第3638話 禁足地編 ――太古の歴史――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。そこが禁足地の最深部より更に深部にあると判断された事により予定を変更し、その調査に乗り出す事になる。
そうして再調査に乗り出すカイトだが、その横には古代文明の遺跡に記された言語の解読を行うべくエテルノと一体化したルークが一緒だった。というわけで再びマルス帝国の秘密研究所の最深部から更に地下の古代遺跡へと足を踏み入れていたのだが、十数分進んだところでふとルークが足を止めたのを受けてカイトもまた足を止める。
「ん? どうした? 来る前に話したゴーレム達はもう少し先だが」
「ああ、いや……エテルノが止まってくれとね」
『これは……やはり私が記された文明の遺跡です。この紋様は我が母が使った紋様です』
「ということはエテルノを記した方もここに?」
『おそらく』
我が母というのはエテルノを執筆した魔術師のことで、どうやら女性だったらしい。その彼女もこの遺跡の建設に関わったようで、彼女の花王のようなものが遺跡に書かれていたらしかった。というわけでルークの問いかけを肯定するエテルノに、カイトが問いかけた。
「この時計……いや、丸の中にメビウスの輪のような円環がある紋様ですか?」
『はい……これは母が今で言うところの花王代わりに使っていた紋様です。一筆書きで楽に描けるので重宝されていた』
「なるほど……」
パシャパシャ。カイトはエテルノの言葉に今回も持ち込んでいたデジタルカメラでエテルノの著作者の花王を撮影する。ルナリア文明より更に古代の文明については情報がなさすぎるので、一つでも良いので情報が手に入れられるのなら欲しいのであった。
「とはいえ、これでいよいよルナリア文明より古い文明で確定か……シャル」
『ええ……いよいよわけがわからないわ』
「だなぁ……」
カイトとシャルロットは深まる一方の謎に揃って肩を落とす。ルナリア文明が滅びたのは召喚実験の失敗により邪神と化した地球の神が召喚されたことだ。そして召喚された実験時の記録なども残っていることから、邪神がルナリア文明末期に地球から召喚されたことに間違いはない。
それなのになぜ、このルナリア文明が興るより前の遺跡に邪神の影響があるのか。二人にわかるわけがなかった。
「エテルノさん。確かこの遺跡を作った文明が滅びたのは<<星神>>との戦いに敗れたから、でしたよね」
『はい。それ以降、私は彼らと何千年と戦い続けています……といっても常に戦い続けたわけではなく、主を変えて文明の影で暗躍する彼らと幾度となく、というところですが……』
「<<星神>>のように星星を渡り歩き、そして文明の裏で暗躍する神々との戦いは誰にも知られず何千年と続いていた、か……まぁ、地球でも同じような状況があった疑問はありませんが」
三百年も昔に大戦を終わらせた頃でさえ、その裏には更に人知れず戦いが起きていたというのだ。地球で<<外なる神>>という存在を知るカイトとしてはどこの世界でも変わらないと思うが、同時にだからこそ呆れ返ってもいた。
『そういえばカイトさんは地球でも奴らと同じ存在と戦っていたのでしたね』
「こいつらと一緒にね」
とんとん。エテルノの問いかけにカイトは自らの胸を叩く。キタブ・アル・アジフ。ナコト写本。ともに外なる神について記載されたクトゥルフ神話に描かれる魔導書だ。
そしてクトゥルフ神話はある意味最も新しい神話と言っても過言ではない。だがそれは人類が宇宙に飛び立つ前段階にたどり着いたからこそ、再び彼らが接触してきたからなのだと考えれば当然の道理でさえあっただろう。というわけでそこらを見てきたカイトは自らの推測を口にした。
「<<外なる神>><<星神>>……共に宇宙進出の前段階にたどり着いたところで奴らは接触してきている。おそらく空飛ぶ乗り物が出来たタイミングこそが奴らにとって接触のタイミングなんでしょうね」
『ということは地球では』
「ええ。飛行機という乗り物が出来たタイミングで、奴らは再び地球に接触してきたそうです。それでいうのであればこちらでは飛空艇ですが……三百年前、オレとティナが碌な引き継ぎもなく地球に渡ったことで技術が停滞。飛空艇の一般的な普及は五十年ほど前になっている。再び暗躍を開始したのがその頃と仮定すると、今のタイミングはオレ達が帰還してなくてもちょうど奴らが表立って動き出すタイミングと考えて良さそうだ」
天文学的な距離で動き回り、星星の寿命を超えて活動する神々だ。人の一生涯にも匹敵する時間だろうと、彼らにとって瞬きの間と大差がない。ならば五十年の時を経て動き出したとて、それは彼らにとって誤差でしかなかっただろう。というわけでカイトの推測にルークとエテルノが揃って道理を見る。
『「なるほど……」』
「まぁ、それは奴らに聞かにゃわからんところではありますが……それはそれとして、です。その文明の最後はどうなったんですか?」
『……<<星神>>との戦いの最後の日に何が起きたのかは私も詳しくは知りません。私が記されたのは文明が崩壊した後でしたので……母もこのままでは死ねない、という意地と無念で息を繋いでいるようなものでした』
「負けた、か……いや、考えるまでもないか」
エテルノの言葉にカイトは壁面に記された円環にも似た紋様を見上げる。何が起きたのかはわからないが古代文明が滅んでいる以上、<<星神>>と古代文明の勝敗は火を見るより明らかだ。
『ええ……ただ最後は誰かを中心として<<星神>>の主力と戦い、そしてその戦いに敗れたのだと母は私に記しています』
『「……」』
「……何か覚えがあるというような顔だね」
エテルノの言葉を聞くなり神妙な面持ちで沈黙したカイトに、ルークが問いかける。これにカイトは苦笑いを浮かべて頷いた。
「まぁな……その戦い、オレもやったよ。地球でな」
「その勝敗は、と問うまでもないのだろうね」
「ここにオレが居て、地球は続いている。それが答えだ。オレをして全治半年ほどの大怪我を負ったがな」
『あれは私が居なければ死んでいただろう』
「あっはははは。いってっ! ちょっと!?」
楽しげに笑ったカイトだが、またやらかしたのかとシャルロットはご立腹だったようだ。わざわざ実体を持たせて彼を殴り付けていた。とはいえ、その様子からそれはかつてのように馬鹿なことをやったというわけではないことも察したのか、シャルロットも笑っていた。
『私は私の下僕に死ぬことを許したつもりはないのだけど。それとも一度蹴り返されたぐらいじゃわからなかったのかしら』
「だからここにいるんでしょーが。頑張ったよ、オレ」
『だから一発で許してあげたわ。』
『頑張ったのは私だが』
「確かにお前の手は借りたがあれは自己召喚だ」
『そこらはどうでも良いわ。でも罰は罰。死神の神使が神の許可なく死ぬなんて言語道断よ』
魔王ティステニアを撃破したカイトが死ぬほどの戦いだ。間違いなく彼が戦った相手はかつての魔王ティステニア以上の大化け物だったのだろう。本来勝つことなぞできるわけがなく、生きて帰れただけ儲けものでしかなかった。
「イエス・マイ・ゴッデス……今後は死ぬ時は許可を貰ってからにしましょう」
『許可なんてあげないから安心なさい』
「やったぜ……っと、それはそれとして。また奴らと戦わんとならんのか」
「や、やる気なんだね」
「お前も付き合ってもらうから覚悟しとけ」
「それはもちろん」
<<星神>>の監視下に居た頃から、彼らの横っ面に一発入れるためだけに鍛えてきたのだ。今更置いてけぼりにされても困る。ルークはカイトの軽口に軽い様子でそう答える。そうしてそんな彼はエテルノと出会った日のことを思い出しながら、自身もまたエテルノの母が記したという紋章を見る。
「貴女の無念と彼の無念、共に私が受け継ぎましょう」
『……』
本当に良い魔術師に、戦士に育ってくれた。エテルノは幼少の頃より見てきたルークが決意と共に告げた言葉にそう思う。と、そんな彼にカイトが問いかける。
「彼?」
「ああ、私の前任者でエテルノの前の主人だ。私が<<星神>>に導かれてエテルノのところにたどり着いた時にはもう虫の息だった。私に契約を引き継いだと共に、ね」
「そうか……奴らを相手に人知れず戦い抜いた戦士の末路としてはまだ上出来な方、か」
「そうだね」
エテルノから歴代の主人達のことは聞いている。その内何人が看取るものもなく死んでいったのかも。まだ人知れずとはいえ自分が看取れただけマシ。それをルークはしっかり理解していた。というわけで決意を新たにしたルークに、カイトが告げた。
「……行こう。この古代文明の遺跡の連中の無念を無駄にしないためにもな」
「ああ」
兎にも角にも何があったか、そしてここが何なのかを知らないことには対策の立てようがないのだ。そして幸いなことに当時の知識を持つエテルノが一緒。この古代文明の遺跡を役立てることは不可能ではないかもしれなかった。というわけで、二人は改めて最深部へ向けて歩き出すのだった。
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