第3642話 禁足地編 ――中間報告――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。そこが禁足地の最深部より更に深部にあると判断された事により予定を変更し、その調査に乗り出す事になる。
というわけで2日の休息の後に再び古代遺跡の調査に乗り出したカイトであるが、彼はエテルノの助言を受けながら最下層の調査を実施。エテルノの主人であるルークの影響を鑑みて早めに古代遺跡の調査を切り上げると、エテルノを纏った状態でルークを検査のため医務室に送ると共に自身はティナらと共に情報の精査を行っていた。
「なるほどのう……遺跡全体の構造は卵型。大空洞を取り囲むように通路を設置……上層階の通路が何を目的としておるか、は調査待ちじゃが」
「調査待ち、と言っても誰が調査出来るかレベルになってくるが」
「それはマジでそうなるのう」
カイトの指摘にティナはただただため息しか出せなかった。誰があの領域に調査に赴けるか、というとカイト達のように『神の書』レベルの魔導書を持ち、しかもそれを十全に使いこなせていないとならない。
その上で身を守るためには魔導書との間でしっかりとした信頼関係を築けている魔術師でなければならない、という条件まであるのだ。無論前提条件の『神の書』というだけで非常に珍しい。ティナがため息を吐きたくなるのも無理はなかった。とはいえ、これはまだマシな方であった。
「とはいえ、じゃ。まだマシはマシ。お主しか調査出来なかったものがお主以外も出来る……のではないかとなった分のう」
「どうだろうな。マルス帝国の連中が『神の書』を持つ魔術師を派遣していなかったとは到底思えん。多分耐性が多少あるという程度で絶対視は出来ないと思うぞ。というより8割方ルークが行けたのはエテルノさんが<<星神>>への対抗策として作られた魔導書だから、という可能性が高いと思う」
「むぅ……たしかにそれも道理やもしれんのう……」
カイトの指摘する通り、エテルノは元来古代文明に属していた魔術師が後世の戦士達に向けて<<星神>>に対抗するために遺したものだ。当然あの黒いモヤに対しても対抗策を有している方が自然なのであって、他の魔導書がすべてそうかと言われれば少し考えるべき点ではあっただろう。
「まぁ、オレとしてもオレ以外の誰かでも調査出来てくれりゃ有り難いんだがねぇ」
「じゃが万が一『神の書』が操られでもすれば最悪も最悪。更に最悪を上回れば『神』の召喚に召喚系に長けた魔導書ならば異界の存在の召喚まであり得る。さーらーに、最悪を割増で追加するなら眷属やらの召喚から、<<星神>>連中の追加召喚まであり得るのう」
「想像するだけで最悪だな……」
<<星神>>が地球の<<外なる神>>や<<旧神>>に該当するのなら、その戦闘力は折り紙付きだ。これが複数体召喚された日にはカイトでも苦戦は免れない。
それこそ厄災種同様に複数の国が集まっての総力戦も前提にせねばならないだろう。そのような事態はカイトとしても御免被りたかった。
「まぁ、とはいえ。情報は多少なりとも集まりはした。あの古代遺跡が原因とわかっただけ儲けものじゃ……その結果がおそらく<<星神>>かそれに近い連中が封印されているとなるとそれはそれで嫌な話じゃが」
「それな……」
正直に言えば非常に嫌な話でしかない。カイトはしかめっ面でティナの言葉に応じて、ため息を吐いた。
「やれやれ……これでいっそ自然災害の類ならまだ良かったんだが」
「諦めがつくという意味でか?」
「そういうこと……誰にも対応出来ないからな。究極的な意味でオレを除けば、だが」
どれだけ魔術に関連していようと、それが自然災害である限りカイトにも対処は出来ない。最終手段として大精霊達が居るには居るが、それは本当に最終手段。カイトの存在を知る政府高官達さえ口が裂けても言えない。故にカイトに対応が望まれることはなかったが、今回のように原因が全く別であれば話も別になってしまうのであった。
「ま、そうじゃのう……雑談はこの程度で良いかのう。で、本題」
「本題」
話し合いたくないなぁ。カイトはティナの言葉にオウム返しに言葉を返しつつ、盛大にしかめっ面だ。とはいえ、避けては通れない話ではあった。
「石碑の碑文の翻訳結果じゃな」
「外側4つは良かったの?」
「良かったらしいのう。無論明日以降の調査でそちらも確認はさせねばならんが……少なくとも封ぜられている何かしらについてはあの二つだけで十分じゃったらしい」
ぴらぴら。ティナはシャルロットの問いかけにルークというかエテルノから提出された資料を振る。カイトが戻るまで暇だったこともあり、石碑に刻まれた碑文の翻訳結果を紙に書き記してくれていたらしい。エテルノを纏った状態で医務室に叩き込めたのにはそういう理由もあったのである。
ちなみに、帰りまで見守る必要はないだろうとシャルロットは帰路はカイトを一応の見守り程度でしか見ていなかったので、帰りでの話はほとんど把握していなかった。
「<<蔓延る闇>>……それが封ぜられている何かの正体らしい。読み方はわからん。ただしこれが眷属か奉仕者か、はたまた犠牲の果に本体を封ぜられたかは石碑からはわからんらしい」
「本体は無理だろう」
「そうなの?」
「ああ……流石に星星の神を相手には星一つの神ではベースが違いすぎる。信仰心の総力が桁違いだ……シャル、お前で確か信者の数というかお前を知って敬意を払う者の数は数百万規模だろう? 知名度だけで言えばゼロが二つぐらいは増えるかもしれんが」
「そうね……知っているというだけであればおそらくこの大陸の半数以上の人は知っているんじゃないかしら。月を知らない、というのはあまりに不遜だけれど」
カイトの問いかけにシャルロットはそう言って笑う。実際彼女は謂わば日本における月読命に該当――偉業と知名度を鑑みれば素戔嗚尊だが――する。日本人ならば月読命が何をしたかを知らなくても名前ぐらいは知っている、聞いたことがあるだろう。
そして彼女はかつてマルス帝国以前にエネシア大陸を統一したルナリア王国の主神の片割れだ。マルス帝国というかその前身となるマルス王国にはすでにその神話は広くこの大陸に広まっており、マルス帝国も単なる神話を禁ずる理由はなく地元で信仰されている土着の神の影響が強い場所以外では基本は知られていた。
「そ……今後お前の神話が広がって知名度があがっても、エネフィア単独であればおそらく数億が限度だろう」
「……なるほど。それは無理ね」
知名度の桁が違う。カイトの言わんとするところを理解して、シャルロットは思わず苦笑する。
「確かに月を知らないことは不遜だけれど、他の星の者がこの星の月を知らないのは当然。他の星には他の星の月があるのだから」
「そういうこと……もちろん、エネフィアから文明が広がっていけばお前の神話もまた広がっていくことになるから月の女神はお前になるが……そこはそれだ。数多星星、数多文明を渡り歩いてちょっかいを出す奴らは流石に桁が違う。神様でも勝てねぇわ」
「その神様でも勝てねぇわ、な奴数万体が折り重なった化け物に勝ったお主はなんなんじゃ、という話じゃがの」
「ボッロボロになったがな」
ティナの指摘にカイトは楽しげに笑う。だがその笑いがかなりやけっぱちなあたり、彼自身も再戦だけは御免被りたいところなのだろう。
「ま、そりゃそれとして。そういうわけで流石に当時のエネフィア文明がどれだけの規模だったかは知らんが、流石にその下手すりゃ現段階でも数兆とかその規模の神様を封じられるとは思えん。もし可能だとするのなら<<這い寄る混沌>>に対する<<生ける炎>>みたく、こいつ殴れるなら力貸すよ的な奴の介在でもなけりゃ封印はできん。いや無理か。本体案件だな。分け御霊が来てどうにかなる領域じゃねぇわ」
「その二柱がどういう者かはわからないけれど、少なくともこの星で暴れられて良いとは思えないわね」
「良くねぇな。多分星が一つ軽く消し飛ぶ。それがわかっているからやらないだろうけどな」
<<星神>>にせよ<<外なる神>>にせよその根底には人類を試す者という側面がある。なのでもし試練に失敗した場合は星を再利用することが多く、人が住むことの出来る星を破壊するのは基本は禁止されていた。というわけでそこらは安心していたカイトだが、同時に安心できるわけでもなかった。
「どうにせよ封じられている奴が何か、次第で対応が異なってくる。色々と準備を整えて一回は確認しておくべきだろうな」
「じゃろうな……復活の兆候があればどうする」
「先手を打つか、放置するか……まぁ放置しても復活したらやるのオレ達なんだけどさ」
「じゃろうなぁ」
現状そんな格の違う相手を倒せるのはカイト率いるマクダウェル家だけだろう。流石に準備は整えはするが、放置は悪手でしかなかった。というわけでこの後もしばらくの間、一同は<<星神>>の遺物についてをどうするかの話し合いに時間を費やすことになるのだった。
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