第3657話 幕間 ――理解――
カイトが禁足地ノクタリアにて古代文明の遺跡の調査に四苦八苦していた一方その頃。過去世の目覚めとその侵食により、かつて酒呑童子が目覚めた時の瞬同様に暴走の危険が湧き出してしまったソラ。そんな彼は自身の過去世の危険性を認識すると共に、それが千代女や吉乃達に関わりがあるものであると理解すると、ならばこそ自らを監視しているだろうと千代女に助力を申し出る。
それに対して千代女もまたソラの過去世が目覚め暴走する事は望んでおらず、それを封ずる事を望むのであればと特例的に力を貸してくれる事になる。というわけで彼女から<<死魔将>>達の用意した過去世に関する書物の写本を受け取ったソラは、それを片手に瞬へと協力を申し出ていた。というわけで両者結界の準備が出来た後、瞬はソラが手にしていた本を見て訝しむ。
「ん? それは何だ?」
「ああ、すんません。まぁ、最初は迷惑掛けるのもなんかなー、って思って色々と探して本を手に入れてみたんっすけど……どうにも難しくて。初手からまずは目覚めさせて云々、っていう内容で」
「そんな本があったのか……いや、俺はそもそも探そうともしなかったか」
「あははは」
そういう選択肢もあるよな。そんな様子で照れくさそうに笑う瞬に、ソラが愛想笑いを浮かべる。千代女から貰った本が見付かる事はまず間違いないと彼は考えていた。なのでここに来るまでの間に言い訳を考えておいたのであった。
「だが目覚めさせて云々? 目覚めさせ方はないのか」
「それは各個人別々だから頑張るように、ってな塩梅で……コントロールする方法に重点が置かれてるっぽいんっすよ」
「あー……まぁ、わからいではない……か」
ソラの言及に、瞬はそれは確かにそうだが同時に本の内容としてはどうなのだろうかと苦笑する。
「だがコントロール方法か。そんなものあるのか?」
「まぁ、自分自身なんでない方がおかしい、って話なんじゃないっすかね。要は自分自身をコントロールするって話なんで」
「なる……ほど? そういうものか? いや、だが……」
そんな事を言えば俺は酒呑童子に何度も乗っ取られているんだが。瞬はソラの言葉に何処か釈然としない物を感じながらも本に書かれているのだからと少しだけ吟味してみる。だが、これに酒呑童子当人が楽しげに笑った。
『言っている事は正しい。自分の身体だ。自分で動かせて当然だ。まぁ、何より普通なら封じられた相手が当人を奪うなんてことはできんからな』
「ならなんでお前は出来ているんだ?」
『俺はお前が知っての通り、特別な力を有している半神だ。普通ではない。半神を一度は普通の人に生まれ変わらせてクッションを置いたつもりだったのだろうが、その程度でどうにかできる俺ではない。何より豊久は早逝した。俺を抑え込めるほどの蓋にならなかったようだな。これが後四、五十年ほど生きれば蓋程度には役に立ったのだろうが。そういう意味で言えば、貴様は運が悪かったと言って良いのだろうよ。本来ならばあり得ぬ力に到達し、俺にまでついには手を伸ばせる所までたどり着いてしまったのだからな』
「そ、そうか……」
おそらく本当にそうなのだろうからなんとも言えない。瞬は酒呑童子の言葉に頬を引きつらせる。そしてそんな彼に、酒呑童子が笑って告げた。
『だが何より、盗賊の長が奪えぬというのはおかしな話だろう? 俺が貴様の身体の主導権を手に出来るのは当然の話だ』
「……お前、意外と盗賊という肩書が気に入っているのか?」
『昔言われていた数々の悪名の中では悪くはない呼び名だ』
「そうか」
確かにゲームなどでも盗賊という職業が出てくるぐらいなのだから、悪い印象が薄い人が居ても不思議ではないのかもしれない。瞬は本当に存外盗賊という呼び方が気に入っているらしい酒呑童子に半ば呆れながらも当人が良いならそれで、と思ったようだ。
「酒呑童子っすか?」
「ああ……存外あいつは子供っぽい所があるらしい。まぁ、あいつがそうかどうかは置いておいて、英雄なんて得てしてそういうものなのかもしれないがな」
「はぁ……まぁ、でも要約するとそんなことらしいんっすよ」
確かに言われてみればお師匠様のクー・フーリンやカイト達もまたどこか子供っぽい所があるよな。ソラは瞬の言葉に今まで自分が出会ってきた英雄と呼べる者たちの事を思い出して納得。その上で瞬へと方法を告げる。だが要領を得ないこの言葉に、瞬は首を傾げる事になった。
「そんなこと?」
「とりあえず話してみろ、ってな塩梅らしいんっす。第一は、ですけど。そりゃまぁ、当然の話で相手の事を知らなけりゃ対処のしようもない、って話なんっすけど」
「なるほど……最初の一歩は理解か。それは確かにわかるな……」
確かにそれはそうだ。瞬自身はあまり良くは思っていない事もまた事実だが、事実こうして酒呑童子と話して今もまた彼は酒呑童子が盗賊という呼び名を気に入っていることを理解していた。
そして理解していればこそある程度酒呑童子は恐ろしくもあるが、同時に面倒見の良い性格である事も理解し、こうして助力を求める事が出来るようになっていた。
「望む望まざるに関わらず理解さえ出来てしまえばある程度安心は出来るか。拒む拒まないは別にして」
「そういうことっすね。だからまずは自らの内面に潜り込んで呼びかけて、そいつと対話してみろってのが第一歩らしいです。その上でもしこいつは駄目だって思ったならまた別の方法に行くべきで、こいつは大丈夫ってんなら力を貸してもらえば良いって話っすね」
「道理だな」
どうやらソラが手に入れた本は書いてある事は悪くないらしいな。瞬は言われてみれば納得と言う記載内容に思わず目を丸くしながら感心する。
「だがそういう内容なら俺は第一歩はクリアしていると言って良いのか」
「そうなんっすか」
「ああ……まぁ、酒呑童子が五月蝿いだけで、豊久さんも比較的話はしてくれている」
「時々三人で話とかするんっすか?」
「まぁ、な……なんだかこう言うと変な人感があってあれだが」
「あははは」
島津豊久も酒呑童子も言ってしまえば瞬自身だ。とどのつまり瞬からしてみれば自分自身が三つに別れて話し合っているようなもので、これがまだ内面に潜って話しているから良いが先程のように口に出してしまっていれば独り言――しかも見えない誰かと話している風の――を延々と言い続ける変な人だろう。
「だがそれなら別に俺は必要なかったんじゃないか? 単に自分の中に潜るだけだろう」
「いや、それが失敗しちまったら最初の先輩みたくなっちまうって話じゃないっすか」
「……なるほど。確かに酒呑童子が最初に目覚めたと同時に鬼の力の暴走まで相まって、か」
一番最初の暴走は酒呑童子により鬼神の力が目覚めた結果とも言えるが、同時に瞬の中で眠っていた鬼神の力の目覚めはいつ起きていてもおかしくはなかった。なのでそれと同様に過去世の目覚めにより他に力が同時に目覚めてしまう可能性があり、誰かに監督を願い出るのは至って普通の話であった。
そしてカイトはソラが言う通り、当然のように出来ていそうではある。なので今も四苦八苦している様子の瞬に、というのは筋は通っていた。
「で、最初の話に戻るんっすけど。内面に潜り込むって先輩も最初は結構魔力放ってましたよね」
「そうだな。あれはまぁ、謂わば自分が奪われないように気合を入れていたような感じだが」
「なるほど……で、その後は?」
「そうだな……まぁ、後は自分を強くしながら内側に眠っている奴に手を伸ばしていくような感じか。ちょっとやって見せるか。少し動かんからそこだけ注意してくれ」
「うっす」
胡座をかいて目を閉じて呼吸を整えて。ソラは自らの内側への潜行を開始した瞬のやり方を観察させてもらう事にする。そうして、瞬が内面に潜り込むやり方を見せて貰った後、ソラは彼と同様に自らの内側への潜行を試みる事になるのだった。
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