第3633話 禁足地編 ――博物館――
自身の生誕祭の最中にもたらされた禁足地ノクタリアと呼ばれる地での異変。その調査及び解決を皇帝レオンハルトより直接依頼されたカイトは冬に入り早々、調査隊を率いて禁足地ノクタリアへと入っていた。
その調査に乗り出す前段階としてユーディトの案内でマルス帝国の秘密研究所を発見するカイトであったが、その調査の中で更に地下にルナリア文明ではない謎の古代文明の遺跡が見付かっていた。
というわけで今度はその古代文明の遺跡の調査に乗り出す事になったカイトであるが、一日掛けての調査の結果古代遺跡がドーム型の構造をした巨大な地下施設である事が判明。その調査の途中ではあるものの流石にタイムアップとなり帰還。その後はこの数日の報告を皇帝レオンハルトへと行うわけだが、その中で彼はトラブルにより彼が手配した博物館とやらの事を知らされる事になる。
そうして報告を経て翌日。カイトは良いものの他の者達が黒いモヤの影響を抜くべくこの日は休暇となっていたのだが、その一方でカイトは皇帝レオンハルトが手配してくれた博物館へと足を伸ばす事にしていた。
「なるほど……それでこの博物館が」
「ええ。第二次禁足地調査隊が禁足地付近にてマルス帝国時代の遺物を発見。それを管理するために倉庫が建築される事になったのが、すべての始まりでした」
納得したようなカイトの様子に、博物館の学芸員がこの博物館の創設の歴史を語る。どうやら建物そのものの歴史としては非常に古いらしく、すでに数百年の歴史があるらしかった。そして観光資源として活用されているからか平日にも関わらずかなりの人が行き交う様子だった。というわけでその光景を見て、カイトは少しだけ苦笑いする。
「……えらく盛況ですね」
「ええ。有り難いお話です」
「なるほど。これだけやれているのなら陛下も苦笑いながらも継続した営業を望まれるわけです」
「ありがとうございます」
カイトの案内をしていたのは、すでに老境にも差し掛かろうかという古株の学芸員だった。すでに勤続年数も数十年を数えており、この博物館の中でも有数の古株の一人という事だった。
なお、流石に今回カイトは勇者カイトと明かして来ているわけではなく、異変の報告を受けて皇帝レオンハルトが指示し、マクダウェル家が専門の調査員を派遣したという形になっていた。そして博物館側にはそれに伴ってノクタリアの現状確認を指示しているので色々と見せるように、という指示になっていたようだ。
「ああ、失礼しました。思わぬ盛況でしたので……」
「いえ……それでもっとも、当時は誰もそこで発見された遺物を展示し、博物館として活用しようと考えてはいませんでした。何より目立った成果が上げられてもいませんでしたからね」
「そうですか……その調査隊は今まで何度?」
「国が主導した禁足地調査隊は16回。大体二十年おきに発足している感じ……でしょうか。技術の進歩と共に奥へ奥へと進んで行けるようになってきましたので……その都度範囲を広げながら、探していました」
「貴方もその調査隊に?」
「40年と余年ぐらい昔の前の第15次調査隊に。先々代の陛下の頃。私もまだまだ若い頃の話です」
カイトの問いかけに対して、学芸員は笑いながら自分の来歴を語る。
「前は参加されなかったのですか」
「ええ。第16次調査隊の頃は丁度娘が結婚するという時分でして。結婚式を目前に控えそんな危険な調査隊に参加しないで欲しい、と娘に泣かれて私も泣く泣く断念しました。まぁ、幸いあの第16次調査隊では事故が起きましたので参加しなくて正解だったのかもしれませんが」
「事故ですか」
「ええ。功を焦った隊員の数名が迂闊にも奥地へと進んでしまったようです。それでモヤの影響を強く受けてしまい、調査隊の内部で口論に。その後刃傷沙汰にまで発展する事になり……幸いマクダウェル家の助力もありましたから死人は出なかったのですが、当時少しの話題になったのですよ」
おそらくこれは『監視所』で起きた事態と同じ事が起きてしまったのだろうな。カイトはその当時の調査隊がどういう形で調査したのかはわからないものの、悶死ほどまでには至らなかったものの精神面に影響が大きく出た結果だろうと考える。というわけで話しながら博物館の中を歩いて行くわけだが、ふと学芸員が足を止めた。
「ああ、丁度ここらがその歴代の調査隊が使った防護服の展示エリアですね」
「なるほど……」
確かに技術の進歩と共に動きやすくなったり、または防御性能が上がったりしているな。カイトは例えば宇宙服のような非常に大きくゴツい防護服から、全身を覆う形ではあるが少し薄手になり動きやすい形になった防護服など様々な形状の防護服を見て感心する。そうしてそんな彼へと、学芸員は一番奥にあった2つの防護服を指し示した。
「あれが、私が着用した防護服。第15次調査隊の防護服ですね。その横は先程お話した第16次調査隊の防護服。見ての通り非常に動きやすく、非常に高価なものでもあったのですが……」
「……これはもう普通の服とさほど変わりませんね」
見た目はフェンシングで使われる服を一体型にしたような形か。カイトは歴代の中でもかなり薄手で動きやすくはあったものの、同時に非常に防御性能が低そうな防護服にわずかに顔を顰める。
一方学芸員が参加したという第15次調査隊はそれとは真逆に非常に厚手の服で、宇宙服のようなゴツさこそなかったものの着ぐるみのように大型で動き難く、内部温度の調節なども困難そうだった。というわけで顔を顰める彼に、学芸員が笑った。
「ははは。そうでしょう? なので私も更に広範囲の調査をと期待していたのですが……」
「やはり防御性能としては劣るものであった、と」
「いえ、確かにあのモヤ……魔術的な防御性能としては非常に優れたものでありました。実際、私が着用した物と同等かそれ以上。それに関しては歴代有数のものでしょう」
「……なるほど。とどのつまり物理的な防御性能としては、ですか」
「ええ。私も出来上がった調査隊の服を見てみてその素材の柔らかさ、通気性の高さなどには仰天したものです。私なぞ一時間着用するだけで汗だくになり、二時間は誰も話せなくなるほどでしたから。ですが刃傷沙汰が起きた後に見てみると、物理的にはいまいちだったのだなと思い知る事になりました。勿論、刃物で刺される事を想定していたわけではないのでそこの面では考慮するべきではありませんが……耐衝撃性には優れていなかったみたいです」
何かに引っかかるなどして細かな傷が付いてしまい、その一つが内部まで亀裂を生じさせてしまったのでしょう。学芸員はカイトへと防護服の内容を語る。そうして防護服を見た後、調査隊が見付けたといういくつかの遺物の展示を確認しながら、カイトは更に奥へと案内されていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




