第3635話 禁足地編 ――神官――
自身の生誕祭の最中にもたらされた禁足地ノクタリアと呼ばれる地での異変。その調査及び解決を皇帝レオンハルトより直接依頼されたカイトは冬に入り早々、調査隊を率いて禁足地ノクタリアへと入っていた。
そうして禁足地の調査前にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になったカイトであったが、マルス帝国の秘密研究所は地下からルナリア文明ではない古代文明の遺跡へと通じている事が発覚。そこは期せずして禁足地の最深部と思われた場所の更に深部にあると発覚。その調査を行う事になる。
とはいえ、そんな調査は禁足地の特異性から連日連夜というわけにもいかず、三日調査の二日休養というスパンになっていた。というわけでカイトは皇帝レオンハルトが用意した博物館で学芸員からマルス帝国時代の遺物についての情報を手に入れると、今度はシャルロットに仕える神官の一人が経営しているという魔道具屋兼カフェテラスへと足を運んでいた。
「うぅ……」
「まぁ、こっちの店についても問題ないようにはするし、神殿も作るには時間が掛かる。いくらオレでも一朝一夕に神殿を、なんて無理だしな」
「はい……」
相変わらずの小動物。カイトは三百年前から顔なじみの神官の様子に苦笑混じりだ。
「あー……あの。流石にそんな怯えないでくれ。いつもいつも言うんだが」
「いえ……私なんぞが畏れ多いです……」
「はぁ……まぁ、上が上だからしゃーないとは思うしオレも理解出来んわけじゃないんだけど」
シャルロットも言っているが、カイトとピュルテは共になにかの才能でトップを取る事は出来ないが、同時に様々な才能が高水準に纏まっている。故に総合力という意味ではトップクラスの実力を有していた。とはいえ、こちらはカイトの言う通り彼女の上に居る者たちが全員あくが強く、結果自信がないような性格になってしまったのであった。というわけで理解を示すカイトに、シャルロットは苦言を呈した。
「あなたは私が生み出した神官よ。あまり過分な謙遜は私への不遜になるから、そこはそれとして受け入れるべきは受け入れなさいな」
「も、申し訳ありません……」
「やれやれ……まぁ、あの子達も性格まで尖らせたつもりもないし、あなたを性格まであの子達より下に見るように作ったつもりはなかったのだけど……どうしてかしら」
今更言うまでもないが、神様といえど自分の仕事をすべて一人で片付けられるわけではない。そのために自身の使いとして神使を生み出す事があるわけだが、同時に自身直属の神官を生み出す事もあった。
この両者の差異はというと単純で、前者は私的な小間使い。後者は公的な補佐官という所だろう。更には前者は基本は神と契約を交わした存在。後者はピュルテ達のように神が生み出した存在でもなければ普通の人――なので寿命も人相応でしかない――だった。
まぁ、厳密に言えばそういうわけなのだが、神様に近ければ近いほどこの区分は曖昧になりやすく、神官が神使の仕事をしたり神使が神官の仕事をしたり、ということはままあった。
「というかオレも様付けじゃなくて良いんだが」
「い、いえ……神使に対して神官が畏れ多いというかなんというか……滅多な事で召し上げられないシャルロット様が召し上げられていらっしゃいますし……」
神に召し上げられるというのは神様に関する話で良く聞く話で、実際にそういう事はあるしカイトがその最たる例だろう。彼は神使として生み出されていないが、後天的にシャルロットの寵愛を受けて神使となっている。
実はそれと同様に普通の者が神直属の神官として召し上げられる事もあるらしかったのだが、シャルロットはあまりそういう事は好まなかった。
これには死神としての性質もあり、いたずらに神の都合で寿命を伸ばしたりするような事はしたくないらしかった。というわけでカイトは非常に異例な存在で、ピュルテ達シャルロット直属の神官達もカイトの事を特別視していたのであった。
「オレ一番の若輩よ? しかもオレの場合は後天的に神使になってるから、シャルが生み出したルテ達の方が付き合いは長い。それに方向性は違うがルテだって寵愛を受けてるんだから、そこらに差異はないしさ」
「そうね。あなたは私の愛しき月の子。下僕が月に寄り添う影なら、貴方達は月が生み出した月光」
「ひゃ……」
変なスイッチ入ってないか。カイトはピュルテの下顎あたりを撫ぜて彼女を愛でるシャルロットにわずかに苦笑気味だ。というわけでピュルテを愛でた彼女であったが、そのままの流れでピュルテにデコピンを食らわせた。
「あいたっ!」
「とりあえずあなたに神殿を与えるのは決定よ。まだ私が後天的に召し上げた神官ならまだしも、神が作りし神官に何時までも神殿を与えぬまま、というのは私の外聞として非常に良くないわ。何より貴方にその才能があるというのは私も下僕も認めている」
「あ、ありがとうございます……」
ここまで悲しげなお礼は滅多に聞けそうにないな。カイトは涙目で礼を口にするピュルテに苦笑気味だ。一応ここで否やを言わない所、彼女もきちんとこれが必要な事だとわかってはいるらしい。ただやはり畏れ多いという感情が先立つ、というだけだった。
「とりあえずそういうわけだから、貴方のための神殿を作るわ。元々それについては私から下僕に場所やらを用意するように指示していたことよ」
「はい……」
「あはは……まぁ、さっきも言ったけどすぐに用意出来るわけじゃない。用意するのは普通の神殿じゃないしな」
「お手数をおかけいたします……」
「構わないよ。そこらが出来る立場でもあるしな」
神様だからと何でもかんでも好きに出来るわけではないのだ。普通の建造物として宗教施設である神殿を立てるのも大変だが、今回は神の仕事の拠点としての神殿だ。魔術的な意味合いも強くここらを本来やろうとすると領主の許可を得たり場所の調査をしたり、とかなり手間になる。
だが、そこらの調査が終わっているカイトで、そして彼こそが領主だ。色々と準備こそ必要だが作るのは難しい事ではなかった。というわけでこの後は暫くの間、ピュルテから現状を聞いたりとして時間を費やす事になるのだった。
さてピュルテに与える神殿についてを話してから暫く。神の仕事として重要な部分ではあったが、カイトとしてはそれは本題ではなかった。そもそもシャルロットを連れて行く事もなかったのにシャルロットがメインの話が出ている時点で当然だろう。
「で、それはそれとしてなんだが」
「はぁ……」
「オレが聞きたかったのはそういう事じゃなくて。禁足地の事なんだ」
「あそこですか」
元々カイトは禁足地の調査に来ているわけだし、ピュルテがここに居たのも禁足地の監視のためという所が強かった。
「なにかわからないか? 今しがた異変が起きていて、少し調査をしていたんだが」
「ああ、ここ数日の飛空艇はカイト様……さんの」
「そうなんだ。で、ここらに居るルテならなにか知ってるんじゃないかと思ってな」
邪神は地脈の中で復活の時を待っているので、その影響を受けてここが活性化した可能性はないではない。だが同時に外的要因による活性化が否定しきれるわけではなく、最近何があったかを知ろうと考えたのであった。というわけでカイトの問いかけを受けて、ピュルテが少しだけ考え込む。
「うーん……あ、そういえば一週間ほど前に邪神の尖兵と思しき者は浄化しました。と言ってもあれはかつての戦場跡で、定期巡回の中での遭遇で特に珍しい事でもないので報告もしていませんが……」
「ここから近い所となると……さらに西のトネールの大谷か。平野部だから谷というのも変ではあるが」
「はい……あそこの谷底です。あそこは邪神の影響が色濃く残る場所の一つ、ですので……」
カイトの問いかけにピュルテはかつて古代の戦いが起きた場所の事を語る。そこは僻地でしかも荒れ果てている事から滅多な事では誰も寄り付かないのだが、だからこそ管理は杜撰で最近に至っては時々邪神の影響が出るようになってしまっていたらしい。
「うーん……そうなると無関係の可能性もあるが……」
「お役に立てず申し訳ありません……」
「いや、良いよ。そんな事を言い出すとオレにせよシャルにせよ何にもわかっていないしな」
同時に時期的に無関係とも言い難いな。カイトはピュルテの報告にそう思いながら首を振る。とはいえ、笑いながら首を振った彼だがすぐに険しい顔になる。
「だがそうか……そうなるとそちらの方にも調査隊を送ってもらう方が良いか」
「そうね……そちらの方にまで足を伸ばす事は無理。地元の領主にさせるべきだわ」
「だな……」
とりあえずこれは陛下に報告してそちらで手配して貰おう。カイトはシャルロットの言葉に同意して、それをメモに書き記しておく。そんな彼を横目に、シャルロットが問いかける。
「頻度は?」
「申し訳ありません……異変に気付いていなかったので、半月に一度定期巡回しか……」
「ああ、良いわ。それ以外の所にも色々とあるのだし。異変も起きていない状態でそんな事をする暇があるのなら別の事をして欲しい所でもあるもの」
ピュルテの返答に、シャルロットは首を振ってよしと認める。
「まぁ、そっちに関しては領主に監視を密にするように命じておこう。それでなんとかなるだろう」
「そうね。本来そういう僻地は領主が定期的に巡回せねばならないのだし」
それを怠るからこうなる。カイトの言葉にシャルロットも同意。そちらへの引き継ぎを推奨する。というわけでそれから更に暫くピュルテからここ暫くの報告を受けるのだが、それも暫くでカイトに連絡が入ってきた。
「ん? ああ、ティナか。どうした?」
『うむ。今まだ話し中か?』
「まぁ……もう殆ど終わったからカフェで優雅にティータイムだが」
『本当に優雅じゃのう』
カイトからの返答にティナが若干呆れるように首を振る。とはいえ、今日休暇である事は間違いないのだ。なので特に目くじらを立てる事もなく、本題に入った。
『まぁ、良い。ほれ、行く前に言っておったエンテシアの魔女の話じゃ』
「ああ、そう言えば言ってたな……行くのか?」
『うむ。仕事が一段落したのでのう。で、お主は来るのか聞いておきたくてのう』
「ああ、わかった。行くよ」
流石に自分の所で招聘しようというのに自分が行かないわけにもいかないだろうな。カイトはティナの言葉に腰を浮かす。
「あ、そうだ。ルテはここに長いよな」
「はぁ……三百年前からここに居ますけど」
「少し知っているか聞きたい事があってな」
もしかすると古馴染みの可能性もあるし、それならそれで話は通しやすいかもしれない。カイトはふとそう思ったようだ。というわけでカイトはピュルテ、シャルロットと共にティナ達と合流する事になるのだった。
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