第3637話 禁足地編 ――再開――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。そこが禁足地の最深部より更に深部にあると判断された事により予定を変更し、その調査に乗り出す事になる。
というわけで古代遺跡の調査を行いつつもその合間にシャルロットに仕える神官やエンテシアの魔女の招聘を行っていたカイトであるが、その翌日はなんとか休養を取って再びの調査に備えていた。そうして5日のスパンが終わり、次の調査が開始されることになる。
「で、来るのは良いんだが大丈夫なのか?」
「それはエテルノに聞いてほしいな」
「一応は大丈夫のはずです」
ルークの問いかけを受けたエテルノは少しだけ自信なさげにカイトの問いかけに答える。これに、カイトは少しだけ苦い顔だ。
「一応、か」
「申し訳ありません。何分数千年か数万年も昔の話なので……」
「まぁ、しゃーないんだけどさ」
もともとエテルノは現代文明が興るよりも更に昔。おそらく<<星神>>と呼ばれる者たちが滅ぼした超古代文明で作られた魔導書と考えられている。なので数千年昔の記憶を即座に思い出せ、といっても無理なのは当然の話だった。というわけでエテルノの返答を理解していたカイトは苦い顔のまま続けた。
「これもまた無理は道理で聞くんだけどさ。件の超古代文明がいつ滅んだか、は流石に正確な頃合いは覚えてないんですよね?」
「ええ……やろうとすれば思い出すことは不可能ではないですが……」
「数千年から数万年分の記憶の圧縮を一度解凍して該当部分を、か」
「今日明日明後日で終わることはないだろうね」
ため息混じりのカイトに、ルークは楽しげに笑う。数千年数万年の時を生きるからか、それとも魔導書もまた書物であるからか。エテルノのみならず基本的に人格を宿した魔導書は記憶を削除せず、ある程度古くなった記憶をパソコンのデータ圧縮のように圧縮して容量を減らしているらしい。
そうすることで過去の記憶を数千年数万年という月日が経過した後でも劣化なく思い出せるようにしているのだが、そのデメリットとしてデータ圧縮と同様にデータを解凍しないと記憶を呼び起こせないという点と、解凍に経過した時間に応じた時間が掛かってしまうのであった。そして今回は数千年から数万年だ。何日かかることやら、というところであった。というわけで笑うルークであったが、そのままエテルノへと問いかける。
「とはいえ、記憶は圧縮されていても知識は残っている。そちらを頼みに行けるだろうと判断している……ということで良いかな?」
「そう考えて頂ければ」
「と、いうわけだよ」
「わかった……まぁ、オレとしても来てもらえるのなら有り難いが」
先にカイトが撮影した写真だが、その内数枚はエテルノが知っている超古代文明の紋様である可能性が非常に高いらしい。とはいえ、そうなってくるとほぼほぼ情報がないに等しく、エテルノが頼りだった。
「とりあえず重要なのは最深部の石碑……か」
「ああ。あれは2つ揃って意味をなすものらしいんだが……あはは。詳しくはさっぱりだったね」
「あれは2つ合わさることで対象を恒久的に封印するためのものです。なので片方の石碑だけを読み取ったところで何が封じられているか、どういう形で封じられているかはわかりません」
「えーっと……確か術式を循環させることで絶えず変化を生じさせて内部からの干渉を防ぎつつ、更には石碑を複数設けることで儀式としての側面も持たせる……だったかな?」
エテルノの講釈を思い出しながら、ルークは確認とばかりに問いかける。これにエテルノは頷いた。
「そんなところです。無論こんな形式なのでデメリットも多く、石碑が壊されでもしたら復活の危険が一気に高まることになってしまうものでもあるのですが……」
「その分だけ効果は高い、と」
「ええ。さらには3つ4つと設けることで万が一石碑が一つ失われた場合に対処することもできるようになる。その分術式の構築は難航してしまいますが……」
おそらくここに封ぜられている何かしらは非常に悪いものなのだろうな。カイトはエテルノの講釈を聞きながらそう思う。そしてそれはルークも同様だったようだ。
「やれやれ……<<星神>>と本格的に争うのはもう十年先と思っていたんだけど」
「まだ<<星神>>と決まったわけでは」
「<<星神>>以外にこんなややこしい術式を展開するような相手がいるのかい?」
「……まぁ、あまりいませんが」
<<星神>>はその名の通り星星を渡る神だ。その戦闘力は非常に高く、カイトでさえできることなら戦いたくはなかった。だがそれと争ったのが超古代文明だ。
現代を見れば敗北は喫したのだろうが、何体か相打ちにできていても不思議はなかった。というわけでそんな話をしながらマルス帝国の秘密研究所を地下へ地下へと降りていくことしばらく。一同は古代遺跡へと通じる隔壁の前にたどり着いた。
「ホタル。隔壁前に到着した。開放の準備を頼む」
『了解。隔壁の開放に入ります』
カイトの指示を受けて、ホタルが古代遺跡から黒いモヤの流入を防ぐ隔壁を操作する。そうして第一隔壁が開くとともに、ルークがエテルノへと視線を向ける。すると彼女の体が紙の束になって弾け飛び、ルークの全身を覆い尽くす。
『これで精神系に強い影響を与える力は防げるはずです』
「そういえばエテルノ。君は洗脳やらは効かないのか?」
『魔導書に洗脳が通用するわけがありません。そもそも我々は書物。そこに自意識が宿ったとて書物であることに変わりはありません。私に対する洗脳はいわば魔導書の記載を書き換えるようなもの。その難易度はあなたなら推して知るべしではないかと』
「なるほど。確かにこうして話しているからふと忘れてしまいそうになるが、君は魔導書。そして魔導書は魔術の塊。それらすべてを書き換えるなぞ人の身には到底できまいか」
エテルノの指摘に対して、ルークはなるほどと納得する。とはいえ、これにカイトが微妙な否定を入れた。
「それでも魔導書に幻を見せることはできるから、絶対に効かないというわけでもないだろうけどな」
『それも否定はしません。魔導書も夢を見る』
「君も夢を見るのかい?」
『私を何だと思っているんですか……』
「いや、すごい魔導書だけど……」
びっくり仰天という様子でエテルノの言葉にルークが目を見開く。そんな彼に、カイトは笑った。
「それは良いだろ。魔導書も寝るんだから夢の一つも見る。それがあり得ざるものか、それともはるか太古の過去かは別にしてだがな。それは言い始めたらオレ達も一緒だし」
「それはそうだね……でもそれと幻を見ることになんの関係が?」
『幻も所詮は夢と一緒です。魔導書が夢を見ることができるのなら、幻もまた見ることができてしまう。そういうことです』
「なるほど。幻は起きている時に見る夢とも見なせる。であれば、というわけか……ん? それならこの先、危なくないかい?」
『それは問題ありません。少なくとも幻を見せる類ではない。精神に通用するか否かはまた別問題です』
幻を見せる類であれば危険だったかもしれないが、精神に作用する類であれば問題ない。エテルノはルークの懸念にそう明言する。そして少なくともここから先のモヤが幻を見せる類でない事は間違いない。ならば安心だった。
「わかった。ありがとう」
『いえ』
「じゃ、話がまとまったところで……ホタル」
『了解』
どうやらカイトは二人の話が纏まるのを待ってくれていたらしい。二人が納得したのを見てホタルへと再度の指示を出す。そうして第一隔壁がゆっくりと閉じられて、カイトは第二隔壁を押し開いた。
「よいしょっと……ほら」
「ありがとう」
「よし」
ルークが出るのを確認して、カイトは自身も外に出て隔壁を閉鎖する。
「これが禁足地だ。どうだ? 禁足地に足を踏み入れた感想は」
「良くないね。暗いからあまりよく見えないし……どうせならラエリアの聖地にでも言ってみたかったものだね」
「あはは……ま、ここは禁足地の中でも一番見通しは悪いか」
ルークの返答にカイトは楽しげに笑う。言うまでもないが禁足地はここ以外にもいろいろなところにある。それこそラエリアのように自然豊かなところでも所以から禁足地になっていたりするのだから、一言で禁足地と言っても状況は様々だった。
「じゃあ、行くぞ。結構歩くことにはなるから、はぐれないように注意してくれ」
「わかった……そうだ。エテルノ。君はこのモヤは影響なく周囲が見えるのか? 幻の類ではないんだろう?」
『見えます。やろうとすれば、ですが。まぁ、光がない空間でもありますのでかなり見え方は想像と違うと思いますが』
「え?」
できるという返答に驚きを浮かべたのは他ならぬカイトだ。というわけで彼は恐る恐る、という塩梅で自身の懐にしまわれた二冊の魔導書達を見る。
「……できる?」
『できるが』
『できる』
「……」
ぱちんっ。カイトが指をスナップさせると、途端二冊の魔導書が紙の束になって弾け飛ぶ。そうしてそれが彼の身体を包みこんで、こちらもまた魔導書と一体化した。そして即座に魔導書達の力がカイトにも作用する。
「見えるな!」
「な、なんで怒るんだい……」
「いや、自分のバカさ加減と変に変な才能を持っているってのも都合が悪いんだなぁ、と思った次第」
あはははは。カイトはルークの問いかけに乾いた笑いを上げる。今まで単身で乗り込めたことと、そもそも三百年前はこの魔導書達はカイトの手元になかったことで魔導書を使おうという発想が全くなかったらしい。
というわけでふとしたことから視界の確保に成功したカイトは、同じく視界の確保に成功したルークとともに古代遺跡を目指して進んでいくことになるのだった。
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