第3626話 禁足地編 ――調査――
カイトの生誕祭の最中にもたらされた天領ノクタリアで起きている異変の情報。そこは天領とは名ばかりで、実際は交通の要衝でありながらも禁足地と呼ばれる危険地帯を含むがゆえに国が直接管理するという曰く付きの場所だった。
というわけでユーディトからもたらされたマルス帝国時代末期の秘密研究所にまでたどり着いたカイトとユーディトであったが、道中不老不死の研究の一環で生み出された魂だけの怨念達を死神の権能で強制的に浄化させると、最深部一歩手前の所長室に到着。安全の確保が完了した事により本格的な復旧と、秘密研究所の前線基地化を進める事になる。
そうして二日掛けて秘密研究所の復旧を行ったカイトであったが、そんな彼はホタルの保有する最高権限を使って秘密研究所の所長室に入る事になっていた。
「コード認証開始……最高位権限を送信。承認の完了まで少しお待ち下さい」
「よし……ホタル、ちなみになんだが最終解錠の日付とかはわかるか?」
「肯定します……最終解錠は帝国と叛乱軍の最終決戦の日からおよそ1ヶ月後です」
「ということはつまり、この場には放棄後誰も入った形跡はない、と」
「そう考えて良いかと。物理的に破壊して入っていない限りは、となりますが」
「見たところ、その兆候はなさそうだな」
ホタルの言葉にカイトは所長室の扉を注意深く観察しながら答える。と、そんな彼がユーディトに問いかけた。
「そういえばマルス帝国の研究施設とかって魔術による認証キーは普通なんですか?」
「そうですね。帝国の後期。特に終焉帝の時代に設立された研究施設では魔術的な鍵の使用は比較的行われていました。理由は単純で度重なる暗殺やクーデターにより人間不信に陥った終焉帝が推し進めた、というだけの事ですが」
「とどのつまり自分や自分の手足は準備なしでもどこにでも入れるように、と」
「そういうことになります。また鍵の改ざんなどは特定の暗号通信により改変が行われた時点で帝都に報告が飛ぶようになっていました」
なるほど。もし自分の侵入を拒むような事をすればその時点で反逆罪だか何かで捕まえるつもりか。カイトは終焉帝の腹積もりを見抜いて鼻白む。と、そんな話を聞いてカイトがはっとなった。
「っ、そうだ。もしかして入退室の記録も」
「流石にリアルタイムで送られる事はない、と聞いています。逐一何千何万もの入退室の記録が送られては処理が追いつきませんので。何よりすでに通信網は失われているので意味もないものです。それとこの研究所だけは場所が場所ですので、通信設備は用意されておりません。だから私がわざわざ出向く事になったわけですので……」
「あ、なるほど……」
そう言えばそうだった。カイトはユーディトの返答にわずかに胸を撫で下ろす。どうやら自分達がこの研究所に忍び込んだ闖入者である、という情報はどこにも漏れないらしかった。というわけで安堵した彼だが、それと共に承認が終わったようだ。
「マスター。承認が完了しました。いつでも解錠可能です」
「よし……解錠してくれ」
「了解」
カイトの指示を受けて、ホタルはドローンを何個か迂回して研究所のシステムにアクセス。扉の開閉を司るシステムを使用して、所長室の扉を開いた。そうして数百年ぶりに、所長室の扉が開かれる。
「……えらく豪華ですね」
「客を招く事があった際、応接室もないのでとの事でしたが……」
実際はどうなのでしょうね。カイトの感想にユーディトは呆れ気味に肩を竦める。二人が呆れた所長室だが、そこは赤いカーペットが敷かれ、豪華絢爛な調度品が置かれた研究所には似合わない部屋だった。
「それはそれとして……この様子だと資料があるかどうかと聞かれればなさそうですね」
「おそらくはないかと。ここの所長、研究者ではない様子でしたので……」
「どこかの貴族の倅とかに適当に回した閑職……という所ですかね」
「そうではないかと……興味はありませんでしたが。あれで昼行灯であったのなら」
どうやら小物らしいな。カイトはユーディトが興味を示さなかったという所から、この研究所の所長がさして重要な人物ではないのだと理解する。
実際僻地かつ通信が困難な秘密研究所で所長が有能だと、何を裏でしているかわかったものではない。ならば扱いやすい者に承認だけさせて、有名無実の扱いにした方が良い事もあるのだろう。というわけでそこらを理解したカイトは少しだけ警戒を緩めて、所長室の中へと入る。そうして中に入って早々、彼は肩を落とす事になる。
「……」
確実にこれは研究者じゃないな。カイトはろくな情報はないだろうと思いながらも、奥に置かれていた机に近寄っていく。
そうして見た机はおそらく執務用の机なのだが金縁細工が施されている豪華なもので、上に乗っている調度品も金。実用性のかけらも存在していなかった。というわけでしかめっ面の彼に、ユーディトが告げる。
「カイト様はこうはなられませんよう」
「どの意味でです?」
「どちらの意味でも、です」
苦笑いの問いかけに、ユーディトもまた何処か呆れた様子で答える。華美な金細工の調度品は確かに豪華絢爛で一度ぐらい目にする分には良いのだが、総じて悪趣味としか言えない様子ではあった。これで有能なら欠点の一つ程度で良いのだが、無能なのだ。完全に単なる使い捨ての駒程度の扱いでしかなさそうであった。というわけでその答えがわかっていればこそ、カイトは苦笑いの色を深めて応ずる。
「頑張ります……というわけでお仕事してまいりますか。ユーディトさん、あの壁の書棚をお願い出来ますか? ホタル、お前はあっちの部屋が何か確認してくれ。扉は開いたままな」
「かしこまりました」
「了解」
今のはやる気にさせる術の一環なのかもな。カイトはそう思いながらもユーディトと共に調査を開始する。というわけでそれからしばらくの間、三人は協力して所長室の調査を行う事になるのだった。
さて三人が所長室の探索を開始してから数時間。やはり撤収は計画的に行われていたからかほとんど有益なものは残っていなかった。
「見付かったのはせいぜいこの程度、と。服なんてあった所で、という所ですし……まぁ、高そうなお酒ぐらいですかね、めぼしいものは」
「飲まれるおつもりで?」
「陛下と一緒に空けますかね……という冗談はさておき。おそらく趣味のものと思われる書籍がいくつかに処分を忘れたらしい報告書がちらほら、という感じですが。後は物理的なマスターキーですか」
くるくるくる。今回の調査で唯一の成果と言えるのは、このマスターキーだろう。魔術的な認証キーでの解錠が基本的なルールだが、魔術的な認証キーにもマスターキーが用意されていたらしい。ホタル曰く、これはそのマスターキーらしかった。
「まぁ、オレ達にはホタルが居るので必要はないですが……追々調査隊を派遣する場合には有用になりそうですね」
「報告書はユスティーナ様にお渡しで?」
「ええ。オレ達が読むより専門家が読む方が良いでしょう。それに後一時間か二時間後には撤収ですし」
言うまでもないがここは比較的安全とはいえ、周囲は危険地帯だ。カイト以外長居は出来ないし、その彼だって暗くなってからの行動は控えた方が良い。
まだ冬になってすぐなので底冷えするような寒さはないが、暗くなるのはかなり早くなっている。早めに撤収する事を考えれば、ここで記録を調べる時間はなかった。というわけで少し早いが撤収の準備をするか、と考えたカイトであったが、そんな彼の通信機に着信が入った。
『総大将。ちょっち良いか?』
「おう、どうした?」
『実験エリアの探索をしてるんだが、どうにも妙な通路があってな。そっちで何かわからないかと思ってな』
「妙な通路? 地図に記載はないのか?」
<<無冠の部隊>>の一人の問いかけに、カイトは小首を傾げる。昨日ホタルがダウンロードした地図は彼らにも当然共有している。なので今日彼らは各階に散って安全の再確認と状況の精査を行ってくれていたのだが、今報告を入れているのはその地下も最下層を調べている隊員からのものであった。
『いや、あるんだが……地図上だと行き止まりみたいなんだよ。ただその先もあるみたいでな』
「……これか」
報告を受けたカイトが地図を執務用の机の上に広げて、おそらく現在彼らが居るだろう場所に目星を付ける。
「この一番下の妙に細長い通路か?」
『そう、そこだ。そこの先に地図にない隔壁みたいなもんがあってな』
「ふむ……ホタル、情報はあるか?」
「検索してみます」
カイトの指示を受けて、ホタルがドローンを介して研究所のデータベースにアクセスする。そうして数分。結果が出たらしい。
「……記録出ました。採掘場への入口の可能性が高いです」
「採掘場?」
「そのように記載されています……ただ秘密裏というより後付で設けられたようで、地図データへの反映はされていなかったようです」
「ふむ……」
採掘ということはつまり、あの闇の吹き出す一角へと進む可能性は高そうか。カイトはホタルの話を聞きながらそう判断する。そうして、彼が判断を下した。
「先に進まなくて良い。オレの方で見るよ」
『良いのか? ちょっとぐらいなら俺達でも行けるが』
「いや、どういう状況かわからんし、下手すりゃその先が最深部なんて可能性もある。流石に最深部はキツいだろ」
『あー……たしかになぁ』
そもそもカイト以外禁足地の最深部には近寄れないのだ。そこに直通で繋がっている可能性もある以上、下手に突入するわけにもいかなかった。というわけで隊員を撤収させて、カイト達もまた撤収。この日の作業は終わりとして、後は明日に回す事にするのだった。
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