第3636話 禁足地編 ――エンテシアの魔女――
皇帝レオンハルトの要請を受けて禁足地の調査に訪れていたカイト。そんな彼は禁足地の調査の前に禁足地にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になるのだが、その結果として秘密研究所の更に地下に古代文明の遺跡がある事が発覚。そこが禁足地の最深部より更に深部にあると判断された事により予定を変更し、その調査に乗り出す事になる。
とはいえ禁足地の中である事に変わりはなく三日調査を行い二日休養を取るというスパンでの調査を行う事になっていたわけだが、その休養の最中。カイトはかつてシャルロットが生み出した神官を回収し、更にティナが探していたエンテシアの魔女の招聘を行うべく魔女の工房を訪ねていたのだが、顔なじみというピュルテが呼び鈴に触れた瞬間、一同は何処かへと飛ばされてしまっていた。
「あいたたた……」
「ちょいとびっくりしたな」
「条件発動型の転移術か。いやさ見事」
どうやらピュルテだけうまく着地出来なかったらしい。彼女だけおしりを撫ぜていたが、他は各々特に問題なさそうだった。ちなみに身体能力であれば灯里が一番下なので本来ピュルテが対応出来ないはずはないのだが、油断していた所と緊張していた所が大きかったのだろう。というわけでカイトはおしりを打ったらしいピュルテに手を差し出して立ち上がらせて、周囲を確認する。
「ここはどこだ? ノクタリアとは少し違う様子だが」
「ほぅ。空間の連続性がない事に気が付いておったか」
「そりゃな」
外観は一見すると品の良い洋風のお屋敷という所だろう。窓から差し込む光や外に見える光景はノクタリアの郊外の町並みにも見えクレエなるエンテシアの魔女の工房の中にも思えたが、カイトにはこれが幻影の類であると見抜けていたらしい。と、そんな所に。誰のものでもない声が響いた。
「……たまさか正規の呼び鈴が鳴ったと思って出てみれば。君だったか」
「あ、クレエさん……お久しぶりです」
「久しぶり? そんな経過していたか? ついこの間会ったばかりだと思うが」
こつこつこつ。そんな音と共に、魔女のローブに身を包んだ長い金髪の女性が現れる。顔立ちは整って入るものの目の下には色濃くくまが浮かんでおり、また長い金髪もあまり気を使っていないのだろう。ボサボサヘアとまではいかずとも、所々寝癖らしい跳ね上がりがあった。そんな彼女はピュルテの言葉に胡乱げに時計を取り出して首を傾げる。
「……ん?」
とんとん。からから。クレエは小首を傾げながら懐中時計を叩いたり振ってみたりとしてなにかを訝しむ。そうして十数秒後。彼女が口を開いて疑問を呈する。
「……おかしい。確かまだ秋の9月頃だったと思うんだが……時計が壊れたか?」
「クレエさん?」
「いや、そんなヤワな作りにはしていないんだが……それ以前にこの時計は3号に調整させていたはず……3号の不調か……?」
「ちょっとクレエさん!?」
流石にいくらなんでこの流れで何処かへ行かれるのは困る。踵を返してどこかへ向かおうとするクレエにピュルテが声を上げる。これにクレエの方はきょとんとした様子だった。
「む?」
「あの……以前お話していましたシャルロット様でこちらが」
「貴方が。お初お目にかかります。お目覚めになられたとのこと。誠に喜ばしい限りです」
「え、えぇ……」
「……」
良いんですけど。ピュルテはシャルロットの名前が出されるなり自分を無視して一直線にシャルロットに挨拶に向かったクレエにがっくりと肩を落とす。そんな彼女に、カイトは慰めるように肩を叩いた。
「……エンテシアの魔女なんてこんなもんだ」
「……はい」
今後はこんな人達の相手をしないといけないんだろうなぁ。ピュルテは自分が派遣される先であるマクダウェル領の事を考えて、何処か遠い目だ。そんな二人の一方で、引きつった様子のシャルロットと前のめりなクレエの間にティナが口を挟んだ。
「あー……クレエ殿。少々良いか?」
「ああ、君か。後にして……ん?」
「どうされた?」
「……君はユスティーナか?」
後のクレエ曰く、興味がシャルロットに注がれていた上に横目に見ただけだったので母と見間違えたらしい。だが流石にユスティーツィアの状況は知っていたため何故ここにとなり、少し考えた結果今目の前に居るのは娘のティナの方だと理解したらしかった。というわけで驚いた様子で出された問いかけに、ティナは頷いた。
「そうじゃ」
「ふむ……」
どうやら自分が考えている以上に色々と起きているようだ。クレエはティナがここに居る事から彼女がエンテシアの魔女の長の座を継いだ事を理解。同時に色々な事が起きていると察したらしい。先ほどまでの気だるげな様子が一変し、何処か真剣味を帯びた表情へと入れ替わる。
「来なさい。流石に立ち話が出来るような状態じゃないだろう。紅茶などを用意させよう」
兎にも角にも今何が起きているかを知らない事には何もならないのだ。クレエはそこらをすり合わせるためにも、と一同を応接室に案内する事にしたらしい。というわけで一同はそれから暫く応接室でクレエに状況の共有を行う事になるのだった。
さてクレエと出会ってからおよそ一時間ほど。概ねティナの記憶の封印が解かれた経緯や現在はクレエの推測通りエンテシアの魔女の長をしていることなどが共有される事になっていた。
「なるほど……状況は理解した。自分でも自分は引きこもりだと思っていたが、まさか5ヶ月ほども引きこもっていたか。それは色々と起きていたわけだ」
「5ヶ月も何なさってたんですか?」
「よくぞ聞いてくれた」
「「あ……」」
灯里の問いかけに、クレエは非常に嬉しそうに笑う。なお、それにしまった、という様子を見せたのはカイトとティナだ。そしてこの二人の懸念した通り、クレエの長話が始まる事になる。
「ここ暫くはゴーレムの調整をしていてな。このゴーレムが単なるゴーレムではなくて非常に巨大でな……いやいや。勿論私とてまさか5ヶ月近くも調整に時間を要すると思っていたわけではないのだが。気付けば5ヶ月も経過していたとは……では何故こんなにも時間を要してしまったかというと、このゴーレムには魔導炉を搭載してみたのだがな。これの調整と安全機構の搭載に非常に時間を要してしまった。知っての通り大型魔導鎧には魔導炉が搭載されない事がほとんどなのだがそれは……」
長い。非常に長い。全員先程までの胡乱げな様子はどこへやら、ハイテンションに語るクレエに対して一同はそう思う。とはいえカイトもティナも魔女族には慣れたものだ。二人は一瞬視線を交わすと、カイトが適度に話させた所で口を挟んだ。
「クレエさん。ひとまずそちらについては後ほど」
「うむ。余としてもゴーレムの研究については聞きたいことがあるのでのう」
「ん? ああ、そうか。そういえば君達はマルス帝国の例の研究所で開発されていた七番を見つけたんだったか。確かにそこらの話もするならここよりマクスウェルの方が良いか」
ティナが自身の出生の秘密を知る事になった流れの中でどうしても教国にある元マルス帝国の中央研究所の話は避けて通れなかった。なのでホタルの事も話していたのだが、それが功を奏したようだ。自身のここ数ヶ月の研究についての話を切り上げて、クレエが楽しげに笑った。
「いやまさか君達が回収していたとはな。そして探しても探しても見付からないわけだ」
「探されていたんですか?」
「当たり前だ。あの子の基礎設計をしたのは私だぞ」
「「「え?」」」
クレエの発言に、カイト以下ホタルを知る者たちが思わず目を丸くする。そんな彼らを尻目に、クレエは心底嫌になるという様子で首を振る。
「完成機二機が婿殿に奪われたまでは許せたが、流石に七番が放置されるのは我慢ならなかったのでな。それに基礎設計をしたとは言ったが、私の研究を勝手に流用した形だ。それなら駄賃として回収して好きにさせて貰おうと思ったが……これがどうしても見付けられなくてな。戦後の混乱で破壊されたかと嘆いていたが……やれやれ。まさかエンテシア皇国にあったわけか」
それはどうやっても見付からないわけだ。見付かったのが現在の皇都近郊という旧帝都から大きく離れた場所だ。これは流石にクレエも見つけ出す事は出来なかったらしい。
何よりあの区画はホタルの権限により復讐対象となるエンテシア家の皇族しか開けないようにされていた。あの研究所に調査に赴いていたとしても、結局見つけ出す事は厳しかっただろう。
「まぁ良い。兎にも角にもそういうことなら私としてもマクスウェルに赴く利は大きいし、元々七番の改修をしたかったのは私も一緒だ。それに何よりおもしろい事を考えたものだ」
バイオロイド計画か。おそらく日の目を見るのは何年も先だろうが、うまく進めばゴーレムでも使い魔でもない第三の形が出来上がるかもしれない。クレエはティナからの提案を思い出し、わずかに笑う。これがどう転ぶかは誰にもわからないが、少なくとも面白そうとは思ったようだ。
というわけでピュルテと異なりクレエはすんなりとマクスウェルへの招聘を受け入れ、この日一日本来は休暇のはずだが、なんだかんだカイトは仕事となってしまうのだった。




