第3649話 禁足地編 ――圧勝――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。
そここそが禁足地に蔓延する黒いモヤの元凶と判断したカイトは調査を重ねるわけであるが、延べ6日の調査で最下層へとあと一歩の所までたどり着いていた。だがそんな時に現れたのは、かつてサンドラにて遭遇した<<星神>>の一柱『黒き者』であった。
そんな『黒き者』の横槍により最下層一歩手前のエリアで5体の闇の巨人と戦うことになったカイトであるが、彼は同行させていたルークに『神』の召喚をさせるべく単身闇の巨人達を抑え込んでいた。
「ほいよっと」
まぁ、抑え込んでいたと言うとまるでカイトが苦戦させられているような印象を受けるわけであるが、そもそも地球においては<<這い寄る混沌>>の集合体とでも言うべき相手と戦って辛くも勝利を収めているのだ。せいぜい眷属、妥当な線としては奉仕者程度の存在に負ける道理はなかった。というわけで飛来する闇の光球に対して、カイトは<<バルザイの偃月刀>>を投擲して相殺する。
『どれぐらい遊ぶつもりだ?』
「さぁなぁ……前のサンドラの時で数分は要していた。今回はある程度準備も出来ているはずだから、もう少し手間取らないで貰いたいんだが……はてさて、その心を理解してくれるのでしょーか」
お手並み拝見。カイトはおそらくルークもここで<<星神>>達の妨害はあるだろうと予想。その上でどの程度準備が出来ているか、という所を楽しみにすることにしていたようだ。というわけで余裕綽々な彼に向けて、少し離れた所に移動していた闇の巨人が跳び上がって殴りかかる。
「はいはい、お触りは厳禁です……よっと!」
飛来してきた闇の巨人を魔力で編んだ鎖で雁字搦めに絡め取ると、そのまま地面に居た別の闇の巨人に向けて向けて闇の巨人を叩きつける。と、そうして残った魔力の鎖を、別の闇の巨人が引っ掴む。
「おっと……だが悪いな」
これは所詮は魔力で編んだ実体のない鎖なんだよ。カイトは獰猛に牙を剥くと、接触した場所を中心として魔力による爆発を生じさせる。そうして触れていた箇所が大きく消し飛んだ闇の巨人を眺めながらカイトは今度はハンマーを生み出して、振り向きざまこちらに跳び上がってきたまた別の一体の頭にそれを叩き込む。
「おらよ! さて……」
こんなもので倒せるほど楽な相手でもなければ、これでどうにかなるほど楽な状況でもない。カイト達も言っているが、本来この状況の打破は『神』の召喚が必要だ。
だが如何にルークが天才だとはいえ、カイトほどの戦士が駆る『神』の戦いの近辺に身一つで放り出されて無事で居られるわけがない。なので彼もまた『神』を召喚させねばならなかった。
とどのつまり彼が戦うためではなく、カイトが戦うために自らの身を守る鎧として『神』が必要だったのだ。それはカイトも支援するだろう。というわけで支援をすること数分。カイトは真上で膨大な魔力の蓄積を知覚する。
「出来たかな」
『以前より1、2分ほど短縮出来ているな』
「サンドラの時は『神』の召喚は前提にあったし、戦いの直前まで整えていたらしい。今回は整えている時間はなかったが、『神』を呼ぶ可能性は考慮していた。ゼロからスタートではないが、サンドラの時よりちょっと悪い。それで少しでも短縮出来ていたのなら十分だ」
本来『神の書』での『神』の召喚はとてつもない準備か命懸けだ。実際、ルークの前任者は『神』を召喚し、その反動で息絶えている。その某が何年魔術師をしたかはわからないが、ルークの実家であるサンドラの六賢人達の当主達は数十年と魔術師として活動しておきながら、『神』の片鱗さえ呼び出せない者も少なくない。
多少の時間は必要ながらも若くして『神』の召喚を成し遂げ、あまつさえ身一つで命も賭けず召喚を成し遂げてしまえることは間違いなくルークが当代最優の魔術師としての面目躍如であった。そうしてルークを守るかのように、時間の意匠が施された金属の『神』が顕現する。
『召喚完了だ!』
ルークは『神』の顕現を成し遂げると、その自重を利用して一気に急降下。『神』とはいうが、数十メートル級の金属の塊だ。それが1キロ近くも一気に落下するのである。その勢いたるや凄まじく、跳躍していた闇の巨人を地面へと叩きつけるには十分だった。
そうして闇の巨人一体を地面に叩きつけると、ルークはそのまま愛用の杖を模した錫杖で周囲の闇の巨人を殴打。闇の巨人達の隊列をかき乱す。
『カイト!』
「あいよ」
ルークの安全が確保できれば、今度は自分の番だ。カイトは自らの身を包む娘達に指のスナップで合図を送る。カイトは確かに魔術師としてはルークよりはるかに劣るが、肉体的な意味であればはるか格上。そして使う魔導書達は元来カイトが原初の世界で自らのために書き記した魔導書だ。その相性は他の追随を許さず、一切の準備もなく『神』の召喚を成し遂げる。
「よっしゃ。ここまで来れば勝ち確定だな。ちなみに聞くけどあいつって何かわかる?」
「おそらく単にこの更に下に居る奴の尖兵か何かだろう。神が流れ落ちた血や肉から尖兵を生み出すなぞよく聞く話だ。意識的に生み出したものではないのだろうから眷属、とまでは言わんし、奉仕者とも言えん。よくある尖兵だ」
「なんだ。単なる雑魚か」
「単なる雑魚と言えるのはパパ様だけ」
「何だ、その珍妙な呼び方は……」
相変わらず時々変な呼び方をする。ナコトの言葉にアル・アジフが半ば呆れたように笑う。どうやら彼女の天敵たる魚介系の見た目ではなかったからか、ナコトはやる気はなくしたらしい。
まぁ、これで更に地下で眠る何かが魚介系の見た目をしていれば一気にやる気を取り戻すのだろうが、尖兵程度では特にやる気を見せることもなかった。
「あははは……さてっ」
がんっ。魔導書達のやり取りに笑いながらも、カイトは歴戦の猛者だ。『神』の顕現を受けてこちらに肉薄してきていた闇の巨人の一体の頭部を『神』の拳でアイアンクローのように握りつぶす。
「おらよ!」
頭部を握りつぶした『闇の巨人』の腹部に向けて、カイトは『神』の手で貫手を放つ。そうして闇の巨人の胴体を半ばまで貫くと、内部に一気に膨大な力の奔流を叩き込んで一息に消し飛ばす。
「はい、一体終わり……人類舐めんな。お前らが数千年放置してる間にこちとらここまで進化してんだよ」
獰猛に牙を剥き、威圧するように笑いながらカイトが告げる。それはこちらに襲いかかろうとする闇の巨人達への者ではなかったにも関わらず、そして闇の巨人達におそらく自意識のようなものはなかったにも関わらず、生物の根源的な恐怖からか思わずその動きを止めさせるほどの圧力があった。
『おやおや……これは本当に今回の出来事は無駄な出来事になってしまいそうだ』
だがその敵意を一身に受ける『黒き者』は楽しげだ。そして彼だか彼女だかはこの深い闇の中で更に深く笑みを浮かべ、今回の戦いが自分達にとっても一切の意味を持たないことを理解する。
『あははははは……』
獰猛に笑いながら振り向きざま放たれた『神』のサイズまで拡大された<<バルザイの偃月刀>>を無数に突き立てられ、内側から光が溢れ出してこの空洞を満たすモヤごと消し飛ぶ闇の巨人を見て、『黒き者』はまるで人を食ったかのような笑みを浮かべながら楽しげに笑う。
この程度の、数千年前の人類が何百もの犠牲を払って封じた程度ではカイトの相手にはならない。それをこの『黒き者』も理解したのだ。
そうして闇の巨人が一体消し飛ぶと共に『黒き者』の笑い声が段々と小さくなっていき、最後の闇の巨人が倒されると共にその笑い声もまた消え去ったのだった。
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