第3646話 禁足地編 ――三日目――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。
そこが禁足地の最深部より更に深部にあると判断された事により予定を変更し、その調査に乗り出す事になる。というわけで二回目の調査の最終日。カイトは皇帝レオンハルトの指示を受けて、最深部に封じられている者の確認に乗り出すことになっていた。
そしてそういうわけなので、今日も今日とてルークが一緒だった。誰か一緒でなければ地下へ続く隔壁を開けそうにないし、そうなると彼が適任だろうからだ。
「やれやれ……まーたこれだよ。この地下で寝てる奴ほど面倒なんだよなぁ」
「前に何処かでやったのかな?」
「数年前、地球でな」
『……』
「な、なんだか妙なオーラが出ているんだけど……」
カイトの髪から不機嫌なオーラが迸るのを見て、ルークが思わず苦笑する。これにカイトもまた笑った。
「こいつ、その一件で魚介類嫌いなんだよ」
『魚介系なら焼き尽くす。無限の業火で跡形もなく。塵一つ残さない』
『幸い被害を被ったのはお前が着ていた服だけだったんだ。その服とて上に戻ってすぐに父が一番上物を用意してくれただろう。いい加減諦めろ』
『嫌。あの後父様に洗って貰ったけど無理』
何があったか定かではないが、何か色々とあったのだろう。滅多にない強いやる気を漲らせるナコトにアル・アジフが半ば呆れていた。とはいえ、やる気がある分には助かるのでカイトもそれならそれでという所であった。とそんな主従にルークが驚いたような顔を浮かべる。
「……君達……いっしょにお風呂入ってるのかい?」
「魔術師なら珍しいとも思わんが……まぁ、確かにオレは剣士だから珍しいか。それ言ったら魔導書持ってるのも珍しいが。だが魔術師としてなら普通だろ? お風呂でさえ杖を手放さない魔術師なんてザラだしな」
「……まぁ、そう言われれば……」
魔術師がお風呂に入るのに魔導書を手放すというのはある意味自然だが、魔導書は普通の書物ではない。魔力がある限り、水に濡れようが溶岩に浸かろうが濡れないし燃えない。
お風呂で魔導書を手放す意味がないのだ。なのでお風呂場にも魔導書を持ち込んで自衛に努める魔術師は珍しくないどころか、ある程度上位の魔術師なら普通でさえあった。だがそんな彼の指摘にルークは恥ずかしげに視線を背ける。
「どうした」
「い、いや……まぁ、うん……」
「ああ、なんだ。別に女性の姿で一緒にお風呂、ってわけじゃなくても良いだろう」
確かに女性の姿を取った時のエテルノはモデル体型で、一緒にお風呂を入るのは些か憚られるのは別に間違いではない。というわけで笑って別にそれなら不思議はないというカイトであったが、主従が妙な雰囲気を醸し出していることにカイトは気が付いた。
「『……』」
「……まぁ、その、なんだ。別に良いんじゃないか? お互い拒まないのなら手を出しても。魔導書と結ばれたって話は聞いたことないが……うん。男と女だし不思議でもなんでもないだろう……すまん。要らんこと言った」
流石にカイトも自分で失言を発したことは理解したらしい。とはいえ、彼も先程の妙な雰囲気からどう反応すれば良いかわからなかったのも事実だったのだろう。というわけでルークも一つ頷いて今の言葉はなかったことにして、カイトの話は不思議でもなんでもないと同意した。
「ま、まぁ……うん。私もやろうとしたことはある。うん……あるんだが……」
「まぁ、オレもアウラ以外にも姉代わりというか姉を自称し姉と他称される存在が二人ほどいるが。そっちパターンもあり得たか」
「そっちパターン?」
「ウチの姉もどきは平然と風呂上がりにタオル一枚でリビングを彷徨くもんでな……今更おっぱい丸出しで歩かれようが、もうそういうモンという認識でな……」
「……君も君で大変なんだね」
どこか遠い目をするカイトに、他所は他所で大変なのだとルークは理解したようだ。というわけでルークがカイトへと問いかける。
「うん。どうしたら良いんだろう。お風呂場だろうと魔術師が魔導書を手放すなぞあってはならないことだ。神話で湯浴み最中、沐浴の最中に魔導書を奪われ死んだ魔術師の話は珍しくもない。その二の舞を踏みたくはないんだが……」
『いえ、これは私が悪いのです。主人の身体が思った以上に鍛え上がっていたことに思わず赤面してしまったことが悪い』
「いや、それで言うのなら私の方こそ君がずっと魅力的な」
「ねぇ、この二人。人様ほっぽって甘酸っぱい空気出してるんですけど」
『条理を踏み躙り、道理を叩き潰す魔導書と魔術師にあるまじき空気だな』
ぱたぱたぱた。真横で繰り広げられる初心な光景に、盛大に呆れた様子のアル・アジフがカイトの髪を操って扇状にして仰ぐ。とはいえ、こんなことで無駄に時間は使っていられない。というわけでカイトは主従におずおずと口を挟んだ。
「あー……すまん。話を振っておいてなんだが、本題戻して良い?」
『「っ」』
「ご、ごめんごめん。それで地下への隔壁だね。エテルノ」
『あ、はい。開けます。コントロール方法としては文明の共通コンソールです。何度かやったことがありますし、母の権限も頂いているのでそちらなら問題ないかと』
「よし」
もともとこの地下に向かう際のふとした雑談で話が脱線に脱線を重ねてしまっただけだ。なので気を取り直したルークとエテルノの主従に、カイトは一つ気を引き締める。
「それでカイト。さっきも言わせて貰ったけど、私も行かせてもらうよ。流石に君だけだと相手が何で、どういうものか情報がないからね」
「わかっている。だがそっちこそわかっているな? 相手は何かわからないが、少なくとも古代文明が敗北した相手だ。万が一の場合は身を守ることに徹しろ」
「無論だよ。それに私からしてみればこれこそが本当の初陣だ。シミュレーションにシミュレーションを重ねたが、無理をするつもりだけはない」
なにせエテルノと出会ってからの十数年、延々とこの日のために準備をしてきたのだ。ルークの気分はここ数年で一番気合に満ち溢れていたとさえ言えただろう。だがそんな彼に、エテルノが忠告する。
『だからこそルーク。注意なさい。あなたの前任者は奴らの眷属と相打って死んだ。眷属相手でも死ぬのです。それが、あなた達の敵です』
「わかっているとも。だから今日の私は彼のフォローに徹する。何が起きてもね」
『それで良い……カイトさん。申し訳ありませんが、万が一の場合はルークは引かせます。構いませんね?』
「もちろん。ここで矢面に立たせたら教授に怒られちまう」
エテルノの問いかけに、カイトは笑って快諾する。教授というのは地球でカイト達と共に戦う者の一人だ。その彼は個人としての戦闘力も地球トップクラスだが、特に後進の育成に注力しており、カイトもそのあり方を見習っていたのであった。
「よし。じゃあ、行くか」
「ああ」
カイトの言葉にルークが応じて、彼はエテルノの指示に従って古代文明の遺跡のコンソールを操作。地下に続く隔壁のロックを解除する。
「出来たよ。これでロックは開いている」
「扉は自動じゃないのか」
「みたいだ……行こう」
「あいよ」
本来は扉の前に誰かが居て見張るべきなのだろうが、今回は人手も足りない。なのでカイトとルークは揃って大空洞の最深部へと移動。隔壁の前へと立つ。
「ルーク。少し離れてろ」
「もう離れているよ……でも君までそんな離れて……ああ、そうか」
「便利だぜ、これ」
ルークの理解に対して、カイトの長い髪がうにょうにょと蠢くようにその存在を主張する。先ほどからアル・アジフも動かしているが、この髪は魔導書達の意思で自由自在に動く。カイト自身も遠く離れながらも、こうして隔壁を開けることが出来るのであった。
「だが何か途中から白いのは意味が?」
「ああ、先端から更に魔術を行使して蜘蛛の糸を放っている。万が一隔壁を開けた瞬間に何かが飛び出してきても困るからな」
「なるほど」
その蜘蛛の糸とやらも普通の蜘蛛の糸ではないのだろうな。ルークはカイトの言葉をそう理解する。そうして彼らの見守る前で隔壁がゆっくりと持ち上がって、それと共に地下への階段がせり上がってきた。
「重い重いと思ったら。階段も一緒に上がってくる仕組みだったのか」
『どうする? 先に髪だけを這わせて進ませることも出来るが』
「中が確認出来るのか?」
『音波による計測なら出来るが』
「寝てる子を起こすことになりかねんから自分でやる方が良さそうだな」
『それを推奨しよう』
カイトの問いかけにアル・アジフが伸ばしていた髪を元通りの長髪に戻す。そうして彼はルークと頷きを交わすと、一つ指を回して虚空に<<バルザイの偃月刀>>を顕現させた。
「こいつが通用すりゃ良いんだが」
『そもそも魔術の補助を行うための偃月刀で近接戦闘をやるな、でしかないがな』
「偃月刀なんだから近接戦闘出来ないわけがないだろ」
本来の用途として使われることの滅多にない<<バルザイの偃月刀>>を弄びながら、カイトは改めて本来の使い方をするつもりがあまりないことを明言する。
というわけでそんな彼がジャグリングのように一つ放り投げるたび、偃月刀が分裂して増えていく。そうして最後にそれらをすべて放り投げて、彼の真後ろにまるで剣の翼のように対空する。
「それにどっちにしろ魔術で編んだ模造品。使い捨ての投げナイフと一緒だ。投げて魔術の媒体にしてどかん、が出来るか否か程度の違いしかない」
「うーん……前に善戦出来たかなと思ったけど」
『勘違いですね』
「はっきり言われると来るものがあるね」
相変わらず多彩な男だ。ルークはふわふわと八本の<<バルザイの偃月刀>>を浮かべたカイトに苦笑いを浮かべる。そうしてそんな二人はせり上がってきた階段の前に立つ。
「アル・アジフ、ナコト。試しに一度視界切れる?」
『切っても良いが碌なものは見えんぞ』
『切らないこと推奨』
「それはわかってる。ただどんなもんかな、と」
『好きにしろ』
興味本位でしかないカイトの言葉に、アル・アジフは呆れながら彼の目に掛けていた保護を解除する。そうして実際の状況が見えるようになり、カイトは盛大に呆れ返った。
「うわぁお、こりゃすごい。モヤが一気に吹き出してるのか」
『私達が常時魔術の防御をしていなかったら下手すれば今ごろ押し流されてる』
「ほんと、なんでオレお前らに初手から頼らなかったんだろ」
『調子の良い奴め』
カイトの言葉にアル・アジフが半ばあきれたように、しかしどこか嬉しそうに笑う。やはりカイト自身がカイト自身のために作ったものだ。本来の用途として役立てることは嬉しいらしかった。
というわけで再び完全に魔導書により保護されたカイトが、モヤに埋没していた階段の中へと足を踏み入れる。といってもアル・アジフ達の防御により普通に進むと同様でしかなかったが。
「……相当深そうだな」
「どれぐらいありそうかな?」
「さぁな……だが数十……という程度ではなさそうだ」
階段はどうやら螺旋階段らしい。下がどれだけかはわからなかったが、相当深いことだけは確かだった。というわけで二人は意を決して、更に地下を目指して進んでいくのだった。




