第3625話 禁足地編 ――復旧――
カイトの生誕祭の最中にもたらされた天領ノクタリアで起きている異変の情報。そこは天領とは名ばかりで、実際は交通の要衝でありながらも禁足地と呼ばれる危険地帯を含むがゆえに国が直接管理するという曰く付きの場所だった。
というわけでユーディトからもたらされたマルス帝国時代末期の秘密研究所にまでたどり着いたカイトとユーディトであったが、道中不老不死の研究の一環で生み出された魂だけの怨念達を死神の権能で強制的に浄化させると、最深部一歩手前の所長室に到着していた。
そうして所長室までの安全を確保した二人は一度飛空艇に帰還すると、状況をティナへと報告。安全の確保がある程度完了したと判断し、秘密研究所の跡地を前線基地として流用する事を決定。荷物輸送用の荷車に似た魔道具を使って物資を輸送していた。
「とりあえず小型魔導炉の設営は完了した。配線も言われた通りにやった……これで大丈夫か……?」
「とりあえず起動してみない事にはなんとも言えないかと」
「ですね」
マルス帝国の作った魔導炉は性能は高いのだが、今回のように魔導炉のシステムを流用して流入する力に対応しているかは未知数だ。この場に設けられているので対応している可能性はありそうではあったが、わからないのに使うほどカイト達も愚かではない。
なので対応している小型の魔導炉を持ち込んで、それを非常電源として使う事にしていたのであった。というわけでカイト達は言われた通りに小型の魔導炉を起動させる。
「魔導炉起動……出力安定」
「出力安定確認……異界からの流入なし。セーフティは正常に機能……良し」
一旦ここまで問題なさそうか。カイトは魔導炉の動作に問題がない事を確認し、一つ胸を撫で下ろす。というわけで問題なく動作した魔導炉を見て、カイトは少し離れた所でかなり大きな防護服に似た服を着用したホタルに視線を送った。
「ホタル。電源システムを限定的に復旧してくれ」
「了解……動力室の電源復旧確認。コアシステム再起動……システムの分離を開始。各区画の電源普及をマニュアル化。自動復旧機能停止確認」
「よし」
一番厄介なのは電源の復旧と共に色々な機能が自動で復旧し、それと共に警備システムや更に下にあるという実験エリアの動力まで復旧してしまう事だ。
一応怨念などは先程の一撃で消え去っているので危険はないと思われるが、他に何があるかもわからない状況だ。下手に電源を復旧させて動き出すような事はないようにしたかった。というわけで彼は安全の確保完了と共に連れてきた<<無冠の部隊>>の戦士達に声を掛ける。
「おーう。そっちどうだ? ねぼすけさんがお目覚め、なんてなってないよな?」
『いーや、寝てるままだ……このまま寝かしておいてやった方が良いんじゃないか?』
『全くだ……どこぞの研究施設に入った時の事を思い出しちまう』
『嫌になるな』
通信機に響く声はその大半が状況を唾棄するものばかりだ。<<無冠の部隊>>の戦士達は現在更に深くの実験エリアに待機して貰っており、万が一にも地下の実験体達が目覚めた場合は即座に処理する事になっていた。
「どんなもんなんだ? そっちは?」
『見るに耐えない、で十分だ。誰だよ、こんな事考えた奴。人のひらきなんて見たかぁねぇよ』
『アイナディスかシスターズ連れてきてたら今頃烈火の如く怒り狂ってるね』
『違いないわ』
どうやら愚痴が絶えない程度には良くないらしい。カイトは通信機から聞こえてくる愚痴の数々に苦笑気味だった。
「諸々確認が出来れば処分する。それまで我慢してくれ」
『やる時は俺達にやらせてくれ。一緒に記憶も消したい』
「あはは。任せる」
先にカイトも言っているが、ここには何もなかったと報告すれば良いだけの話だ。何より誰もここまで調査には来れないし、調査出来るとすると自分達だけだ。
なにより残っている実験資料なぞ持ち出せなかった重要度の低いものばかりだし、不老不死の研究がしたいとしてもカイト達にしてみればこんな実験サンプルが欲しいわけもない。精神衛生上悪いのでさっさと処分するに限った。というわけで笑うカイトであるが、そうこうしている間にホタルの作業が終わったようだ。
「マスター。システム復旧が完了しました。また区画ごと、機能ごとのシステムの切り分けも完了。ユーディトさんの推測通り、私のアカウントは廃棄されていないようです」
「そうか……ま、実際崩壊時まではマルス帝国所属に間違いなかったしな。動力室の電気の復旧を頼む」
「了解」
カイトの指示を受けて、ホタルが動力室に備え付けられている小型のコンソールを操作する。すると数秒後には何度かの点滅の後、動力室の光源が復旧した。そうしてそれを確認して、彼はついで指示を出す。
「よし。引き続き地下実験エリアを除く通路部の照明を復旧」
「通路部の照明の復旧を開始……一部区画にて経年劣化によるエラーを確認。どうされますか?」
「迂回して復旧可能なら迂回して復旧。無理なら捨て置け……さっきのあの大穴みたく壁も床も吹き飛んでる所もあるだろうからな」
「了解」
当然の事だが、持ち込んだ魔導炉はあくまでも携行可能な小型の物だ。性能もそれ相応にしかない。なので全エリアの復旧なぞ到底不可能だった。勿論復旧する意味もない。というわけで復旧を始めた秘密研究所の中で、カイトは一息つく。
「はぁ……調査の予定が一向に進まない」
「明日なんとか地下の調査が出来れば、ですか」
「そんな所ですね。まぁ、完全な調査は追ってになるでしょうが。ここらは皇国も考えてるとは思いますが……難しいでしょうねぇ」
なにせここに来るまでが一苦労なのだ。幸いこの秘密研究所付近はまだ薄いのである程度の耐性さえあればたどり着く事も出来るだろうが、長時間居られるわけでもない。詳細を調べようとすると非常に時間は掛かるだろう。というわけで初手で躓いている現状にため息を吐くカイトに、ホタルが再度報告を入れた。
「マスター」
「なんだ?」
「エリアの一つにアーコロジーを可能とする区画がある様子です。長期の滞在に備えたものかと思われます」
「再利用は可能そうか?」
「清掃作業などは必要でしょうが、可能かと」
「本格的な調査の際には考慮するべきか……」
やはりここは危険地帯だ。比較的安全な所を確保出来ているとはいえ、万が一しばらく出られないという事態になればある程度自給自足が出来るようにしておいたほうが良いのは間違いないだろう。
「場所は?」
「第二階層の西部エリア一帯です。ここだけ大きなエリアが設けられている様子。地図データを外部媒体へ転送……完了」
「こっちで出力しよう」
ホタルの報告にカイトはコンソールに外付けされている小型の情報記録端末を受け取って、持ってきていた小型のプリンターに接続。印刷を開始させる。以前の教国での調査同様、ホタルに何か影響が出ないように基本的に彼女はこの研究所の機能とは独立させているか、中継局のような物を設けて万が一は即座に切り捨てられるようにした上で情報に接続させていた。というわけで出力された数枚の地図を持って、カイトが立ち上がる。
「よし……お前がコンソールの操作やらまで出来て助かるよ」
「ありがとうございます……元々基地や研究所がクーデターで乗っ取られた場合を想定していたようです」
「なるほど。裏切りは想定済み、か」
元々国としては末期の状態だ。裏切りや暗殺は頻発していたと聞いている。なので万が一施設そのものが乗っ取られた場合でもどうにか出来るようにしていた、というわけなのだろう。カイトはわずかに苦笑するように笑う。というわけでここからの2日間、彼はマルス帝国の秘密研究所の復旧に勤しむ事になるのだった。
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