第3634話 禁足地編 ――博物館――
自身の生誕祭の最中にもたらされた禁足地ノクタリアと呼ばれる地での異変。その調査及び解決を皇帝レオンハルトより直接依頼されたカイトは冬に入り早々、調査隊を率いて禁足地ノクタリアへと入っていた。
そうして禁足地の調査前にマルス帝国の秘密研究所の調査を行う事になったカイトであったが、マルス帝国の秘密研究所は地下からルナリア文明ではない古代文明の遺跡へと通じている事が発覚。そこは期せずして禁足地の最深部と思われた場所の更に深部にあると発覚。その調査を行う事になる。
というわけで古代遺跡を一日調査を行った結果とこの数日の活動に関して皇帝レオンハルトへと報告したカイトであったが、そこで彼は皇帝レオンハルトが歴代の皇帝達が指揮した調査隊の調査結果を収めた博物館の存在とその案内を手配されている事を知る事になり、今は学芸員からその話を聞いていた。
「そう言えば聞くのもおかしな話ではありますが、勇者カイトはご存知ですか?」
「ええ、勿論です。この禁足地の最深部に唯一到達した方で、現状唯一の最深部の情報は彼が遺したものと言われています」
「その通りです」
カイトの返答に学芸員は笑いながら頷いて同意する。まぁ、そんな学芸員もカイトこそがその勇者カイト当人だとは思っていなかった。いくらカイトとて知名度が100%になっているわけではない。極稀に、知らない者も存在していた。だからこその問いかけだったのだろう。
そうして問いかけて事前情報に問題がない、と判断した学芸員は少しだけ歩を進めた所。一枚の少し大きめの地図らしき物が飾られている所で立ち止まった。
「これが、その勇者様が遺された地図の原本になります」
「これが……地図はかなり適当というかなんというか。なんというか、山の絵と風景画ですね。流石に勇者カイトも製図技術は持っていなかったと見える。絵を描く才能は……どうでしょう。描ける時間やあの場所の事を考えればこれだけ描ければ十分、でしょうか」
「あははは。そうですね。流石に勇者様も地図を作る技術はなかった。ですがだからこそわかる限りの情報を遺してくださった。谷の近辺にこういう景色などがあった、という情報を山のように遺してくださった」
懐かしいな。そんな様子で苦笑したカイトの心情を知ってか知らずか、学芸員はそう言ってカイトの功績を褒め称える。やはりカイト当人は自分の事だからだろう。何処か自虐的な様子があった。
「歴代の調査隊はこの風景画を頼りに、調査を進めています」
「これは全部で何枚あるんですか?」
「ここに掲示されているだけで12枚。保管庫で保管している物が10枚。こちらは後でご案内します」
「総計22枚? えらく中途半端な数ですね」
「一般的には、ですね」
やはりマクダウェル家の使者。知った上での問いかけだったか。学芸員はカイトの訝しげな様子に笑いながら頷いた。
「残り3枚は保存状態が悪く、劣化を防ぐために魔術的な専用のケースの中で保管しております。それ以外は……」
「なるほど」
カイトが描いた風景画は全部で30枚。軍からの調査要請に特に指定はなかったのだが、必要そうと思う風景を書き記していたら20数枚になり、どうせなのだからと丁度よい数まで描いておくかと描いたのだ。
どういう物を描いたか見てみるまであまり覚えていなかったが、そこの丁度良い数までという部分は明確に覚えていたようだ。では残る5枚はというと、最深部の風景だったので掲載と存在を秘匿されたのであった。故に学芸員もここでの言及を避けたのであった。
「ええ……それでこの場にある物の内、10枚はなんとか歴代の調査隊が発見しています。それがここから先に掲載している写真ですね」
「撮ったのですか?」
「ええ……第4次調査隊が時の皇帝陛下のご指示により撮影の可否が調査されました。そして数度の調査の結果、撮影が可能と判断されました。といっても流石に影響が出る可能性も鑑み、特殊な技術でろ過を施した上で、特殊な魔石に記録する形ですが」
「ろ過? それはどういう手段ですか?」
「一次情報は映像保存用の魔道具に保管されますが、その状態ではご懸念の通り情報を保存する魔石の中にモヤの力もまた保管されてしまいます。なのでその状態から映像情報だけを取り出して、保管出来るようにしたのですよ……これもまた勇者様の遺された情報です」
「勇者カイトが?」
そんなの残していったっけ。カイトは少し驚いたような様子で問いかける。
「ええ。撮影された情報を画像として認識し、それを更に撮影する事でモヤの影響だけを抜き取っているのです」
「なるほど。写真情報を映し出させて、それを更に撮影する形でコピーしているわけか……そうすればモヤそのものは無関係……」
「そう考えて頂いて大丈夫です」
何かそういった事は言った事があるようなないような。カイトは自身の過去を思い出しながら、学芸員の言葉に納得する。と、そんな事を話しながら自分が見た光景を写真で改めて見ながら歩いて行くわけだが、20分ほどするとそのエリアも終わりだった。
「さて。ここまでが歴代の調査隊がたどり着いた調査記録です。まぁ、三百年の時を経てもまだ半分も調査は終わっていないのは情けない話ですよ」
「いえ、仕方がないことかと。なにせ勇者カイトには大精霊様のお力添えがある。どうやっても彼でしか行けない場所は山のようにある。それを見込まれ様々な禁足地への調査を依頼されていたわけですからね」
「そうですね。禁足地を守る古い異族達でさえ、彼の侵入は拒まない」
「禁足地と言い彼らも神聖視する事も多いですが、彼らもまた禁足地は怖いのですよ。そして勇者カイトは大精霊様と共にあられる。だから古い異族は彼を頼った」
拒まないのではなく自発的に協力を依頼された。カイトは古い異族達から頼まれて禁足地の調査やその原因の究明に何度となく務めてきたからこそ、その違いは大きいと考えていた。これに学芸員も同意する。
「そうなのでしょう……おっと。ここまでが勇者様の調査記録に関するエリアとなります。そしてこの先が、調査隊が発見した遺物です」
「これが、ですか」
カイトの眼の前にあったのは、壊れた台車と何か巨大な金属探知機のような魔道具だ。ただ一人で持つ事が出来るサイズではなく、おそらく台車に乗せて検査結果を調べていくものだと考えられた。
「はい。これがマルス帝国の魔道具です。地下の何かを探索するためのもので、何故これがあったのかは定かではありませんが……少なくともこれが見付かった事により禁足地には勇者様がお調べになられた以上の何かがあるのだと判明しております」
「これはどこで?」
「先ほどのエリアで言う所の2番エリアから3番エリアの外れに、隠すように捨て置かれていたそうです。おそらく帝国崩壊の折も調査途中で、回収する事も出来なかったのだと考えられています」
「2番と3番だと外周部もまだ安全圏付近ですね」
「ええ。だただからこそ、勇者様も調査をあまりされていなかったようです」
そういう依頼だったからなぁ。カイトは学芸員の言葉にわずかに内心で苦笑する。そもそも当時の彼はすでにマクダウェル公だ。軍というかウィルの頼みだから引き受けたのだが、それでも時間は限られる。
なのでウィルの求めもあり外周部の時間さえ掛ければ調査可能なエリアは最深部へ向かうための目印程度に留め、深部の情報を多く残していたのであった。そしてその結果、マルス帝国の魔道具は見付けられなかったのだ。
「それで歴代の調査隊が地下の探査は?」
「出来ておりません。第10次調査隊が地中調査のための調査を行った結果、地中にもモヤの影響が含まれていること。先の写真と同じく情報を補完する魔石にも影響が出ることが判明。何年か技術を集積し、第10次追加調査が行われましたが……そこでひどい事故が起きたそうです。以降、再開の目処は立っておりません」
「ひどい事故?」
「どうやら地中に含まれる影響は場所により濃度が大きく異なるようです。運悪く非常に濃い濃度の場所を探ってしまったらしく、調査員何名かが敢え無く……」
なるほど。そもそもユーディトさんも空気中のモヤの濃度にも若干の濃淡がある事を言っていた。ならば地中の濃度に差異がある事は当然だろう。カイトはマルス帝国の遺した情報を考えて、事故が起こった理由に納得。同時に学芸員の語った事故を理解して苦い顔だ。
「なるほど……わかりました。それでこの魔道具は他には?」
「ええ。これは明かされていない情報ですが、いくつかのポイントで重点的に見付かっています。なので歴代の調査隊は広域の調査と、そこで見付かった遺物を頼りにその近辺を重点的に探索する追加調査に分けられる事が多い。私が参加したのはこの追加調査ですね」
「なるほど……そのエリアなどはお教え頂けますか?」
「勿論です。では、こちらへ」
カイトの求めを受けて、学芸員が順路から外れた関係者以外立ち入り禁止の扉を指し示す。まぁ、ここまでは言ってしまえば博物館の歴史や調査隊の歴史、その活動記録だ。そこから先の調査報告などについては明かされていない部分も多かったが、皇帝レオンハルトの指示であればそれを明かす事は何の問題もなかった。というわけで、カイトは博物館側からの情報提供を受けて次の調査に備える事にするのだった。
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