第3634話 禁足地編 ――博物館――
自身の生誕祭の最中にもたらされた禁足地ノクタリアと呼ばれる地での異変。その調査及び解決を皇帝レオンハルトより直接依頼されたカイトは冬に入り早々、調査隊を率いて禁足地ノクタリアへと入っていた。
そうして禁足地の調査前にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になったカイトであったが、マルス帝国の秘密研究所は地下からルナリア文明ではない古代文明の遺跡へと通じている事が発覚。そこは期せずして禁足地の最深部と思われた場所の更に深部にあると発覚。その調査を行う事になる。
というわけで古代遺跡を一日調査を行った結果とこの数日の活動に関して皇帝レオンハルトへと報告したカイトであったが、そこで彼は皇帝レオンハルトが歴代の皇帝達が指揮した調査隊の調査結果を収めた博物館の存在とその案内を手配されている事を知る事になり、今は学芸員からその話を聞いていた。
「ふむ……」
博物館の案内を受けた後。カイトは歴代の調査隊が見つけたという外周部の痕跡が見付かったエリアを確認して少しだけ渋い顔だ。というわけでそんな彼は博物館が保有する調査記録を見て、一つ口を開いた。
「えらく外周部の全域に広がっていますね。思った以上に色々な地点に点在している。しかもこれは……」
「ええ。マルス帝国が何を探していたのかは我々もまだわかっていません。ただマルス帝国は我々が思うより遥かに広範囲に探索をしていたようです。この様子では最深部にも調査の手が及んでいたのかもしれません」
「……たしかに、人命を軽視すれば出来ない事はありません。帰れるかどうか、受け取った情報をどうやって……いや、そうか……それなら……」
「何か思い当たる節でも?」
「ああ、いえ……マルス帝国ならやりかねない手が思い浮かんだだけです。無論、その手段は人道軽視も甚だしい手なので口外は憚られますが……」
カイトが思い出したのは、マルス帝国の秘密研究所の地下だ。そこでは永遠の命の研究として様々な研究がされていたわけだが、モヤを活用した実験を行っていた事は考えるまでもない。なのでその実験の傍ら、モヤをすべて被検体に肩代わりさせたのではと考えたのであった。
「そうですか……まぁ、所詮は想像の産物ですし、流石にそこまでやるとは思えませんが」
「ですね」
おそらくは実際にやったのだろうな。カイトは秘密研究所に渦巻く怨念を思い出し、その程度なら普通にやっていただろうと思っていた。が、そんな事をお首も見せず彼は笑うだけにしておく。そうして一つ笑った彼は改めて提供された地図を見る。
「……そういえばお伺いしたいのですが、何かを発掘した後などは見付かったのですか?」
「それは未だ。ただ地下に何かを探している事だけは間違いありません。地下探索用の魔道具が多く見付かっているので……」
「ふむ……」
そうなるとどう考えるべきだろうか。カイトはマルス帝国の崩壊まで地中の探索を進めていた事から、正規の入口を探すのは諦めたわけではないと考えていた。であれば、何かがあるのだと思われた。
(おそらくマルス帝国は裏道……あの古代遺跡の亀裂から内部の調査は不可能と判断したんだろうな。だが内部もある程度までは調査出来たは出来た……正規の入口からなら内部にも入れるのでは、と踏んだか)
あの亀裂から入った古代遺跡の外縁部はモヤで溢れかえっており、カイトでもなければ侵入は不可能だろう。そして実際、影響が閾値を超えない限りは調査出来たのだろうがその閾値を超えた瞬間、調査隊は古代文明のゴーレムにより壊滅の憂き目にあった事は想像に難くない。
だが外周部に反して内部は十分に視界の確保が可能な程度にモヤは薄まっており、遺跡が時間の経過で壊れてしまった事が遺跡のモヤの除去能力に影響してしまっていた可能性はあっただろう。
(ならオレ達がやるべき事は正規の入口を見つけ出す事か。だがどうやって……)
禁足地は言うまでもないが人海戦術は不可能だ。それを無理やりやったのがマルス帝国だが、その結果どれだけの犠牲が生じたかは考えるまでもない。というわけで少し考えて、カイトは首を振る。
(とりあえずティナ達に任せるか。オレがやるべきことは実際に動くこと。それがオレにしか出来ない事でもある)
本来考える事はカイトの仕事ではないのだ。ならば彼はこの情報を持ち帰るだけと判断したようだ。
「ありがとうございます。この情報は調査に役立てさせて頂きます」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです……ですがどうなのですか? 異変は」
「まだ何もわかりません。それどころか謎が深まりさえしていると言える」
「そうですか……」
「何か気になる事でも?」
少し残念そうな学芸員の様子に、カイトは不思議そうに問いかける。これに学芸員は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ああ、いえ。実は第17次調査隊が今話に出ていまして。先の防護服を作成していたメーカーがかなり今回は肝入りで防護服を作製されていて、軍もかなり乗り気なのです。それで我々もかなり浮足立っている所にこれで……」
「なるほど。それで」
どうやら第17次調査に向けて色々な事前調査や研究を重ねていたらしい。ただその結果異変が早期に見付かったのであった。
「まぁ、大丈夫かどうかは言えません。調査の最中でもありますし……」
一応好転しているといえば好転しているかもしれないけど。カイトは内心そう思いながらも、結果的に見付かっているのは謎の古代文明の遺跡だ。この遺跡が何で、どういう意図で作られたかを知らなければなんとも言えなかった。
「そうですか。ですができれば、うまく行ってくれればと願っております」
「そのように報告出来るように尽力致します」
おそらくこれは第17次調査の可否を決めるための事前調査とでも銘打ってノクタリア側に受け入れさせたかな。カイトは学芸員の様子からそれを察する。というわけでカイトはそれから暫く、マルス帝国の遺物に関する調査報告を受ける事になるのだった。
さて博物館で情報を受け取ったカイトだが、それを手にすぐに用意されていたホテルに戻るのではなく街の散策に及んでいた。といってもそれは休暇半分、少し別の用事半分という所であった。
(ノクタリア名物の封印具……それについては前々から知ってはいましたがー、と。馴染みの店が開いてるかどうか、か)
この黒いモヤがどんな影響があるかは誰にもわからないが、だからこそ未知の危険に対してノクタリアでは結界や封印に関する魔道具が盛んに研究されていた。それについては三百年前からそうなので、カイトも古馴染みの店があったのである。
「ご機嫌ね」
「まぁな……って、うぉ!?」
「何?」
「いきなり後ろに現れないでくれよ」
おそらく影を介して移動したのだろうな。カイトは自身の後ろにぬっと現れたシャルロットに笑いながらも、少しの苦言を呈する。そんな彼女は今日はオフである事もあって、黒のゴシックドレスにレースの付いた黒の日傘だった。そんな彼女は影から抜け出ると、日傘を開いて笑った。
「月は何時でも照らしているのよ。喩え日の中に隠れてしまおうともね」
「そう言いながら月は影の中に隠れるのか」
「月の女神が日焼けは出来ないもの」
まるで月のように美しい肌を見せるようにシャルロットがカイトへと手を差し出して、カイトはきざったらしくその手の甲に口づけをする。これにシャルロットは上機嫌に頷いた。
「よろしい。私の下僕として、自己研鑽を怠っていない」
「有り難きお言葉……で、どうしたんだ?」
「話を聞いたわ。あの子が居るって……どうして言わなかったの」
わずかに非難するように、シャルロットがカイトへと問いかける。これにカイトが肩を竦めた。
「どうしたもんかな、と思った所が一つ。どうせならシャルを餌に釣りだそうかと思っている事が一つ」
「女神を釣りの餌に使うつもり?」
「あははは……でもそっちの方がシャルとしても良いだろう? いつもいつもこっちまで会いに来るのは面倒この上ない」
「それは……否定しかねるわね」
確かにそれなら自分を餌として使われてでも連れ出して貰ったほうが良いかもしれない。シャルロットはカイトの考えにかなり悩ましい様子を見せる。
「どうしたものかしら、あの子は。私から逃げ回るなんて……」
「腕の良い神官ではあるんだろう?」
「そうよ。貴方よりずっと」
「あはは。神使と神官を比べないでくれよ。オレはお前の使いっ走り。あいつはお前の仕事の代行。やることが違うさ」
シャルロットの明言に対して、カイトは自分達の役割が違うと笑う。そうして彼が今会いに行っている相手の事を思い出した。
「告死天使の一人。美しく幼き神官団の末妹。一番多彩な戦乙女……なんだけどなぁ……」
「相変わらずだそうね」
「相変わらずなんだよ。オレもこっちに戻ってから会いに行ったんだが……はぁ」
呆れるように苦笑するシャルロットの言葉に、カイトは苦笑いを浮かべため息を吐いた。
「責任感の強い良い子ではあるんだよなぁ……ただ如何せん自信がない」
「そうなのよ……」
その自信がない原因もわかっているが故に、カイトもシャルロットも悩ましげだ。そうして、肩を落としたシャルロットはまるで惜しいという様子で口を開いた。
「あの子達に負けず劣らずの良い腕を持っているというのに」
「まぁ、あの中で自信過剰になられても困るっちゃ困るけど」
「それは……そうね。自信過剰はあの子だけで十分よ」
二人が思い起こしているのは、シャルロットの神官団だ。神使はカイトしかいないシャルロットだが、最高神の片割れだ。司っているものも月と死という、どの神話を見回しても最上級のものだ。
エネシア大陸全土に神殿はあるし、神界にもシャムロックの太陽神殿より一回り小さいが巨大な神殿を保有している。そして神殿がある以上はそこに神官はいたのであった。といっても彼女の方針により量より質で、その神官や神兵達は誰も彼もが粒ぞろいなのであった。
「あははは……っと、あったあった。ここだここ」
「……ここ?」
「ああ」
「あの子は……」
本当に主張しないんだから。シャルロットはたどり着いた建物を見てため息を吐く。たどり着いたのは古ぼけた一つのこじんまりとしたお屋敷だ。ただ一応は店屋ではあるらしく、看板が立っていた。とはいえ人は頻繁に出入りしており、古ぼけたというよりも味があると言って良いかもしれなかった。
「一応儲かってはいるらしいな。カフェテリアの方だが」
「あの子は……」
本当に色々と才能がありすぎる。シャルロットは再度ため息を吐くが、そのため息の趣きは異なったものと言えるだろう。というわけでカイトに念の為、と問いかけた。
「……魔道具屋なのよね?」
「魔道具屋やってもいるらしい……ただカフェテリアの方が有名みたいだな」
「……下僕」
「はいはい。まずは何も、ね」
「あら?」
ばさっ。カイトの方から響いた何かが翻る音に、シャルロットがそちらに視線を向ける。そうして見てみれば、案の定カイトが早着替えを終わらせて燕尾服に袖を通していた。
「こっちの方がバレにくくないか?」
「良いわね。そうなさい」
丁度自身が着込んでいる服も相まって、カイトは謂わば深窓の令嬢に付き従う執事という所だろう。 というわけで二人はお嬢様と執事に扮して、シャルロットに仕える神官が商う魔道具屋兼カフェテリアへと足を踏み入れるのだった。
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