒りはあくまで自分に対してのもの。この影法師には敬意と親愛、深い感謝しかなく、この影法師に怒りをぶつけるなぞ彼からすれば言語道断だった。
「多分、そういうことなんっしょ。あいつが何を考えているかなんてわからないし、わかりたくもない。けど貴方が出てきてくれた理由ならわかります」
あくまでもソラが過去世の自分に対して苛立っているのは悪い面に目を向けているからだ。なのでこうして過去世の自分を慕ってくれた相手に対して抱いていた好感は彼自身気付かぬまま受け入れてしまっていた。まぁ、それがわかっているからこそ怒りが収まらないわけではある。
「いいぜ。お前が俺を拒んでんのか、それとも試してるのか。それともまた別の理由かはわかんねぇけどよ。やってやるよ」
ひゅんっ。飛来した矢を、ソラは僅かにも視線を動かす事なく<<偉大なる太陽>>で切り捨てる。そうして続々と現れる影法師に、ソラは呆れるように笑った。
「はぁ……だよな。全員居るよな」
『顔見知りか?』
「全員な」
良く知っている。あり得ざる自分の決断を自分達の滅びと知りながら受け入れ、そして一緒に死んでくれた人々だ。死んでも、忘れられるわけがなかった。だがだからこそ、ソラはやるしかないと決意を固めた。
「そうだよな。お前らがそうだったら、って考えたら全員俺の前に来るよな」
これで恨み辛みの一つでも刃に乗っていてくれれば気が楽になるのに。ソラはその誰しもを良く理解していればこそ、ここで現れた影法師達が恨みではなく忠誠心から自分へと戦いを挑む事を拒みはしなかっただろうと理解していた。そしてだからこそ、かつて死出の旅を進ませた自分がここで彼らを無視する事だけは出来ないと気合を入れる。
「来いよ……全員相手してやる」
『これは……』
『『『……』』』
<<偉大なる太陽>>の驚きの声と、影法師達の簡単の声なき声が溢れる。そうしてソラは日輪の如き輝きを纏いながら、何十もの影法師達との戦いに臨む事にするのだった。
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