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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第98章 演習編

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第3621話 禁足地編 ――魔導炉――

 天領ノクタリア。それは古代文明さえ解き明かせなかった謎の闇に似た物質が吹き上げる謎の場所。そんな所に特異性から何度か調査に訪れた事のあったカイトであったが、自身の生誕祭の最中に皇帝レオンハルトより異変が起きている事を知らされる事になる。

 というわけで彼からの要請を受けて再調査に赴いたカイトであったが、やって来たノクタリアは禁足地を観光名所として活用する活気あふれる街と化していた。そんな状況に呆れながらも禁足地を監視する『監視所』に足を伸ばしたカイトであったが、そんな彼が目の当たりにしたのは不可視の漆黒のモヤに侵食された『監視所』であった。

 そうして『監視所』の所員達を侵食していた闇を払った後。ティナからこの闇に似たモヤの出所を聞いたカイトは、再び単身『監視所』の敷地に足を踏み入れていた。


「『監視所』に再潜入した。『監視所』のマスターキーと魔導炉のマスターキーもある。物理キーも」

『よし……では先に言った通り、この『監視所』の魔導炉の停止を目指せ』

「あいよ」


 今回染み出した闇にも似たモヤの出所。それはおそらく魔導炉だろう。それがティナからの提言であった。そしてそうなると魔力で動く全ての昨日は使えなくなるため、魔術的な鍵と物理的な鍵の両方を持たねばならなかったのである。


「にしても……魔導炉が原因か。起こり得るのか?」

『起こり得るか否か、であれば起こり得る。起きた事は今まで一度もないがのう。それを防ぐための論理構築もしておるし、本来はそういう事が起きぬ構造のはずじゃ。事実、ルナリア文明でもそういう事は起きた事はないはずじゃ……唯一の例外を除いてのう』

「唯一の例外、ね」


 それが何か。そして何故か。それはカイトも推測を聞いてそこに道理を見出したし、それはあり得ると思っている。そしてその唯一の例外について、シャルロットが口にした。


『邪神エンデ・ニル。その力ね』

『然り。他世界から呼び寄せられたかの神は、そうであるが故に他世界からの魔力の流路(パス)が存在するはずじゃ。それを利用したのか、それとも当人さえ理解せんのか……それは定かではないが、少なくともこの世界に流れ込む力に自らの力を乗せる事は不可能ではないじゃろう』

「魔導炉は無から有を生み出しているわけではない、か」


 カイトは大昔に聞かされた魔導炉の理論を思い出す。これに、ティナが頷いた。


『然り。魔導炉は永久機関ではない。いくら余らでも無から有を生み出す事は出来ぬ。あれは炉というが、実際には門。異界への(ゲート)じゃ』

『無尽蔵にも等しい力を有する何処かからエネルギーを引っ張ってきて、それを活用する。それが魔導炉の基本原理ね』

『うむ。この無尽蔵のエネルギーを有する世界がどこかは余にもわからん。じゃが何処かには存在しておることは間違いない。一説には世界達がなにかのロスが生じた場合にそれを補完するための世界ではないか、などとも言われているが……まぁ、調査なぞ不可能じゃ。尽蔵とはすなわち無限じゃ。無限に耐えきれる有限なぞない。そして下手に繋げようものならこの世界そのものが滅ぶ。ま、その世界が滅ぶ前に一番近くにある門が自壊するのでそういうことにはならんがのう』

「魔導炉の暴走に伴う大事故の原理か」

『そういうことじゃな』


 カイトの言葉にティナが再度頷いた。門は先程ティナが述べた通り魔導炉だ。そして当然だが魔導炉にも耐久度は存在している。その耐久度を超えた力を取り出そうとすれば魔導炉が吹き飛ぶのは当然だった。そしてここで問題になっているのは、この理論だった。


「とどのつまりどことも知れぬ世界から流入するエネルギーに乗って、この闇に似たモヤも結界を通り抜けて来た、と」

『うむ。現状、結界は正常に動作しておる。であれば内部からになるが、聞く限り何かが持ち込まれた様子もない。ならば原因は、となると魔導炉ぐらいしか思い浮かばん、というわけじゃな』

「あいよ……とりあえず向かうわ。そう言えば飛空艇は大丈夫なのか?」

『ウチのはな。余が製作する魔導炉には異世界を含む他界からの流入を防ぐろ過装置のような物を入れておる。大変なんじゃぞ、これ』

「やれるからこその天才魔王様なんだろ?」

『然り』


 カイトの称賛にも似た言葉に、ティナが鼻高々に応ずる。この他世界からの魔力流入はルナリア文明も想定していなかったようだ。一部なりとも旧文明を上回っている事に自慢げであった。とはいえ、これを彼女も独力で思い付いたかというとそうでもなかった。


『とはいえ、仕方がなくもあろう。余はお主という特殊な存在を知った。こちらに来た他世界の存在が他世界への繋がりがあることも見抜いた』

「日本の氏神システムか」

『然り。日本の、お主でなければ余も理解しえなんだじゃろう。後は個人を守護する神がおるメソポタミアぐらいかのう。とはいえ、その結果他世界からの力が魔導炉に影響が出る可能性は見い出せた……まぁ、あの時はせいぜい起きて他界からの流入程度と思うたが……備えあれば憂いなし、じゃったのう』


 可能か不可能であれば不可能だろう。シャルロットと出会う前のティナでさえそう考えていたのだ。だが可能性としてある以上、自分達の範囲で新造する魔導炉ぐらいはやっておこうと設計図を改良していたそうだ。結果、後手に回る事なく対処出来たのである。というわけで後顧の憂いを絶った事で改めて魔導炉の停止に乗り出そうとするカイトだが、何処かその顔は渋かった。


「さて……邪神案件かと思うわけですが」

『違う……とも言い切れないけどそう、とも言い切れないわね』

「なんですよねぇ……」


 先にもシャルロットが述べているが、この地の異変はルナリア文明がまだ健在だった頃からのものだ。故にこの異変の原因が邪神だ、と言うと今度は時系列が明らかにおかしい事になる。

 故に何が起きているか、誰にも想像が出来なくなってしまっていた。というわけで一気にわけのわからない状況になってきた状況に、カイトは渋い顔だったのである。


「『監視所』内部に侵入した。物理的には影響は見られん……ただ足元のモヤは深くなったな。沈殿している……と言っても良いかもしれん」


 先ほどまで足首を浸す程度だった黒いモヤだが、『監視所』内部はより深く沈んでいる様子だった。そんな報告を聞いて、ティナはため息を吐く。


『やはり、か……推測通り魔導炉が原因の可能性は高そうじゃ。再度聞くが、お主は問題ないんじゃな? 地上階でそれじゃ。地下は下手すりゃ沈没しておるぞ』

「精神汚染耐性が最高強度で付与されてるからな。いっそ狂わせてくれ、と願っても狂えんよ」


 元々は世界の代行者として活動する時に付与されたものだが、その結果魔法での世界の改変でさえカイトは精神汚染が出来ない状態だ。故にこのモヤにどういう力があろうと、彼にとっては単なる真っ黒な煙幕と一緒だった。しかも気配で周囲の状況を察せる彼だ。目眩ましの意味さえなかった。

 というわけでそんな話をしながら『監視所』を進むことしばらく。彼は地下の動力室に繋がる階段までたどり着いた。たどり着いたのだが、そこは案の定であった。


『どうした?』

「案の定だな。真っ暗……いや、真っ黒か。入りたくねぇなぁ……」

『四の五の言わず入れ。お主が止めぬ限り余らも何もできん』

『貴方の上にいてあげるから、諦めなさいな』

「あいよ……あとなんで上?」

『月は上から照らすものよ』


 くるくるくる。シャルロットの冗談に笑いながら、カイトは大鎌を振り回す。そうしてわずかに勢いをつけると、彼はそのまま大鎌を振り下ろして黒いモヤへと突き立ててみる。


「……うん。かなりの弾力」

『行けそうか?』

「行けはしそうだな。沼に沈んでる感じだ」


 あんまり気持ち良いものじゃないな。カイトはドロリとした粘性の液体に浸っていく不快感に顔を顰める。というわけで彼は地下に降り立つと共に、腹に気合を入れた。


「はっ!」


 どんっ。カイトの気合が放たれると共に、彼を包んでいたモヤが一瞬で消失する。だがまるで空間そのものを侵食するかのように、消えた部分をゆっくりとモヤが埋めていく。


「やれやれ……シャル」

『そうね。ここからは私達だけに変えましょう』

「そうしよう」


 念話は誰とでも話す事が出来る事が利点だが、だからこそ傍受や相乗りが出来てしまう。この状況を鑑みて念話の使用がどういう事になるかわからないため、神使と神の流路(パス)を利用したやり取りに限定する事にしたようだ。そうして力を放ってモヤを押し返しある程度の範囲を確保しつつ再び歩き出した彼だが、動力室に繋がる地下通路の中を見てため息を吐いた。


「また一気に重くなった」

『闇が? 気が?』

「闇が、だな。こりゃもうダイラタント流体だろ」

『空気ともやの?』

「ああ……走ったら一気に押し返されそうだ。弓使って良い?」

『好きになさいな』


 これを進むのはいくらなんでも嫌過ぎる。カイトは顔を顰めながらシャルロットに許可を取り、大鎌を弓へと変形させて白銀の矢を番える。そうして白銀の矢に蒼銀の輝きが宿ると共に、カイトは動力室の扉目掛けて矢を放った。


「……ふっ!」


 放たれた蒼銀の矢だが、いつもの戦いのように音速を超える事もなくまるで歩くような速さで進んでいく。あくまでこれは道を切り開くためのもので、モヤを消し飛ばす事に特化させていた。そうして緩やかに進む矢が道中のモヤ全てを消し飛ばしていき、通路が露わになる。


「あぁあぁ……周りの倉庫やらも全滅だ、こりゃ。扉の隙間からモヤが溢れてる」

『……嫌な光景ね』


 どうやらかつての邪神との戦いの時代を思い出したらしい。シャルロットの顔に苦いものが乗っていた。


『さっさと止めて頂戴。見ていて気分が悪いわ』

「あいよ」


 再びここが沈没する前に、さっさと現況を止めるとするか。カイトは蒼銀の矢が切り開いた道を通って動力室を目指していく。幸いここの魔導炉はあくまで『監視所』を維持するためのもので大型ではない。なのでマスターキーさえあれば簡単な操作で止められるように出来ていた。そうして十数秒歩いて動力室の前にたどり着いて扉を開いたわけであるが、その瞬間。カイトの姿が思い切り吹き飛ばされる。


「ごっ!」

『カイト!?』

「……大丈夫だ。はぁ……圧縮されたモヤが解放された事で一気に吹き出したみたいだ。油断した」

『そ……気を付けなさい』


 肝が冷えた。シャルロットはわずかに流れた冷や汗を拭い、カイトに注意を促す。これにカイトは気を取り直して状況を報告する。


「魔導炉を視認した……うん。案の定モヤが吹き出してる。どうやら適性がないと触れられなそうだな、こいつは」

『適性……かしら』

「あははは。敵意のパターンは御免被りたいね」


 カイトは邪神から目の敵にされている。それこそかつて打倒したシャルロット以上に、だ。その力がカイトを拒絶するのは至って自然で、彼だけ触れられるのが特異性ではなく彼だけは侵食するつもりがないが故の反発なのだという可能性もあっただろう。


『金でも銀でも挑発してみなさいな。それでわかるわ』

「いやぁ、黒でも大丈夫だ。金は神様、黒は人間。神も人間も嫌いなのさ、あの邪神様は」


 うぞるうぞると押し寄せてくる黒いモヤを見ながら、カイトは再び弓を構える。モヤが自分を押し出そうとするのはすでに見ている。それに邪魔されながら作業はしたくはなかった。

 そうして彼は再度蒼銀の矢を放ち、魔導炉から溢れ出る黒いモヤを強引に封印。モヤが押し込まれている間に魔導炉の停止処理を行ってしまうのだった。

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